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5 帰り道、思惑


練習前のミーティングが終わり、部員たちは各ブロックごとに別れて練習を始める。


ブロックとは、ある程度大まかにまとめられた種目群のことであり、鳳嶺高校陸上部には短距離・長距離・投擲の3つのブロックが存在する。


跳躍ブロックが無いことについては、昨日カナが実穂に質問済みである。実穂曰く、鳳嶺高校の陸上部には跳躍の選手が居ないため、跳躍ブロックは存在しないらしい。


興味のあるブロックを好きに見学していいと言われた見学者たちは、それぞれが見学したいブロックの元へと向かう。早紀は「風華さ〜ん!」と、普段は出さないような甲高い声を出しながら投擲ブロックの元へ向かい、練児と御門とカナの3人は長距離ブロックの部員の元に集まる。総勢16名――蒼木と、既に練習に参加しているすみれを除く――の見学者のうち、2人の男子と4人の女子が長距離ブロックの見学に集まった。


「やっぱ、みっちゃんは長距離だよねえ」


長距離の部員が円を組んで体操している様子を、見学者たちが眺めているとき、一人の女子が呟くように御門に話し掛けた。その女子の傍らには、もう一人の女子が佇[たたず]んでいる。同じ中学出身で面識がある二人だったので、特に気を遣うこともなく御門は答える。


「まあ、ね。逆にこのガリガリの体じゃあ、長距離以外できませんけどね?」


御門のことをみっちゃんと呼ぶ女子に対して、御門は自嘲気味に答えた。彼は皮肉や自虐ネタ等をいう際には自然と敬語になる癖がある。


「それより紗弥加[さやか]も何だかんだで長距離の見学に来てるじゃん。中学の駅伝の時にはボロクソ言ってたのに」


御門は、話しかけてきた方の女子――今村 紗弥加[いまむら さやか]に話題を振った。


「いや、あれは吹部[すいぶ]の時間が削られるのが嫌だったから。別に走ること自体は嫌いじゃないよ?」


「ほうほう。じゃあ千尋[ちひろ]は?」


御門は続けて紗弥加の隣にいた女子――村内 千尋[むらうち ちひろ]に話を振った。


「……消去法で。長距離なら元バスケ部の体力を生かせるかもだし」


「バスケ?」


千尋の口から放たれたバスケという単語に、練児と話していたカナが食いついた。長距離部員の体操の掛け声が響く中で、千尋の小さめの声を聞き取る。地獄耳のカナでこそ成せる業[わざ]である。


「あなたってバスケ部だったの? カナもだよ! あ、私は佐々木 叶。カナって呼んでね! それにしてもどうしてうちには女バス[じょばす]が無いのかね〜。あったら絶対入ってたのに! あなたもそうでしょ、って名前教えてよ! ……うん、千尋ね。よろしく! ポジションどこだったの? 私は――」


カナは千尋を捕まえ、ほぼ一方的に話し続けている。千尋も「う、うん」などと相槌を打ってはいるものの、基本的にはカナの勢いに押されている。カナはバスケ部が男子にしかないことについて強い憤りを覚えており、その事を理解してくれる人を見つけたことでコントロールがきかなくなっていた。それゆえに、彼女は本来の目的を忘れている。


(……おい、見学しろよ)


お喋りに夢中になり、全く長距離部員の方を見ていないカナ。そんな彼女の様子をみた誰もがそう思った。


少しして長距離部員たちが体操を終え、見学者たちの元に一人の男子部員が歩み寄る。


「やあ。今日は見学に来てくれてありがとう」


その部員は、爽やかな笑顔を浮かべ、年下相手にも傲慢な態度を取らず丁寧な言葉遣いで見学者たちに話し掛けた。ここで、ようやくカナも口を止める。


「集まってくれたのに申し訳ないんだけれど、今日はフリージョグの日なんだ。各自が好きなペースで、好きなコースをジョギングする、言わば調整の日。昨日がきつめの練習だったからね」


「だから」とその部員は続ける。この時点で、練児には彼が言わんとしていることが読めた。つい先日、同じようなことを経験済みだからだ。


「見学、というのは今日は難しいんだよな。アップはそこの通路を使ってやるから、それは見れるんだけど……ジョグの見学、は無理だしなあ。みんなバラバラになっちゃうからね」


申し訳なさげに話すその部員が言葉を続ける。


「明日も今日みたいにジョグするだけだから、見学するなら明後日がいいだろうね。明後日は競技場で練習するから、それなりに見てて楽しいと思うよ」


その後も少し話を続けた例の部員の話をまとめると、『見学するなら明後日。長距離希望者にとって、明日は今日と同様に見所が無いから来ない方がいい』ということらしい。


ウォーミングアップの後、長距離部員たちは各自ジョグへと出発したため、長距離の見学者はやることがない。当然の成り行きで、長距離ブロックの見学は解散になった。


帰ろうとするカナを、すかさず御門が呼び止める。先程の発言の真意を聞くために。


「Hey,カナ。ちょっといい?」


■■■


解散後、すぐに帰路へと就いた紗弥加と千尋は、自転車で駅へと向かっている。鳳嶺高校は駅から徒歩15分、自転車で10分の位置にある。徒歩の所要時間に対して自転車のそれが長いのは、信号が多く点在するためである。


「いや〜、災難だったねえ千尋!」


信号に引っ掛かった時、紗弥加は千尋に話し掛けた。先程、千尋がカナのペースに振り回されたことについてだ。


「うん……でも、あの子すごいね」


人一倍人見知りな千尋とっては、カナのようにガンガン接してくる人間は苦手だった。だが同時に、初対面の人間にも物怖じせずに話すことができる積極性を羨ましくも思っていた。


「……もう入ることに決めたんだって。あと、御門と話してた男子も」


2人はすでに御門が陸上部に入ることを知っている。御門と早紀から見学に誘われる際に、彼ら自身の口から告げられた。


「さすが、元女バスは考えることが一緒だねえ」


前述の通り、鳳嶺高校には女子のバスケ部が存在しない。そのため、中学までにバスケ部だった女子は、陸上部に流れてくることが多いのだ。スポーツは続けたいが、高校から新たに球技を始めるのは遅い。しかし、陸上は数ある種目の中から自分に合ったものを選ぶことができる。競技も細かいルールを覚える必要もなく、シンプルで分かりやすいものが多い。そういった理由からだった。


「……紗弥加は、入るの? 陸上部に」


千尋の問いかけ対してに、紗弥加はためらいなく答える。


「うん! 乃本出身の子もいるし、見た感じ部活の雰囲気も明るくて楽しそうだし」


紗弥加は、部活は楽しむものだと考えている。部活仲間との日々はもちろんのこと、自分が納得する結果を残したいとも思っている。中学は吹奏楽部に所属していた彼女だったが、嫌々ながらも出た駅伝大会が思いの外楽しかったために見学に参加し、雰囲気が良さそうだという理由で入部を決めたのだった。


「……そっか……私は、もう少し考える」


紗弥加は「一緒に入ろうよ!」と言おうとしたが、そのときにちょうど信号が変わり、千尋は前に進む。自転車で進みながらの状態では、風を切る音が邪魔をして声が聞き取りづらい。歯切れのいい紗弥加の声ならまだしも、平常時ですら聞きとりにくいことがある千尋の声は、簡単に風にかき消されてしまう。仕方なく、紗弥加は会話を中断してヘダルを漕いだ。


■■■


「話って?」


御門とカナ、そして練児の3人は、校門前の坂を歩いて下っている。校門前の坂を自転車に乗ったまま下ることは校則で禁止されているため、練児と御門は自転車を押しながら歩いている。カナは徒歩通学だ。


御門は、念のために練児にも声を掛けた。蒼木の性格をよく知っている彼がいた方が、なにかと便利だと考えたからだ。練児本人は、ケンカは当事者同士で解決するのが最良だと考えているため、今のように自分たちがあれこれ手を尽くすのにはあまり乗り気ではないのだが。


「……蒼木のことなんだけど」


にこやかだったカナの表情が、途端に曇る。少し溜めたのちに、カナが続きを促す。


「それで?」


「何かあったよね?」


何も無かったはずはないが、何があったのかは分からない。カマを掛けるのも面倒だった御門は、単刀直入に聞いた。


「別に。蒼木がゲスい理由で入部したって知って失望しただけ」


「…………」


カナの発言に練児は違和感を覚える。そして、大雑把すぎてよく分からない御門は、さらに質問した。


「ゲスい? それってどんな理由?」


カナはこれ以上追及して欲しくなかった。蒼木の発言を思い返すだけで、あの出来事が喚起する。口に出すのも嫌だったが、会話を進めるためにカナは渋々ながらも質問に答える。


「陸上のユニフォームがエロいから、それ見たさに入るんだってさ」


「ねーな」


カナが話し終えたと同時に、今まで一言も言葉を話さなかった練児が口を開いた。


「クソ真面目なあいつが、そんな理由で部活を決めるなんてありえねー」


「いや、本人が言ってたから。勧誘のダシにしてたの見たもん」


練児の否定に対して、カナも負けじと反論する。蒼木がその手の発言をしたこと、少なくともそれは事実なのだ。


だが、今のカナの発言で、練児は先程立てた仮説が正しかったという確信を得た。


「どーやらその言い方だと、面と向かって理由を聞いたわけじゃねーみてーだな」


「っ、そうだけど……」


虚を突かれ、カナは思わず言い淀む。教室での蒼木の発言内容と、彼が入部を決めたきっかけが一致するという確信はどこにもないのだ。


「どういう状況で、蒼木がなんて言ったのかは知らねーが、たぶん勧誘目的か、その場のノリとかで仕方なく言っただけだと思うぜ? 蒼木は、自分から変態じみたことを口走るよーな奴じゃねーからな」


蒼木との付き合いが長い練児が発したからこそ、この言葉には説得力があった。


「ついでに言っとくけど、あいつが入部した理由は『親との契約だから』だと。それ以上なにも言わねーから、詳しくは知らねーけど」


「…………」


「ま、とりあえず本人に確かめてみりゃどーだ? 判断はそれからでも遅くねーと思うぜ。クソ真面目で几帳面な蒼木のことだから、やましー理由なんてねーと思うが」


練児のこの発言を最後に、3人は口を閉ざす。しばらく無言のまま歩いていると、坂下の交差点に辿り着いた。坂の乗り下りが禁止されているのは、この交差点での事故防止のためである。ここからは3人とも別々の方向だ。


「俺こっちだから。じゃーな」


「俺は電車だからあっち。Good-bye」


練児が去り際の挨拶を済ませ、途中から空気同然だった御門もそれに倣[なら]う。


「……バイバイ」


互いに背を向けて、3人はそれぞれの家路へと、歩みまたは車輪を進めた。それぞれの思惑を胸に秘めながら。


(練児が上手く話を進めてくれて助かったよ。呼んどいて正解だった)


(言うだけ言ったし、これ以上は本人達の問題だな。あとは知らねー。てゆーか腹へった)


(……話くらいは、聞いてみようかな)

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