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第四十一話 風通しの良すぎる武器屋

 真っ二つにへし折られた分厚い木扉の残骸に縋りつき、「ああっ、特注の無垢材が……っ」と半泣きになっている家主のエンジをよそに、グレンは砕けた扉の向こうを凝視していた。


 部屋へ押し入ってきた小柄な暴風は、哀れな家主など視界にも入っていないのか、一直線にグレンのもとへ歩み寄る。


 赤みがかった金髪を風に煽らせたラルは、寝台の上で木匙を持ったまま固まるグレンに向かって、怒りを露わにして捲し立てた。


「あたしたちが、どれだけ! 心配したと思ってっ! っていうか、何その服! 似合わない! キモイ!!」

「お前最近、プラウに感化されてないか?」


 エンジに着せられた黄色の長衣への辛辣すぎる評価に、グレンは傷とは別の意味で胸を押さえたくなり、低く呻いた。

 だが、ラルはそんな反応すら無視して、さらに一歩距離を詰める。


「一人で街中を駆け回って……っ。『黒い服の男が胸から血を流して倒れてた』とか!」

「ラル、俺は……」

「『路地裏で人攫いに引きずられていった』とかっ!!」

「は? 人攫い!?」


 グレンは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 その途端、ラルの中で張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」


 その場へへたり込み、両手で顔を覆ったまま、子供のように声を上げて泣き出す。


「ラル……」


 指の隙間から零れた大粒の涙が、次々と床へ落ちていく。

 いつもは大人びていて、冷静で、少し言葉足らずで、生意気な口ばかり叩く弟子。

 その彼女が、ここまでなりふり構わず泣きじゃくっている。

 自分を囮にして逃がされたのち、この見知らぬ要塞都市で、いくつもの最悪の噂を耳にしながら、血眼になって探し回ってくれていたのだろう。

 グレンは胸の奥が締めつけられるのを感じ、寝台からゆっくりと立ち上がった。

 その背後で、


「自分、人攫い扱いされてる……」


 木扉の残骸を『よしよし』と撫でながら、エンジが暗い声でぽつりと呟いたが、グレンは完全に聞こえない振りをした。

 傷を庇いながらラルの前へ片膝をつき、その小さな身体を、ただ無言で抱き締める。


「ごめんなさい、先生。あたしたちが、弱いからっ」

「馬鹿を言え。お前たちが無事でよかった」


 グレンの大きな手に背を撫でられ、ラルは黄色の長衣へ顔を押しつけたまま、さらにしゃくり上げた。

 そんな師弟の再会を、扉の残骸の傍らから眺めていたエンジが、鼻をすんっと鳴らして尋ねる。


「それで? その子は?」

「ああ。俺の弟子の一人だ。お前、会ったことなかったか?」

「ガイア様とキョウ様には戦場で会いましたが……この子は初めて見ます」

「ああ、そうだったか」


 グレンは小さく息を漏らした。

 ラルを弟子にした頃には、エンジはもう騎士団を離れ、この街で武器屋を始めていた。知らなくても無理はない。


「駄目だな。どうも最近、耄碌したらしい」

「いえ。興味のないことへの団長の記憶力のなさは、昔からです」

「…………」


 グレンは、かつての右腕から返された容赦のない正論に、ぐうの音も出なかった。

 やがて、胸元で泣いていたラルの身体から力が抜け、静かな寝息が聞こえ始める。よほど気を張っていたのだろう。グレンの無事を確かめ、張り詰めていた心がほどけたらしい。


「まったく……」


 グレンは口元に微かな苦笑を浮かべると、ラルの小さな身体をそっと抱き上げ、先ほどまで自分が座っていた寝台へ寝かせた。

 それから、まだ十分に温かい粥の椀を手に取り、何事もなかったかのように食事を再開する。


 その一連の流れを呆然と見ていたエンジが、椅子を引き寄せて腰を下ろした。


「そういう図太さ、本気で見習いたいですよ」

「図太くはない。騎士として教え続けている事柄の一つだ」

「食える刻に食え、でしたね」

「そうだ」


 エンジは大きな溜息を吐き、椅子に凭れた。

 そして――


「ぶち破られた木扉二枚の修理ですが、業者に見積もりを出させるので、きっちり全額払ってくださいね」


 にっこりと笑って請求してくる元部下に、グレンは半眼になった。


「どっちが図太いんだか……」


 ------


 グレンが食事を平らげ、一刻ほど休息を取った。

 寝台で丸くなるラルを起こさぬよう、小声で二、三の他愛ない街の噂を交わしたのち、エンジは立ち上がった。


「大工のところへ行って、見積もりを出させてきます。店の風通しが良すぎるんで、留守番を頼みますよ」


 そう言い残し、蝶番から外れた木扉の残骸を跨いで外へ出ていった。

 静かになった部屋で、グレンは寝台の傍らへ立ち、眠るラルの赤みがかった金髪をそっと撫でた。


「怖い思いをさせたな、ラル」


 ぽつりと、本音が零れる。

 皮肉にも、ラル自身がぶち壊した店の入り口と私室、二枚の扉があった場所から、大通りの風が真っ直ぐ吹き込んできた。

 その風が頬を撫でたせいか、ラルが「ん……」と小さく呻き、ゆっくりと目を開ける。


「先生……」

「起こしたか。まだ寝てろ」

「そんな訳には、いかない。ケセナも、心配してる」


 ラルは目を擦りながら起き上がった。

 その言葉に、グレンの表情が引き締まる。


「ケセナは無事なのか?」

「無事。今は、街の西側の岸壁にある洞窟に避難してる」

「洞窟?」


 この要塞都市にそんな場所があっただろうか、とグレンが眉を顰めると、ラルは思い出したように付け加えた。


「ケセナが、昔、隠れてた場所だって」

「なるほどな……」


 その一言で、グレンは納得した。

 今のケセナの奥底に眠る『オウセイ』の記憶。五千星霜前、世界中から追われていた殺人鬼が身を潜めていた場所なら、見つからないのも道理だ。


「行こう」


 早く合流しなければ。

 エンジから押しつけられた『武器屋の店番』という役目など脳内から消し去り、グレンはラルを連れて部屋を出ようとして、ぴたりと足を止めた。


「先生?」

「とりあえず、この気持ち悪い色の長衣はどうにかするか」


 くるりと踵を返し、グレンは躊躇なくエンジの衣装棚を開け放つ。

 しかし、中に入っていたのは、黄色のほかにも紫や、目がちかちかするような謎の模様が描かれた服ばかりだった。


「あいつが女にモテない最大の理由、絶対これだろ……」

「窃盗犯」


 弟子の冷たい一言に苦笑しながら、グレンは衣装棚の奥底から、比較的まともな色合いの深緑の長衣を引っ張り出した。

 それに着替え、ラルと共に武器屋をあとにする。


 それから半刻後。


 誰もいなくなった、風通しの良すぎる武器屋の店内へ、大工に急いで書かせた修理の見積書を手に、エンジが上機嫌で帰還した。


「団長! 見積もり出ましたよ! きっちり払って……」


 だが、私室には誰もいない。

 代わりに、お気に入りの深緑の長衣が消え、あの『最高に団長に似合っていたはずの黄色の長衣』だけが、寝台の上へ無造作に脱ぎ捨てられていた。


 木扉の破壊。

 留守番の放棄。

 そして、窃盗。


 その事実を理解した瞬間、エンジの額に青筋が浮かぶ。

 手の中にあった高額な修理代の見積書は、怒りに任せて握り締められ、無惨にも真っ二つへ引き裂かれた。


「だーーーんーーーちょおおおおおおおっっ!!!!」


 哀れな元副団長の魂の絶叫が、陽が傾ききった大通りへ虚しく響き渡った。

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