7 体力≫練習量
「なー、蒼木」
シン先生の見学者に対するジョギング解禁宣言も先週の出来事となり、今は明くる月曜日の放課後。蒼木、練児、御門の3人は各々が持参した運動着に着替え、学校のグランドにてジョギングに励んでいるのだが……
「俺たちゃナメられてんじゃねーのか?」
3人の中ではジョギングに対して最も乗り気だった練児が、不満げに蒼木に問いかけている。
「そんなことはないと思うぜ?……多分だけど」
蒼木は一応の否定をするが、完全にそうだとは言い切れない様子だった。実際に、彼も先程告げられたジョギングの時間には少し文句を言いたかった。
「いや、街中を走らせて迷子になったら困るからグランドの周りグルグル走れってゆーのと、3人まとまってゆっくり走れってゆーのは分かるよ。でも、いくら無理させる訳にもいかねーからって、ジョグ時間10分は短すぎだろ!」
そう、彼らが告げられたジョギングの時間は10分。野球、サッカー、バスケットボールとそれぞれ分野は違えど、中学時代にそれなりの練習をこなしてきた3人にとってはあまりにも短い時間設定だった。
「確かに物足りないよね。10分って、もはや準備運動レベルだし」
御門も練児の言葉に賛成する。ちなみに3人の息はほとんど乱れておらず、まだまだ余裕であることが見て取れる。
「受験のジンクスがあるったって、これはちょっとな」
「だよな! 受験でなまった体は春休み中にあらかた戻したっつーの!」
「あと蒼木、それを言うならジンクスじゃなくてブランクね」
蒼木の素なのかボケなのか分からない間違いを練児がスルーしたので、御門がすかさず指摘した。蒼木のハッとした表情から察するに、どうやら素で間違えたらしい。
「……何となく響きが似てるよね? ジンクスとブランクって」
素直に間違いを認めるのが恥ずかしかった蒼木は苦し紛れの言い訳を放つが、どう考えても似てない。強いて共通点を挙げるなら、どちらもカタカナ4文字といったことだろうか。
「「全然」」
当然、蒼木の意見はバッサリと切り捨てられた。その後も会話を続けている内に10分が経ち、3人は集合場所兼活動拠点の体育館玄関へと向かった。
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体育館玄関の扉を開けて3人が中に入ると、二年生マネージャーの梨沙子とゆりが床に直接敷いた銀マットの上に座り、千羽鶴用の鶴を折っていた。扉の開く音に反応し、彼女たちは目線を上げる。
「あ、おかえりっ。余裕そうだねっ」
「とーぜんっす! 元サッカー部は伊達じゃねーっすよ」
梨沙子の言葉を練児がどこか得意気に返した。
「そっちの2人もまだ行けそうだね」
「まあ、春休みの内から軽く走ってたので」
「去年の夏の炎天下での駅伝練習に比べれば、どうってことないですね。it's piece of cake」
蒼木と御門にはゆりが声を掛け、それぞれが思い思いの返事をした。
「え、ケーキ食べたいのっ?」
梨沙子が御門の英語に反応したが、解釈を大幅に間違えてしまっている。
「梨沙子、さっきのは『楽勝だよ』って意味だよ」
ゆりの指摘を受けた梨沙子は一瞬硬直する。状況を理解すると、彼女の頬は気恥ずかしさ故にみるみる赤く染まっていった。
「し、知ってたよっ? わざとボケたんだよっ? わざとだからねっ?」
後輩の前ではボロを出したくない梨沙子は必死に取り繕おうとしているが、全く意味を為していない。彼女のあたふたしている様子は失態を認めているようなものである。
「ふふっ、さすが梨沙子ちゃんは頭が良いね〜。いい子いい子してあげる」
ゆりはおふざけで梨沙子の頭をよしよしと優しく撫でる。
「もう、いっつもそうやって馬鹿にしてっ!」
やんわりとからかうゆりと、それを退けようと必死な梨沙子。そんな2人の会話が続き、完全に蒼木たちはそっちのけにされてしまった。
どうすればいいのか分からないので、3人はその場に立ち尽くす。とりあえず蒼木は御門に関して抱いていた疑問を解消することにした。
「前々から気になってたんだけど、御門ってハーフ? それとも一時期外国に住んでたとか?」
御門の発言にたびたび混じる英語と、その発音の良さ。蒼木はそのルーツが気になっていた。
「いや、全然。英会話能力をつけるために、中一の頃から日常会話を瞬時に英訳してたら癖になってね」
「へえ、勉強熱心だな。将来は海外で仕事がしたいから、その下準備ってこと?」
日常的に英語を使う位なのだから、叶えたい夢やなりたい職業などがあるのだろう。そう思って蒼木は質問した。したのだが。
「いや、ただの趣味」
「……へ?」
思わず蒼木が間の抜けた声を出してしまうほど、御門の返答は予想の上を行った。
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(やべーよ、マジやべーよ!)
練児は焦っていた。目の前の光景を見ておきながら平静を保つのは、彼にとって簡単なことではなかった。しかし、内面を悟られたくない一心でなんとか堪えている。
(ぬぅあー! かわいー! マネさんかわい過ぎるー! やべーって!)
梨沙子とゆりが仲睦まじく話す姿を見て、練児は必死に興奮を抑えていた。
(だって反則だろこんなの! ただでさえ二人ともかわいーのに、梨沙子さんの紅潮しながら言い訳する仕草とか、ゆりさんのおしとやかながらどこかSっ気を感じる発言とか!)
あまり表には出さないが、彼は無類の女好きである。特に彼が可愛いと思った女子に関しては徹底的にリサーチする。恐ろしいことに、既に彼は陸上部の美人については調査済みであり、その過程でほとんどの女子部員の顔と名前を覚えた。
(にしてもマネさんたちレベルたけーよ! 実穂さんも彩月さんもかわいーし! 他にもかわいー子わんさかいるし! 陸部やべーよ!)
「にしても、女子こないね」
「女子ぃ!?」
思考が暴走寸前だった練児は思わず御門の呟きに反応してしまう。予想外の声の大きさに御門は驚き、「趣味が英会話って……えぇ……」などとブツブツ呟いていた蒼木は、普段とは違うリアクションを見せた練児に好奇の眼差しを向ける。
「どしたよ練児?」
「あ、いや、何でもねーよ。確かにおせーな」
蒼木の言葉で我に返った練児は内心慌てつつも、ポーカーフェイスを装い、いつもの声色で話を合わせた。今さら蒼木の目を気にする訳ではないが、まだ会ってから日の浅い御門、何より可憐なマネージャーを前にして本性を曝[さら]すわけにはいかなかった。
それにしてもカナたち4人の到着が遅い。彼女たちも蒼木たち男子と同様に10分のジョギングを指示されており、先程まで同じグランドで走っていた。男子が少し先に走り始めたために多少のタイムラグがあるにせよ、男子が走り終えてから既に5分以上が経過している。
気になった蒼木が未だにワイワイしているマネージャー2人にその事を告げると、梨沙子が「そうだね、ちょっと様子みてくるっ」と言って立ち上がり、玄関の扉を押し開けて外へ出ていった。
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梨沙子が様子見に行ってから約10分後。梨沙子もカナたちも、誰一人として帰ってこない。ちなみに長距離部員は男女問わず60分のジョギングを行っているので、帰ってくるのはまだまだ先だ。
流石に不審に思ったゆりは蒼木たちに留守番を頼み、女子見学者と梨沙子の捜索に向かった。
ゆりも帰って来なかったらどうしようかと考えた御門だったが、その心配は杞憂に終わり、数分もしないうちにゆりが梨沙子を引き連れて戻ってきた。
「あれ、カナたちは……」
「梨沙子さん、何してたんすか?」
帰還したのがマネージャー2人だけだったことに対して蒼木は独り言のようにこぼし、練児は率直な疑問を口にした。
「さ、梨沙子。ちゃんと説明してくれる?」
ゆりはゆっくりと、非難を込めた口調で梨沙子に説明を促す。ゆりの表情は一見するといつものように微笑みを浮かべているように見えるが、目が笑っていない。その傍らにいる梨沙子は母親に説教を受けている子供のようにしょぼくれている。
「ううっ……だってっ! グランド脇の芝生で真菜[まな]とジョグ後の見学者たちが楽しそうに話してたんだもんっ!」
「それで一緒にガールズトークに参加してたと?」
少し怒気を含んだ口調でゆりが問い詰めると、ムキになって声を上げていた梨沙子は再びうなだれる。
「はいっ……ごめんなさいっ……」
もう、と言いながら梨沙子の額にデコピンをぺしっとお見舞いした後で、ゆりは蒼木たち3人のほうに向き直る。
「そういうことで、一年女子は真菜が面倒みてるから安心だし、梨沙子には後でしっかり言っておくから大丈夫だよ」
「あの、真菜さんって……?」
先ほどからたびたび出てくる名前について蒼木が質問した。
「私と同じ二年生で、長距離部員だよ。今はケガしてて走れないから、グランド横の芝生で筋トレとかストレッチとかやってて、そこにジョグ後のガールズたちが合流したんだろうね」
説明を終えたゆりは千羽鶴制作作業を再開しつつ、梨沙子に対して説教を始めた。必然的に、男3人は再び放置される。
「で、オレたちはどうする?」
またもや暇人と化した3人。蒼木がこの後どうするかを練児と御門に聞く。
「先輩たちが帰ってくるまであと30分ぐれーか。カナたちは真菜さんと話し続けるだろーけど、俺たちは暇だよな」
本当は「じゃあマネさんとお話してよーぜ!」と言いたかった練児だが、やはり周りの目を気にしてその本心を隠し、澄ました顔で状況確認をした。
練児の言葉を受けて、御門が続ける。
「特にやることもないし、帰る?」
今週は見学期間であり、一年生は各部活動を自由に見て回ることができる。つまり、見学者である蒼木たちがいつ帰ろうと、それは彼らの自由なのである。
御門の意見を採用し帰ることにした3人は、マネージャー2人に挨拶をして体育館玄関を後にした。
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「あー物足りねー!」
御門と別れ、家路の途中にいる蒼木と練児。2人が自転車にて走っている時、いきなり練児が叫んだ。
「いきなりどうした!」
蒼木も負けじと叫び返した。現在、練児はかなりのスピードで蒼木の前を走行しており、風を切る音が邪魔をするため叫ばないと声が届かないのだ。
「走った気がしねーんだよー!」
「しょうがねえだろ! まだ部員じゃないし!」
今週の見学期間は入部届の受付期間でもあるのだが、正式に部員扱いになるのは来週の月曜日からである。いかに早く入部届を提出しようとも、今週の金曜日まで蒼木たちは見学者扱いなのだ。
「にしても10分て! ナメてんじゃねーよ!」
「気持ちは分かるけど! 抑えろ!」
「むり! うおおおぉぉぉ!」
「あ、待て! 事故るぞ!」
雄叫びと共にさらにスピードを上げた練児を注意しつつ、蒼木もその後に続いていった。




