第七十二話「そして、戦いは続く」④
「発令……ひとまず、全軍進軍を停止し、隊列の再編成を行う……。艦隊各位は周辺環境情報を集めつつ、手近な艦隊と合流し、最低でも200隻以上の艦隊を編成し、各自艦隊規模の拡大に努めろ。最前線及び本陣については特に警戒を厳とするよう通達する! 復唱!」
とにかく、まずは手綱を締めるべき局面と言える。
これ以上の無秩序な侵攻は危険だ……何か、悪辣な……未知のトラップがある。
この感覚……まさにそれだ。
言ってみれば、敗北の匂いとでも言うべきか。
「……司令! ここは立ち止まらずに、一気に敵の本拠地へ突貫すべき局面では? 炎の精霊に対しても、我々の装備で十分対応できると証明されました……。敢えて、ここで立ち止まる理由は無いと小官は愚考いたします!」
先ほど、戻ってきたばかりのゲーニッツが不服そうに、唸るように抗議してくる。
さすがに、陸戦歩兵上がりのゲーニッツは宇宙の艦隊戦の経験は皆無に近い。
宇宙の戦いのテンポについても、いまいち理解が乏しいようで「まだ目標地点に到着していないのか!」とか「報告が遅い!」とか的はずれな事でカッカしがちで、その度に私がまぁまぁと宥めるのが常となっていた。
なお、私に言わせれば、予定通りに現着できる訳がないし、最前線からの報告についても半日くらいの遅れはむしろ許容範囲。
今出した命令が三日後くらいに実行される……それくらいは許容できないと、宇宙の戦いの指揮なんて出来ない。
「忠言痛みいる……。だが、歴戦の将としての私の戦場の勘は、このまま勢い任せで無秩序に進むと一敗地に塗れると告げている。それに、そろそろ先陣切ってた連中は艦も兵も限界だ。だから、ここは敢えて立ち止まるべきだと判断した。私はこの銀河でももっとも数多くの戦場を経験してきた……だからこそ、数多くの敗北も知っている……それでは説得力がないかな?」
むしろ……敗北の記憶の方が多いくらいなんだがねぇ。
もっとも、敗北が多い=弱将と言えば、そんな事はないと思う。
……常勝無敗って、ソッチの方がよほど怪しい。
なぜなら、敗北を知らないと敗北に至る過程も経験しない。
要は、思った通りにいかなかった敗色濃厚な局面に弱いといえる。
過去、常勝を謳われた将もたった一度の敗北をきっかけにあっさり退場する。
そんな例は数多く存在する……それは、間違いなく世の真理だった。
「……数多くの敗北を知る故に……ですか? それに勘? つまり、特に根拠はないと?」
「ああ、確かに根拠なんて無いんだが……。どうにも、嫌な感じがするんだ……要するに、なんとなく負けパターンにハマってるような感じがするんだよ。よもや、実戦経験者のアンタが勘を信じないとか言うんじゃないだろうな」
「確かに、戦場で勘を信じるのは……基本だと思いますが。負けパターン? つまり、今回のような展開になって負けた……そんな経験があると言うことですか?」
「さすがに、今回みたいなケースは初めてだよ。でも、だからこそ……負ける時ってのは、こんな風に勝ち負けが良く解らなくなってきた時って、相場が決まってるんだ。そこは解って欲しい……それに焦るな。一体、何度同じことを言われれば気が済むんだ? 宇宙の戦いってのは陸戦とはワケが違う……むしろ、焦った方が負ける。少しは頭を冷やせ」
……流石に少々きつい物言いになってしまったが。
そろそろ、はっきり言っておくべきだろう。
一瞬、ゲーニッツも険しい顔をするのだが。
私が微塵にも揺るぎないことを察すると、ペコリと頭を下げて見せる。
「す、すんません……ロズウェル中将。な、なるほど……焦って勝ち負けが見えなくなった状況が危険……。仰ることも解るような気がしますし、今の我々にも当てはまりますな。確かに負け戦っての始まりってのは、そんなもんかもしれないですね」
「ああそう言うことだ。悪いが、ここは慎重にやるべきだ。艦隊もこんな十数隻単位でゴチャゴチャやってる程度では話にならん。この星系の出来るだけ多くの情報を集めて、足場を固めて、一旦敵の出方を伺う……消極的なようだが、私もこのマゼラン遠征艦隊の将兵の命を預かる立場なんでな。このまま、アクセルを踏み続けるのは不味い。視界が霧で霞んでいる中、フルスロットルとか自殺行為……こう言えば解るか?」
それだけ告げて、しばし、ゲーニッツ大佐と無言で睨み合う。
司令部のオペレーターや参謀たちも成り行きを固唾をのんで見守っているようで、重苦しい沈黙が支配する。
「……了解しました。しっかし、宇宙の戦争ってのはずいぶんと間延びしてるんですね。本当にこんな調子でいいんですかね? いくらなんでも、十二時間も前の情報を最新情報とか言って送ってくるってのは、ありえないと思うんですが」
「そうか? 十天文単位も離れてると、最速でも八十三分はかかるんだからな。報告が届くまで半日はむしろ早い方だ。なんなら、過去の星系規模の実弾演習のレポートでも読んでみるか? 命令を下命して、実行まで二十四時間……丸一日かかるなんてのが、普通だと思ううぞ」
「命令をしてから丸一日経って、ようやっと動く? ……それが普通なんて言われても……。確かに、前線でも独断専行が目立つと思って檄を飛ばしたりしてたんですが……。単純に連絡に時間がかかるようになってきているから……そういう事なんですか?」
「……その通り。その辺りは始めから織り込み済みなんでな。前線指揮官には、何かあって後方の判断待ちしてる暇があるなら、率先して動くように正式に命じてあるし権限も与えてある。それに……なんと言うか、ラース文明側が妙なことを始めたようだからな。ここは、様子見が賢明だろう」
「なるほど、勝手働きが目立つと思ったら、そう言うことでしたか……。ですが、それ故に混乱も起きているなんですが……」
「だからこそ、ここらで立ち止まって、混乱を鎮める。そう言うことだ……」
「確かに……先程から、惑星テンプラーの周辺で異常な赤いダストのような物が観測され、あちこちで発生源が不明の高エネルギー反応が観測されていますからな。それの正体が知れぬうちは深入は危険……。この理解であってますかね?」
「まぁ、それで大体合ってるかな。いかんせん、我々はエネルギー生命体文明の戦い方をよく解っていないからな。最初は、力任せで物理で殴ってなんとかなると思ったが、さすがに向こうもこちらと同じ土俵で戦う不利を悟って、戦略を変えようとしている。だからこそ、ここは敵のターンと見るべきだ。彼を知り己を知れば百戦殆からず……。孫子の兵法書からの引用なんだが、まさにそれだな」
「確かに、我々は敵への理解が不足していますな。エネルギー生命体との戦いなんて、誰もが未経験……。たしかに仰るとおりですな……」
完全に無策って訳でもなく、色々と想定して準備もしてきたんだが。
どうにも、敵のほうが一枚上を行ってるような気がしてならない。
「そう言うことだ。そもそも、実体を持たない敵との戦いなんて、前例もないんだ。案外コイツらは、距離の概念すらも無視できるのかもしれん……」
宇宙ってのは、広大極まりない。
光ですら鈍足と言われるほどには、果てしなく広い。
だからこそ、そんな広大に過ぎる宇宙空間に最適化されたエネルギー生命体が、我々のように物理法則の制約を課せられていると思うほうが恐らく間違いだ。
「距離の概念すらも無視……つまり、今も唐突に奴らが我々の眼の前に湧いてくる! ……そんな可能性もあるという事ですか?」
「そうだ……。まぁ、さすがにそれは考えすぎかもしれんが。敵のレッドシップがなぜ、等間隔にまばらに配置されていたかと言う疑問の答えも案外、そう言うことなのかもしれん……。実際、奴らは無秩序にワラワラと動きながら、戦力を集結させようとしているように見えるが、よく見ると未だにじっと動かない個体が一定間隔を置いて居座っているのも事実だ」
要するに、星系規模で同時にリアルタイムで観測することが、この星系を制圧する前提条件と言う可能性。
そして、リアルタイムに空間情報を掌握するために、必要な目……それがあの動かないレッドシップの役目だと言う可能性に行き着く。
こんな状況……一刻も早く、戦力集中を図る必要があるのは明らかなのに、頑として動かない個体がいくつも存在する……我々の感覚からすると意味がわからないんだが……。
そうする必要があると言う前提で考えると、あの動かない個体が観測点兼統制ノードであると言う憶測が成り立つ。
要するに、あの動かない個体ひとつひとつが奴らの目であり、本体である可能性。
なにせ同じエネルギー生命体種族の「ひかりの民」も個は全、全は個と言う集合意識を持つ種族だったのだ。
ラース文明も一つの意志のもとに、統一された存在である可能性は極めて高い。
その統一された意思を形作る構成ノード……それがあの動かないレッドシップなのかもしれない。
「それが事実なのだとすれば、恐るべき事です。要するに、この戦いは後方も最前線もない……であれば、こちらも根本的に戦略を見直さなくれはならないではないですか!」
「いや、もしそれが可能なら、今すぐにでもゲート前に炎の精霊の大群が瞬間移動して来ると思うんだが。それをやってくる様子はない……。案外、我々も知らず知らずのうちに奴らの前提条件を阻害している可能性があるな……」
ソレイル108の件を考えると、楽観は危険……そう思うのだが、案外アレがヒントになっているのかもしれないな。
「なるほど……だからこそ、緒戦の勝利に浮かれずに、まずは足場を固め、敵の情報を集める……なるほどですな。さすが……歴戦と言わせていただきますよ。正直、中将が我々のボスで良かった……こんな状況、俺はもちろん、他の将官でも話にならなかったかも知れませんからな」
ゲーニッツがそう言って、二カッと凶悪な笑みを浮かべると、司令室の緊張感も行くぶんか緩んだ。
「ロズウェル司令……緊急報告! 電波通信網が一斉に遮断され、音信不通の艦が続出しているようです! 現場からも至急の司令官判断を求められています!」
通信オペレーターからの緊急報告で、私も嫌が応にも緊張する。
……例によって、司令直通コール。
次から次へと、全くいちいち、妥当な案件ばかりだな。
「仕方ないな……。いささか非効率的だが、こんな事もあろうかと思って、スターシスターズ艦を送り込んでおいたんだよ。手近に居るスターシスターズの共鳴通信でのリアルタイム通信を使え!」
妨害も傍受も不可能……その上、距離も無視して瞬時に情報が届く。
そんな便利なもの……この私が使わないはずがないだろ?
「……そ、それが……スターシスターズ艦の共鳴通信網も、どう言うわけかダウンしているようで、現時点で前線各部隊との通信が完全に遮断されています!」
「待て、共鳴通信が……だって? まさか、共鳴通信も含めた全域通信ジャミングでもかかってるってのか?」
スターシスターズの共鳴通信は、アストラルネット空間経由の通信と同質……と言うのがゼロ陛下情報で、その時点で万能無制限通信と言っても過言じゃなかった。
それを妨害なんて、どうやったらそんな離れ業が出来るんだ!




