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魔洞窟にて

脳内には声が絶えず響いてくる。

「誰なんだ!お前が悪魔なのか?」

 真実に辿り着いたのかもしれない。期待と恐怖に押し潰される。これでもう、呪いに苦しまずに済む。シルヴァンに帰れる。

「我が名はフラマティクス。この地に棲まう火竜なり。真実を求めるならば、洞窟の深部まで来るといい。」

 ここには悪魔が封印されているのではなかったのか?虚空を掴まされた。だが何か手掛かりがあるかもしれない。何より、呪いが見えるんだ。行ってみる価値はある。

 そのまま洞窟の深部へと先に急ぐ。その道中でファイアゴーレムに遭遇した。流石は魔洞窟。なかなか強い魔物がいる。並の人間なら、こいつにやられてもおかしくはない。燃える身体に、硬い岩で覆われた巨人。だがこいつには明確な弱点がある。

「光の刃《アキエス・ルキス》」

 ゴーレムのコアを一突きして、そのまま先へと突き進む。バタンと倒れる音が後ろから聞こえた。それ以降、最深部に到達するまで魔物と遭遇することはなかった。この声の影響だろうか。

 段々と辺りが熱くなるのが分かる。奥に進むほど呪いは強く反応して体を蝕むのがわかる。何かあるに違いない。入り組んだ道を進むと、開けた場所に巨大な竜が鎮座していた。マグマが滴り落ちており、息を吸うたびに肺が焼けるような熱さをしている。20mほどの体長に、大きく分厚い鱗。巨大な翼に長い尻尾が生えている。体表には、炎の衣のようなものが見えた。

 思わず唾を飲み込んだ。勝てない。格が違う。あまりの重圧に吐きそうになり、ふらつく。まだ攻撃されたわけじゃないのに、魔力を張っておかないと立っておくこともできない。だが、何も得ずに帰るわけにはいかない。徐にフラマティクスは立ち上がった。

「ここには悪魔が封印されているんじゃないのか?」

「人間どもの戯言だ。我こそ、この洞窟を収める竜ぞ。」

 悪魔を求めてやってきたアスダルには、心臓に雷が直撃する。ここで諦めるわけにはいかないんだ。何か情報を掴まないとここまできた意味がなくなる。

「お前は、俺の呪いの紋様が見えるんだろう。教えてくれ。これはどうやったら解けるんだ。」

「貴様の求めているものは、解呪だろう。此処には存在せぬ。」

「それは何処にあるんだ。教えてくれ。」

「知りたいか。ならばまずは其方の力、見せてみよ!」

 火龍は燃え盛るような火炎を吐いてくる。その息には完全に混じり気のない炎が灯っており、近づいてくるだけで身体中が熱くなるのが分かる。

「…っ…!」

 危うく消し炭になるところだった。咄嗟の判断で、なんとか後ろに逃げる。ただ息を吐くだけなのに、反撃の隙が一切見当たらない。どうする。相手は圧倒的に格上の火竜だ。下手に攻撃せず、死なないことに徹するのが得策だろう。魔力にはまだ余裕がある。隙が見つかるまで、なんとか耐え凌ぐしかない。

「光の障壁《ムールス・ルキス》」

 厚い光の壁がアスダルを囲うように出現し、火炎を反射して赤く輝いている。熱さと相手の威圧で手元が狂うが、なんとか1発は盾になるだろう。次に備えて魔力を練っておかないとやられる。

「ふむ。魔法に関してはなかなかの練度だな。だが、その程度の障壁で防げるほど、我の攻撃は甘くないぞ。」

 鞭を振るような異音が響き渡り、竜の尻尾が障壁ごと空気を薙ぎ払う。空気を切る音が聞こえた。まずい。

「光への変貌《ディッソルーティオー・イン・ルーケム》」

 咄嗟に受け流そうとしたが、受けきれずに吹き飛ばされて岩肌に背をぶつける。今ので右の肋が折れた。上手く息が出来ない。口の中では血が滲んでいる。背中には激痛が走り、今にも取れそうになっている。

 呪いのせいで変貌を貫通してきた?いや違う。受け切れる限界を超えた火力だ。たった1発で超えてきた。纏っている炎と大木のような尾の攻撃力に、俺の変貌が負けたのだ。次元が違う。今の俺では、守り切ることは不可能だ。もう魔力を出し惜しみする暇はない。

「光の神盾《アエギス・ルキス》、十字光刃《ユーディウム・ルキス》!」

 先程よりも数倍厚い壁が聳える。最大限防護壁を張りながら、鱗を切り裂こうと刃が飛ぶ。だが、炎の衣を突き破ることすらできない。目の前で掻き消された。

 格が違いすぎる。もう、やるしかない。このまま守っていても、いずれ死ぬ。光の壁を取り払った。

「俺の奥義を食らわせてやる。」

 強大な魔力を練り始める。呪いが頭を穿つ。魔力に限界が来ている。だがここで殺し切らないと。指先の一点に魔力を集中させる。魔力を練り切って、一点に無限の質量を与える。俺の練れる最高密度で出し切るしかない。

「いくぞ。最上級魔法!光爆発《シングラーリタス・ルキス》!」

 小さい光の塊が加速しながら進んでいく。光の塊にさらに光が吸い込まれ、どんどん質量が大きくなる。火龍の前まで到達すると、輝きながら爆発を始めた壁や床至る所まで爆発の勢いで抉れて、マグマの飛沫が吹き荒れる。岩盤は吹き飛び、光のあまりの質量に空間は捻じ曲がる。空気は揺れて、轟音に鼓膜が破れそうだ。天井は崩れ落ちて、砂煙が上がる。

 少しはダメージが通ったか。あまりの消費魔力にその場で崩れ落ちて、伏せるしかできなくなった。目眩と吐き気、右肋の痛みにもう立てない。早く逃げないといけないのに。砂煙が退いたとき、そこには傷一つない竜が聳え立っていた。炎の衣が少し薄くなった気がする程度で、本体には埃の一つもついていない。

「悪くはない攻撃だが、甘い。其方はまだ弱い。そのままでは呪いに殺されるのも時間の問題ぞ。」

 無理だ。勝てない。絶望が心にしがみつく。どうしてこんなに力の差があるんだ。完全な状態だとしても、鱗の表面に傷がつくかどうか。今までの自信が完全に砕け散る。呪いに殺される前に、俺はここで死ぬのか。だが竜はその場で動かずにじっと見つめているだけだ。

「何故、俺を殺さない?戦う前から、決着は分かっていただろう。」

「其方が逃げたり隠れたりしていたら、殺していただろう。怪我を負って尚限界まで立ち向かう心、褒めて遣わす。」

「俺は負けたんだ。完敗した。」

「我は其方の精神力、気に入ったぞ。世界を変えるのは、きっと其方の様な者なのであろう。ユーディルという者を探せ。さすれば其方の道は開ける。

「ユーディル…?世界を変える?さっきから何を言ってるんだ!」

「もう時期アルダンの国の者が此処まで到着する。彼らに魔洞窟の外まで連れて行って貰うがよい。」

「おい待てよ!」

 フラマティクスは、そのまま炎と共に跡形もなく消えていった。ユーディルというやつを探せ?世界を変える?あいつは何を言っているんだ。頭がくらくらして、よくわからない。熱さと魔力切れでもう頭が回らない。起き上がることもできない。

 遠くの方から声が聞こえてくる。

「おい!すごい爆発音がしたぞ!誰かいるの…。」

 声は近付くのに、耳が閉じていく。むしろ段々と遠のいている。そこから先のことは全く覚えていなかった。丸一日が経過してようやく目が覚める。どうやらあの後、アルダンの兵に助けられたらしい。目が覚めると、王宮のような場所に連れて行かれた。騎士団や魔法師団の上層部の人が、鬼の形相で詰め寄る。

「どうして魔洞窟に立ち入った!」

「……。興味本意で…。」

 呪いのことはどうしても話せない。この国でも見えていないようだ。何か、熱気のようなものを感じる。炎?ここは王宮だぞ?上層部らしき人達は引き下がり、後ろから赤と白のローブを纏った青年が現れる。歳は4つか5つほど上か。アルデハイドよりは若そうだ。

「団長!」

 この人がこの国の魔法師団長なのか。団長の目線が向けられる。顔を見られているはずなのに、何故か目が合わない。

「そうか…。貴様、アスダルだな。」

「…何故名前を?」

「魔洞窟に侵入したことは許されないが、我々の警備が甘かったことにも落ち度があるだろう。」

 この人は何を言っている?明らかに俺が悪いだろう。警備の人間も、それなりの強さをしていた。

「今回の件は、私の名を立てて無かったこととしておく。以後気をつけるように。」

「…はい…?」

「アスダル、お前はまだ弱い。これから強くなれ。」

 何処かで聞いた言葉だ。こいつは火竜と関係があるのか?聞こうとしたが、他の兵士に遮られる。そうして赤いカーペットの上を、燃えるようにそっと引き返していく。俺は釈放された。何がなんだか、全くわからない。

 確かあの火竜は、ユーディルを探せ、と言っていた。ユーディルとは誰だ?あの青年がユーディルなのではないか?

「すみません。団長の名前を聞いてもいいですか?」

「炎の国魔法師団長はフラード・ハイン様。現在の7国の師団長の中で最年少のお方なんだ。そんなことも知らないのか。」

 フラード・ハイン。ユーディルとは到底関係が無さそうだ。だが、あの目には何かが宿っていた。何かが。俺には分からない何かをあの人は見ていた気がする。

「そうですか。ありがとうございます。これから覚えておきますね。」

 ユーディルという人間の手がかりは得られなかった。いやまず人間なのか…?どうしよう。この先に行く宛もない。まずはそのユーディルを探すべきなのだろうか。

 折れた肋は今になってズキズキと痛んでくる。回復し切るまで、とりあえずはアルダンで過ごすことにしよう。ここに居たら、ユーディルについての情報も何か得られるかもしれない。

 1週間が経った。ようやく失った魔力も完全に戻る。便利屋の人や、街の人々にユーディルという名を聞いて回ったが、全くもって覚えがないと突き返されるばかり。霞に撒かれている。あの火竜に騙されているのか?だが、これ以上の手掛かりはどうしても見つからない。まだ粘ってみよう。本当に行き詰まるとき、天は道を与えてくれる。待つものに開く道はないが、追い求めていれば、その軌跡が俺の道となり、血肉となる。

 ユーディルという名が耳に飛んできたのは、そこから2週間が経った日、突然であった。

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