4 見学わっしょい
カナが陸上部に入部することを宣言した日の、翌日の放課後。今日から正式に見学期間が始まり、各部活動が新入生獲得のために本格的に動き出す。
カナが一人で体育館玄関前に到着したとき、まだ練習は始まっていないらしく、多くの陸上部員がたむろしていた。
「お、カナちゃんだ! いぇい」
「彩月[さつき]、知ってんの? 見学者?」
「見学者どころか新入部員だよっ」
「本当か!? よっしゃあ!」
「やっふぃー!」
「今年は女子多いな! まあいいけど!」
「うぇるかむ!」
カナを見つけた「いぇい」なマネージャー、林田 彩月[はやしだ さつき]と、梨沙子の言葉で、その場にいた陸上部員はお祭り騒ぎになった。
「ありゃ、誰も誘えなかったか」
一人で来たカナを見て実穂が呟く。
「ごめんなさい」
「いやいや、謝らなくていいよ。本来、新入生にお願いすることじゃないし」
「おれと御門は3人誘えたぜ」
「中学時代の友達に声を掛けただけなんだけどね」
すでに来ていた早紀と御門が、自分たちの勧誘成果を伝える。早紀の言った通り、彼らの後方には3人の見学者がいた。いずれも女子であり、お互いに仲良く会話をしている。
「ところで蒼木は? カナと同じクラスだったよね?」
御門がカナに、蒼木のことを尋ねた途端、カナがあからさまに不機嫌そうに顔を歪ませる。
「知らない。放っとけばそのうち来るんじゃないの? できれば来ないで欲しいんだけど」
「……What?」
ぶっきらぼうに言い放つカナの姿は、まさしく豹変という言葉が相応しかった。御門の目には、蒼木とカナの二人は昨日まで友好的に接していたように見えたし、実際そうだった。にもかかわらず、カナは蒼木のことを蔑[ないがし]ろにするようなことを言う。確実に、何かがあったと御門は悟った。
二の句を継ごうとした御門であったが、練児の到着により叶わなかった。
「おっ、なんか沢山来たぞ」
「あれ全員見学者?」
「練児がいるから、たぶんそうです」
「マジ!? グッジョブ!」
「うぃっひー!」
「おい、あの子超かわいくね?」
「こんぐらっちれーしょん!」
新たに練児を含む6人の見学者が来たことによって、再びどんちゃん騒ぎの陸上部員たち。
「実穂さん! 大漁っす!」
「ナイス練児! よくやった!」
「あざーっす!」
練児も実穂に誉められて気分が高ぶってきた。が、伝えるべきことがあったのを思い出して少し冷静になる。
「そーいや、蒼木の奴なんすけど。なんか腹がいてーから休むらしーっす。さっきメールで連絡入りました」
「あら……残念。お大事にって伝えておいて」
「りょーかいっす」
練児は携帯電話を開き、蒼木宛にメールを打ち込む。そこに、御門が声を掛けた。
「ねえ、練児」
「どーした」
練児は画面から目を離さずに御門に言葉を返す。御門は練児の失礼な態度に少し腹を立てたが、ぐっとこらえて、先程の出来事を話した。蒼木の名前を聞いた途端に、カナの態度が急変したことを。もちろん、他の誰にも聞こえないように。
「――ということなんだ。どう思う?」
話を聞き終えると同時に、練児はメールを打ち終えパタンと携帯電話を閉じる。そして、いつになく真剣な顔をしながら口を開いた。
「……わりー、メール打ちながらだったから全然頭に入らんかった。もー1回、最初から話してくれ」
「…………」
御門は久々に、本気で人を殴りたいと思った。
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「なーる。だいたい分かった」
御門が同じ話をもう一度すると、練児が思わせ振りな発言をした。今、部員たちは体育玄関の中で、練習前の全体ミーティングを行っており、見学者は玄関の外で待つように指示されている。春休みから練習に参加していたすみれは、既に部員と同じ様に扱われており、1年生ながらミーティングに参加している。
「本当か? もう1回とか言わないよな? Okay?」
御門の皮肉を込めた確認に、「おう」と練児は答えた。少し間を置き、練児が「まず」と切り出す。
「蒼木は絶対にズル休みだな。これは、お前の話を聞かなくても分かった」
「何でそう言い切れるんだ?」
練児が断言した理由を御門が問う。
「なぜかは知らねーが、あいつはインフルエンザみてーな重病以外で体調を崩さねーんだよ。ひたすら健康か、ひたすら病気かのどっちかだ。腹痛みてーな、数日で治るよーな中途半端な症状は、あいつの辞書には載ってねーよ」
「それにな」と練児は続ける。
「あいつ、消費期限が二週間過ぎたカビまみれのパンを、抹茶の蒸しパンだと勘違いして食ったことあるらしーんだ。その次の日、蒼木は何食わぬ顔して普通に学校に来てた。んな奴が腹痛? ありえねーよ」
「……奴は化け物か」
思わず御門は率直な感想を口に出してしまう。
「で、話は変わるけどよ。蒼木の奴、あー見えて対人関係に関してはめちゃくちゃデリケートだ。深い意味はねー言葉の意味をいちいち考えて悩んだり、冗談半分で言われた悪口を本気にして落ち込んだりする奴だ。そーは見えねーだろーがな」
「あれで? Really?」
御門は昨日の山道での会話を思い出す。初対面の御門に声をかける姿や、カナにジョーク交じりに話かける姿からは、あまり想像できなかった。
「仮にも12年間、一緒に過ごして来たしな。それに、あいつは人を傷付けたり、怒らせるよーな真似は絶対にしねー。むしろ自分が傷つくよりも、他人が傷つくことを嫌うよーな奴だな、あいつは」
小学・中学時代を通じて、蒼木はなにかと目立つ人間だった。そのため、周囲の人間から注目される機会も多かったがために、彼の人格は同級生全員に知れ渡っていた。それに、蒼木が分かりやすい性格をしているということもあり、そこまで交流の機会が無かった練児でも、蒼木の性格を事細かに知っていたのはそのためである。
「だから、たぶん原因はカナの勘違いだと思うぜ? ま、カナが悪いとまでは言わねーが。蒼木がケンカの引き金になるよーなことはまずねーし、仮にそーだとしても本人に悪気はねー。見学サボったのも、カナに何か言われてショックだったからじゃねーの? クソ真面目なあいつがサボるなんて珍しーが、そもそも見学は強制じゃねーしな。授業とか部活とかの半強制イベントには、余程のことがねー限り来るし」
蒼木の性格からを考慮して、練児は一番有り得そうな答えを導き出す。とはいえ、この答えが合っているとは限らない。練児の意見を聞き終えた御門は、意を決して呟く。
「……カナ本人に聞くしかない、か」




