雨の中で
情報を集める為、街中の居酒屋に入っていた。この国ではあまり身なりを気にされることはなく、問題なく席につく。念の為、フードを被っていた。石が打ち出された重厚な雰囲気と、活気で溢れる街の人々がよく似合う。木製のジョッキが空でぶつかり、アルコールの匂いで溢れていた。あまりに濃い酒の匂いにむせ返る。少し酔ってしまった。
石窯で焼かれる小麦の匂いがふと鼻に入り、胃袋に心地よい活力を与え、閉じていた欲望が引きずり起こされる。特産のイモを使ったピザを頼むことにした。こんなことをしている場合ではないと我にかえる。そのままフード越しに耳に魔力を込め、音の反響を取り込む。ビールを喉に流し込む音、食べ物を咀嚼する音、食器がぶつかる音さえ耳に鮮明に残った。気になる言葉が耳に入ってくる。
「いやーしっかし最近物騒な事件ばっかりだな。」
「魔洞窟に侵入して帰ってきた奴もいるんだろ?怖い世の中だぜ全く。」
冷や汗が止まらない。心臓は体内で、ここにいると激しく主張をしてくる。
「そういや水の国の方で新しく指名手配が出てたぜ。」
「ユーディルとか言うやつか。水門の滝の奥に入ったらしいな。」
「俺も昔そこに入ろうと思ったことがあるんだけど、無理だったんだ。多分相当な魔法の使い手なんだろう。」
ユーディル…。指名手配されているのか。それなら探すのは早いかもしれない。だがどうしてそんなやつのことを探さないといけないんだ。探しても、手掛かりになりそうなのか?とにかく、水の国に行くべきなのだろうか。
「俺らじゃ捕まえるのは無謀だな。今は鉄の国に向かってるらしい。指名手配とかおっかないから、鉄の国行くの延期しようか。」
鉄の国に行っているのか?もしかしたら、そこに向かえば会えるかもしれない。
鉄の国は、ここから水の国を超えて北東の方だ。かなり遠いが、今はこれしか手掛かりを持っていない。もう向かうしか残っていない。治癒魔法のお陰で右の肋ももう回復し切った。
今回は急いでいる。力も回復しきったし、俺自身で移動しよう。銀貨を放り投げて、急いでその居酒屋を後にする。そのまま宿の方に向かい、鉄の国に向かう支度をし始めた。
朝がやってきた。朝日はまだ顔を出しておらず、分厚い雲が空を轟々と覆っている。水の国と炎の国を繋ぐ平原を通り過ぎながら鉄の国「カリュプス」向かうことにした。宿の人たちに挨拶をしたのち、まずは炎の国の北端を目指していく。耳をはたき落とすような音が流れた。突然誰かに声をかけられる。
「おいお前!あのときはよくも俺を倒したな。」
「…だれですか…?」
「魔洞窟の前で俺と闘っただろ!」
魔洞窟の前にいた兵士らしい。あのときはかなり興奮していたし、焦っていたからあまり覚えていない。
「お前強かったな!いつかまた俺と闘おう!」
「え、あ、はい。お手柔らかにお願いしますね。」
緊張が僅かに解ける。見た事ないくらい元気でハキハキとした話し口調。少し苦手だ。兎に角、鉄の国の方に向かわないと。そうして道を急ぐ。通り過ぎる人達の合間を縫って北端を目指す。武器屋、占い、魔道具、鍛冶屋…。看板は目線を通っていくだけで、存在感は殆どない。焼いた麦の匂いは相変わらず鼻の中に残っているが、振り払って前へ前へと進む。綺麗に並べられた煉瓦の上を駆けていく。そのままマグマの滴り落ちるアルダンの北端へと辿り着いた。急がないとユーディルを逃してしまう。
「光の飛翔」
自身の脚を光と化し、音を置き去りにする速度で黒岩の世界を通り抜けてゆく。周りの世界はその速度に同化することなく、風のように去っていった。岩肌の上では、一本の光の筋が残っている。少し走ると、水の国から繋がっている平原に到着した。黒岩地域を抜けると空には明るい雲がどっしりと構えており、雨がしとしと降り始めている。
左の方面から、俺とは別で風を切る音が鳴り響いた。明らかな異音に空気が震えて重くなる。再び空を見上げると、水の国の兵士らしきものがひび割れた鎧と共に宙に浮かんでいた。ふと左を見ると、仮面をした男と、十数人の兵士や魔導士が対面している様子だった。
「おいそこの旅人!ここは危ないから早く逃げろ!」
助けてやりたい気持ちは大いにあるが、此方も先を急ぐ身だ。ここは彼らの意思を尊重して逃げよう。すると、空気を歪めるような轟音が此方に向かってくる。地面は抉れて、水飛沫が飛び交う。仮面の男がこちらに近づいてくるようだ。人質にでも取るつもりか?
「閃光」
雨水の合間を縫うように、仮面の男に向かって一本の光線が走る。普通なら避けられないスピードだ。咄嗟に拳で軌道をずらし、そのまま何か構えてくる。
「虚空乱舞」
咄嗟に腹部を光へとし、そのままバックステップで離れたが、一撃を喰らってしまった。かなりダメージが残る、重い一撃だ。あいつ、身体強化系か。こめかみの呪いがかつてないほど熱く反応している。体の芯まで響く一撃だ。だが俺はここでは死ねない。
「聖なる雷光」
仮面の男に轟音とともに空からの雷が直撃する。水で濡れているから、電気がよく効くだろう。今なら、上級の魔物でさえも一撃で葬るほどの威力だ。
「ありがとう旅人!」
後方から、水の国の魔導士の声が響く。だが、少し安心したのも束の間、雷の直撃した付近から虚空が飛んでくる。嘘だろあいつ、空気を殴って飛ばしてる?
「光の天槍」
背後から光の槍が降り注ぐ。だが、槍を打ち出すのに集中しすぎて一撃喰らってしまった。体まで重く響く。さっきのダメージは、空気を打ち出されたものだったのか。すかさず、脚を高く振り上げて、連撃の構えに入る。
「断空連脚」
空気を割る蹴りで、地面にヒビが入る。節々に広がった亀裂を避ける術はない。何か叫んでいるのが聞こえたが、今の衝撃で左の耳が聞こえない。時空を歪めるかのように、此方に向かって世界の亀裂が飛んでくる。
「光への変貌」
光と一体化し、なんとか避け切った。そろそろ魔力の消費量が多くなってきたな。けりをつけるしかない。
「光芒絶界」
辺り一面は眩い太陽のように一体となって輝く。大きな光の檻が仮面の男を覆った。そのまま一気に収縮し、仮面の男を押し潰す。光が散ると、全身から血を吹いて立っていた。流石の魔法強度で、全身を硬化させていたようだ。所々に深い傷が残り、仮面は大きくヒビが入り破れた。そのまま素顔が明らかになる。
言葉が出なかった。アイツの顔の右には、俺と同じ呪いが浮かんでいる。稲妻のような、痛々しい紋様。俺のものと同じだ。アイツはなりふり構わず拳を放とうとする。
「待て!」
その言葉に反応し、攻撃の手は止まった。髪をかきあげて、左の呪いの紋様を見せる。アイツなら、見えるかもしれない。完全に手が止まった。かつてないほど呪いは灼熱を刻んでくる。アイツの紋様も、赤黒く光っていた。共鳴している、言葉にはならないが、伝わるものがあった。雨で濁った視界でも、その紋様だけははっきりと脳に焼きつく。アイツは、敵じゃない。
「お前、名前は!」
「…ユーディル…。」
「…!」
探していたものは、手が伸ばせる距離にあった。そのまま、俺の矛先は水の国の兵士の方に向かう。それに気づいたようで、ユーディルもその拳を水の国の兵士の方に構え始めた。
「なんだ!ユーディルと旅人!王国軍に刃向かう気か?」
「極点絶打」
魔力が格段に練り上げられている。あまりの気迫にその場から少し後退りをする。練り上げられた魔力はオーラとなり、ユーディルの周りで輝いている。そのまま、目で追えない速さの連撃を撃ち始めた。一撃ずつが、先程よりも数段強くなっている。実に3秒間で100発を叩き込む。地面は跡形のないほど凹んでおり、草木は全て抉り取られた。後ろに聳える山の方まで空撃が飛び、そのまま山の一部が削れる。
水の国の兵士達は、既に消え去っていた。あれを喰らっていたら、俺が死んでいたかもな。そのままユーディルの方にそっと近づく。うっ…。やはり額はズキズキと痛む。
「お前がユーディルなんだな?」
「ああ。君、名前は?」
「俺はアスダル。」
「アスダル…。君は、僕のことを探していたのか?」
「実は、火竜に言われてな。」
「なるほどな」
「何か心当たりがあるのか…?」
「まぁ話せば長くなるんだが…。」
二人の間では雨水さえ歪み、妙な雰囲気が漂い始めた。




