10話。エルフとの会談③
元々が外交官などではなく、一介の営業マンに過ぎないため、外交や交渉に於ける基礎的な常識を持たない神城からすれば、エルフという種族を代表して来訪したヨースタインとの交渉の前に自身の言動や礼儀作法に対する各種予防線を張るのはある意味で当然のことと言えよう。
しかし神城の事情を知らないヨースタインから見た神城という男は、異世界から来た勇者でありながら、召喚されてから僅か数か月という短期間で王国上層部とのコネを作り、貴族として遇されるだけのナニカを備え、そのうえでエルフが欲する『薬学のブレイクスルー』を成し遂げた人物と目される存在である。
そのような相手から散々「無礼を許してほしい」と念押しされた場合、一般的な価値観を持つ者はどのような感情を抱くであろうか?
交渉前に最低限の礼儀を修めていないことに対する怒り? 違う。
このときヨースタインが抱いていたのは「何を企んでいる?」という疑念であった。
そしてその疑念は神城が続けて言い放った言葉で更に深まることとなる。
「本題に入ると言いましたが、その前に、大前提となる話をさせていただきます」
「……えぇ」
「まず私ども、否、少なくとも私は、人間という種族が治める国家に対して無条件に味方をするつもりはありません」
「……?!」
交渉相手と見込んでいた相手から突如として放たれた爆弾発言を受けて、思わず息を呑むヨースタイン。そんな彼に対して神城は言葉を続ける。
「それほど驚くことでしょうか?」
「い、いや」
「考えてもみてください。いきなり異世界に召喚されて『さぁ自分たちの繁栄のために戦え』と言われたらどう思いますか?」
「それは……」
「普通に考えれば反発します。しないほうがおかしい」
「……そうでしょうな。しかし、よろしいので?」
自分に置き換えればわかる。普通に考えれば神城が言うように反発するのが当たり前だろう。だがしかし世の中には「当たり前のことでも口にしてはいけないこと」というのは往々にして存在する。
外交官であり、軍務卿の寄子という立場にある神城が人間種の治める国家を否定するということは、まさしく「口にしてはいけないこと」に該当するはずだ。
「ん? あぁ、閣下は私と軍務卿閣下の繋がりを懸念されておいででしょうか?」
「……えぇ」
「大丈夫です。問題ありません」
「それは、どういう意味でしょう?」
発言の真意を問いかけながら、ヨースタインはチラリと出入り口付近に目を向ける。そこに居たのは給仕のために控えていた女官であった。
(今は何の動きも見せていない、だが確かに先ほどは……)
神城の言葉に動揺したのはヨースタインだけではない。経験豊富なヨースタインは、扉の近くに控えていた彼女が大きく身じろぎしたのを見逃してはいなかった。
(それなりに経験豊富な侍女を異世界から召喚されたばかりのこやつが雇えるはずがない。つまり、この侍女は侯爵家に所縁がある者だろう。それが動揺するということは、こやつの発言は侯爵家が監修したものではない、ということだろうな。しかし何故この場でこのようなことを口にする必要があるのだ?)
後ろ盾と不仲であることを明示する外交官など存在しない。それは常識以前の問題だろう。
だがヨースタインは理解していないことだが、神城の本業は外交官ではなく営業である。
そして営業という職業にとって重要なのは、自分が所属する会社を誇示することではない。
成果を得るために、時には自社をこき下ろしてでもお客様の歓心を買うという断固たる決意なのだ。(異論は認める)
この場合は「お客様の立場に立ったトーク」とでも言おうか。
神城はエルフ種であるヨースタインが無条件で人間種に味方するとは考えておらず、まずは「自分がそうではない」ということを曝け出すことがヨースタインとの交渉を円滑に進めるために必要なことだと判断したが故に、敢えて最初に王国に敵対するかのようなニュアンスの言葉を吐いたのだ。
その結果は神城が予想していた通りのものであった。
(当たり、だな)
もしもヨースタインが無条件に王国に味方するような立場であれば、ラインハルトの耳があるであろう場において問題発言をした自分に対して掛ける言葉は「そんなことを口にして大丈夫か?」という当惑交じりの問いではない。「何を不敬な!」という激昂であるべきだ。
しかしヨースタインは自分の言葉に怒りを示さなかった。それはつまり「エルフは無条件に人間の味方をしているわけではない」ということの証拠でもある。
(細かくは違うかも知れないが、少なくともこの方向で問題ないだろう。いや、わかりやすい相手で良かったな)
営業回りの際、交渉相手の所属と担当者の思惑が一致しないことなど日常茶飯事であった神城からすれば、その場合の交渉方法もそれなりに修めてはいるものの、下手に読み違えると面倒になるので両者が一致しているほうがやりやすいのは言うまでもないことだった。
「軍務卿閣下は阿呆ではない。そういうことですよ」
担当者の立ち位置を確認した神城は、さも当然のように会話を続ける。
「あぁ、なるほど。(巧い言い方だな)」
『突然異世界から召喚された勇者が王国に隔意を抱く』なんてことは、少し考えればわかることであり、ラインハルトがそれに気付かないはずがないじゃないか。
そう言われてしまえば、侯爵家に忠義を誓う女官も異論を唱えることはできなくなる。
未だに神城の狙いは不明だが、少なくとも現時点で「人間のために力を貸せ」という類の話にならないことが確定しただけでもヨースタインとしては悪くないと考えていた。
「それを理解していただいたうえで、本日閣下においでいただいてまで提案したかった本題に入りたいと思います」
「はい、お願いします(ふざけた提案なら即座に会談を終わらせるつもりであることに違いはないが、少なくともその可能性は低そうだな)」
異世界から召喚された男はいったい何を語るのか。
また、その提案がエルフにとってどのような意味をもつのか。
現時点でヨースタインが神城に向ける評価は『破天荒に見えて計算高さも兼ね備えるやり手』というものであった。
しかしその評価は神城から提案された案件を聞いた瞬間に大きく覆されることとなる。
「では。閣下、エルフという種族を挙げて特定の効果を持つ毒を作ることは可能ですか? 贅沢を言えば人間種だけに通用してそれなりに毒性が強いものを製造してほしいのですが」
「……は?(人間に味方しないと公言した後で、人間にだけ効く毒の作製を依頼する、だと?)」
この提案自体が人間に対する裏切り行為であり、異世界出身の外交官とはいえ国内で自国に不利益しか齎さない提案をしたとなれば、後ろ盾である軍務卿が見過ごすはずがない。
いや、軍務卿はなんとか誤魔化せても宰相や国王は無理だ。どう考えても危険人物として排除される未来しかない。
(だがそれがわからぬほど阿呆ではない、はず)
何かしらの勝算があるからこその提案なのだろう。そうでなければ、侯爵家に繋がっているであろう女官は、遠ざけるか最低でも彼女の耳に入らないように工夫をするだろう。
(それをしなかったということは……やはり、あるのだろうな。確固たる勝算が)
「中々刺激的な提案ですな。して、神城殿はその毒を使って何をするおつもりでしょうか?」
自信満々、とは言えないかもしれないが、少なくとも自然体を崩さない神城の様子を見たヨースタインは、危険な話題であることを理解しつつ一歩踏み込むことにした。
予想すらしていなかった方向に話が進みつつあることに固まるルイーザを余所に、勇者の利益代表者とエルフの利益代表者の会合はその深度を深めていくのであった。
少しずつ暗黒面が出てくる神城君。
悲しいけどこれ戦争なのよねってお話。
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ドーモ。キングオブコント(ゴールデン)よりも座王(深夜)の方が好きな作者=デス。
たんぽぽ連覇か。強い (小並感)
語録を使わないで二章のラストを表現するのが大変です。
中々「書こうと思えば(王者の風格)」みたいにはいきませんね。
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