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厄災の姫と魔銃使いⅡ  作者: 星華 彩二魔
第三部 二章「底の闇」
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「無の領域」

 しばらくすると、静闇 (せいあん)の間からルキが出てくる。しかし、普段の噛みつく様な余裕のない疲労が顔に出ている。全身でも呼吸を繰り返し、明らかな疲れをさらけだしてしまっていた。

 3人はどう反応すべきか。呆然とその様子を眺めていれば、ルキはその視線に気付くや否や、途端に疲れを振り払い、


「ど、どうだリキ!! 前よりも長く堪えれたぞ!!」


 と。汗を滲ませながらも空元気で誇らしげに宣言。どうやら本人としては、よくできたという結果だったのだろう。

 遅れてリキが手を静かに叩く。


「そうですねルキ。さすがです」


「ふんっ。当然だ!」


 少々青ざめた顔でも強気とルキは返答。達成感はあるのだろうが、一度も経験したことのないクロトたちにとっては理解が追いつかない。


「そんなにすげーのか?」


「普通の方なら入ってすぐ出てこられますのでね。ルキが入って、鶴がこれだけできましたのでね。以前の倍はあるかと……」


 と。リキの後ろには時間を計るために折られていた折り鶴がどっさりとある。その数、70ほど。目に見えない範囲で、そんなにもあったのかと言葉を失うほどだ。ある程度のテンポで仕上げていたのは知っていたが、まさか暇を潰すだけでなく時間を計るために作っていたとは。それだけでなく、エリーにあやとりも教えていた。


「……お前それそのためにしてたのかよ」


「わかりやすいですからね。それに、手の運動にもなりますし」


 またリキの珍妙な一面を見た。しかし、魔道具の発展していないこの土地での時間の計り方と思えば……。


「またそんなに作ってんのかよ! いい加減ろうそくか時符を持ってこいって言ってんだろうが!」


「……あんのかよ」


 なら、リキの行動は非効率となってしまう。


「そういえば、そうでしたね。ですが、勝手に持ち出すのもよくないかと……。灯りも符も大事ですし、こちらの方が慣れてますし」


 謙虚なのかどうなのか。

 またリキとルキの圧倒的温度差のあるもめ事が始まるかと思いきや。


「あ、あのぉ~……、クロトさん……」


 困った様子で、エリーが呼びかけてくる。

 今度は何かと見てみれば、先ほどまであやとりをしていたエリーの指が糸で絡まっていた。紐が指を絞めて絡まり、ほどけない状況だ。「

どうしてそうなった……」と言わんばかりの酷い状況。

 動かせない手にエリーはうるうると涙目だ。


「何やってんだよっ。どういう教え方したんだリキ!」


「おかしいですね。先ほどまではちゃんとできていたのですが……」


「普通なんねーよ。あー、もうっ。どんな絡め方してんだよ。……どんだけ絡めてんだ!?」


 ルキが喧嘩腰でエリーの手から紐をほどこうとするも、本人が思っていた以上に複雑に絡んでいた様子。不安ではあるが、クロトは空いた静闇 の間を見る。

 先ほどまで入っていたのなら、ルキの記録は1時間と少し。それはリキからしても大したものとのこと。

 待合時間も終了した。クロトはようやく重い腰を起こし、その洞窟の前にへと立つ。


「とりあえず、入ればいいんだな?」


「あっ、はい。そうなります。クロト殿、お気を付けて」


 それだけである。

 リキから特に注意すべき事などはなにも言わなかった。予定通り、入ればわかるというもの。

 入り口付近からでもわかる。無という、明らかな違いのある領域。

 そこにクロトは、大きく一歩を踏み出し暗闇に姿を消した。

 

 

 


 しばらくは奥を目指す事だけを考える。

 目は開けていようが閉じていようが関係ない黒一色。まず、五感の一つである視覚が消えた。それを見越してクロトは岩肌を手で感じ、地を踏みしめて歩むことで前に進んでいる事を実感。だが、それも次第に薄れて行く。

 壁も。床も。触れているという感覚が消えた。どういう原理か、触覚も消えた。気にもしていなかったが洞窟独特の湿り気、岩の匂いもまったく感じられない。嗅覚はとっくに消えていただろう。

 味覚はこの場合頼る事もないが、しっかり感じられない。

 聴覚も物音一つ捉えることができず機能していない。

 

「……」


 クロトはこの辺でいいかと、進む事をやめ、その場に座り込む。自分では座っているつもりだが、肌がそれを全く感じない。湿った空気も、寒さも。温度というものがない。虚無の中、クロトにできるのは、この空間で堪える事だ。

 果てしない暗闇。情報もない空間は人や生き物にとって死活問題。それは恐怖に囲まれているも同意であり、それが長く人を留めておけない原因の一つとなっている。入って理解した。静闇の間で、普通の人間がすぐに出てしまう現象を。なら、それを1時間ほど堪えれていたルキは、確かに大したものなのだろう。

 確かに厄介ではあるが、たかだか暗闇の中、何も見えず、何も聞こえず、何も感じない、というだけのこと。そういう時は、普段感じないモノが余計に感じ取れやすくなる…………………………………………。


 ……。

 …………。

 ……………………。


 思わず、クロト頬を汗が伝う。


『おいおい、これマジかよ?』


 ニーズヘッグも状況を疑った。


「クソ蛇の声すら聞こえねー……」

『クロトの声すら聞こえねー……』


 普段は聞こえてくるニーズヘッグの声が全くと言っていいほど感じられない。それどころか、自身の心音すらも皆無だ。

 それはニーズヘッグですら同じである。ニーズヘッグは多少なりともクロトが得ているものに影響されている。それを今、全くと言っていいほど感じる事はできない。彼もまた、クロトと同じ状況下に置かれていた。

 何も残されてはいない。正に――無でしかない。

 動揺はいらぬ不安を引き起こし、心拍数をあげていく。脳が思いもよらない事態に危険と判断し、更に不安を加速させる。

 今頃鼓動がうるさいほど鳴っているはず。そもそも、今自分の体がしっかりそこにあるかどうかすら危うい。手も足も、胴体ですら見えもしないのだから。

 呼吸も荒くなっているはず。いらぬ冷や汗もしているだろう。

 恐怖に支配され、もしかしたらとんでもないことをしている可能性だって…………。

 知らぬ間に身を引き裂いてないか。知らぬ間に自信を殺めていないか。

 余計な思考が頭の中をざわめかせ、逆にそれを手放してしまえば自分が消えてしまうかもしれないという恐れ。

 吐き気がしてきた。いや、もしかしたらもう既に堪え切れずにいるかもしれない。

 自分の今の状況がわからない。それが何より一番恐怖でしかない。

 

 もしかしたら……もう、――死んでいるのでは……?


 

 ――…………。



 クロトの思考が、一瞬の無を作った。

 自分が死んでいるのではないか。という幻想。


 この提示に、クロトは静かに否定をした。


 なにも感じぬ体で、自分なりにイメージとして深呼吸を繰り返す。しっかりできているかもわからない。だが、まだ頭の中は落ち着いてきた気がした。

 ……だが、それでもよかった。

 焦って取り乱す思考がなければ狂気に走る事はない。無の恐怖に呑まれぬ様に、クロトは平常心をどうにかして保とうとする。

 瞑想。というモノを頭に思い浮かべた。

 呼吸や体の感覚に意識を集中させる行為。周囲の情報から五感を感じるのではなく、自分で五感を思い浮かべて構築していく。

 心音。呼吸。手足や体の動き。自分の熱量。自分という存在の有無。

 それは確かに曖昧で自分がこれまで感じてきた感覚を、現状無の世界に置き直して自分の存在を保とうとしているのみにすぎない。まるでパズルを組み上げる様に。

 それでも、そうする事で得られるものがあった。


 自分が、この無の中でもちゃんといるということ。存在しているという確かな情報。

 

 周りの環境に支配されず、自分という存在でいること。自分の【生】を認識することで、無の恐怖に抗う。

 そうすれば自然と心や脳内が穏やかになったものだ。


 自分は此処にいる。存在している。今も尚、生きている。


 意識は強固に固められた存在にへと向く。

 同時に、クロトはその時……何かをしたのだろう。



 ――パァン……ッ!!



 ハッキリと聞こえた銃声。

 同時に何かがざわめいて逃げて行く音。

 気付けばクロトは地面に座り込んだまま、右手には魔銃を手にしていた。銃口からは煙が出ており、発砲したのは確か。 

 視界もある。聴覚もある。触感も、五感の全てがその時戻っていた。

 周囲を見渡し、静闇の間を一望する。中は何の変哲もない洞窟だ。湿った空気も、土の匂いもちゃんとある。薄暗いだけの、ただの洞窟。

 今までのことはなんだったのか。最後に、地面に落ちていた何かを見た。


「……虫?」









 静闇の間からクロトが出れば、3人がちゃんと同じ位置にいた。

 

「クロトさん、お帰りなさい」


「……あー、とりあえず、どれくらい経過していた?」


「そうですね。おおよそ、ルキと同じほどです」


 意外なものだった。クロトとしては、もっと短い時間と考えていたが、どうやら1時間近く静闇の間にいた事になる。完全な暗闇の中で、時間間隔が麻痺していたのかどうか……。

 ルキは不満そうな顔をしているのみで、特につっかかる様子はない。

 

「クロト殿も休憩なされてはどうですか? 水もあります」


「……ん」


 腰を下ろし、一息入れようとした時。クロトはリキに一つ尋ねる。


「そういえば、虫がいたんだが……、これなんだ?」


 自分が撃ち落としたであろう虫。掌よりも小さなものである虫。それをリキもルキも覗く。ルキは途端に「げっ……」と声を濁らせた。そして静かに後退って行く。


「さすがクロト殿。よく気付かれましたね」


「で? なんなんだこれ? コイツを撃った後からただの洞窟になりやがったんだが……」


「ええ、まぁ……。こちらが静闇の間の正体になります。有喰(ありく)いになります。生き物、自然などが発する音など、感じるものを食す虫でして。こちらはこの虫の住処になるのですよ」


 少し、クロトの背を寒気が走る。要は虫の住処に入っていた事となる。そして、発砲した事で大量にいたであろう虫たちは逃げてしまったのだろう。そのため、一時的にただの洞窟にへと戻っていた。


「最初に言えよ……」


「言うと修行にならないと言われてますので。自分も何匹かあの中で捕まえた事がありますよ。ご安心ください。特に人体に直接害を与える生き物でもありませんし、静闇の間以外には生息しておりませんので。しばらくしたらまたもとに戻ります」


「頭おかしいだろ……。なんで一匹でも仕留めてんだよ」


 確かに。あの無の領域で生き物を補足するのは困難。五感のない状態で己の直感が得た別の【生】の感覚。それにクロトは銃を向けたにすぎない。

 なんにせよ、これは良い教訓にもなった。内でニーズヘッグが異常なまでにげっそりとしているが、意識を集中させることで自分以外の何かを察する術。リキが視覚がなくともこれほどまで普通に接する事ができる理由がよくわかった。そこまでの到達は困難だろうが、得た教訓もまた自身の力に繋がる。


「よし。飯食った後にまた入ってみるか」


「その前に、自分も入らせていただきたいのですが……」


「なんでコイツらこんなに余裕なんだよ……っ!?」


 

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