炎の国「アルダン」
十数キロほど走ると、ようやく森を抜けて、広く開けた平原に辿り着いた。ほんのりと香る果実の匂いは、鼻の中に残ったものだ。ここからは草を切り分けた道をひたすら進む。太陽は高く登って、アスダルの旅路を照らしている。
その背の高低はあれど、辺り一面は緑で覆われて、所々に木々が点在する。馬のたてがみは強く靡いており、茶色の毛並みを撫でながらアルダンへと先を急ぐ。馬の背にもたれて、夜に備えて眠りにつくことにした。額もズキズキと痛んでいる。目が覚めると、夕陽が目の前に大きく聳え立っている。
2〜30キロほど進んできただろうか。明日の夜までには着きそうだ。夜になると、魔物達が騒ぎ出す。うかうかと眠っていては、襲われてじまう。ゆっくりと考えているうちに、眠りについた。発熱した頃から日が経ち、魔力は元の程度に近づいて来ている。
馬を止めて、その場に座らせた。すぐにゆったりと眠りにつき始める。今度は俺が起きておく番だな。溢れそうなほどの星空に満月が浮かぶ。草木の匂いに包まれて、馬の胴へとのっそりともたれて目を閉じた。
頭の中で、うっすらとしたドーム型の光を練り上げる。おおよそ150mいったところか。中に入って来た生き物は、光に照らされてその形状が映し出される。索敵に使用する光属性の初級魔法だ。
一晩中それを張り続けるのは、並大抵の魔導士には不可能だ。弱っているとはいえ、極限まで研ぎ澄まされたアスダルの能力があってこそ成せる技。1時間ほど経過した。月は先ほどよりも高く昇っている。アスダルのドームは、数人の人型を捉えた。顔の横に大きく突起があり、顔が大きく背が低い。ゴブリンだ。
そっと立ち上がり、ゴブリンのいる方向を見つめる。
「閃光」
空気を割る音が聞こえる。指先から練り出した光の刃がゴブリンにむかって飛んでいく。星々よりも、一際目立つ光の刃が真っ直ぐにゴブリンを切り裂いた。光には僅かな濁りが残る。ゴブリンくらいなら、何匹来ても変わらないな。そのまま座って眠りにつく。それから数時間程、魔物が来る様子もなかった。先ほどの刃に怖気付いたのだろう。だが、まだドームに触れていないはずなのに、何か大きな音が聞こえて目が覚める。重たい低音が、一定のリズムを刻みながら大きくなってくる。一歩を踏み締める度に地面が揺れる。
目を開いて音の鳴る方を少し照らしながら、じっと見つめた。ゴブリンエリートだ。それもかなりの大きさの個体。何故こんなところに現れたんだ?いや、今はそんな場合ではない。
額の紋様が異様に疼き始める。ゴブリンエリートと共鳴しているようだ。いくら大型とはいえ、そこまで強いモンスターではない。何かが起きている。だが何かわからない。とにかくあいつを狩ろう。
「光の矢」
遠いところから狙撃を試みるが、弾かれてしまう。普通のゴブリンエリートなら、貫かれていてもおかしくない。やはりあいつ、何かがおかしい。もう少し照らしてみると、周りに黒いオーラを纏っているのがわかった。悪魔の紋様に少し雰囲気が似ている気がする。俺の呪いが、周りの魔物を強めているのか?
「光の矢・絶」
太く一本の鋭い矢を、先ほどよりも速いスピードで放つ。防ぎ切れずに命中した。普通ならこれで狩れているはず。呪いのせいで手元がぶれて、制動により多くの魔力を使う。威力も減衰する。100m程まで近づいて来て、獣のような匂いに鼻が捻じ曲がる。先ほどまでの見解が、見誤っていたようだ。あれは、ゴブリンロード。どうやらここら一体を収めているらしい。厄介なやつと遭遇してしまった。8mをゆうに超える巨体に圧倒的な硬さを誇る、上級の魔物である。
本気でいくしかないか。頭の中で、光の魔力を練る。本気で潰しきる。
「光の拳」
詠唱の瞬間額に痛みが走る。普段より多くの魔力が要求される。空を覆い尽くす拳は、所々に欠けが見えた。そのままゴブリンロードに向かって振り下ろす。辺りは昼間のように明るくなり、馬が驚いて目を覚ますほどだ。かなりの魔力を消費したせいか、軽く膝をついてしまう。普段ならこれくらい数発は軽く撃てる。ゴブリンロードはその衝撃に耐えきれなかったようだが、本来の威力には完全に届かない。もうすぐ日が昇る。少し休んだらアルダンの方に向かわないと。
小一時間ほど休んで、朝日に出迎えられる。あと50キロといったところだ。今日のうちには問題なく到着するだろう。北西に進むにつれて、段々と体に汗が滲んでくる。気温が上がっているのが肌感だけで伝わる。遠くの方に、赤く燃え上がるような建物が見えた。
残り1キロを切ったあたりで、馬はサルヴァンの方に返した。あまりの暑さで、ここから先も連れて行くのは難しいだろう。乾いた空気が喉を焼く。付近には細いマグマの川が通っている。それから少し歩くと、ようやく炎の国「アルダン」の国境が見えてきた。ここからだな。魔洞窟について調べないといけない。難なく国境を通り、アルダンの都市に到着した。
燃え上がる炎が、この国の周りをぐるっと包んでいる。近くはマグマの流れる黒い岩肌だ。石造の家は、シルヴァンのものとはかなり異なっている。アスダル自身シルヴァンから出るのは初めてだったので、慣れない風土に違和感を覚える。魔洞窟の事を聞かないと。街に歩く人は綿の服を着こなしていて、アスダルが外国から来たことは一目で分かったようだ。
少し歩くと、ポーションや雑貨などを売っている街の便利屋的なところを見つけた。あそこで聞いてみよう。
「すいません。少しお話しいいですか?」
「どうしたんだいにいちゃん!ここはポーション、杖、日用品、なんでも揃ったアルダンで一番の雑貨店だよ!」
「魔洞窟について尋ねたいんですけど…。」
雑貨屋のおじさんの目は曇る。何かまずいことでも聞いたのだろうか。
「にいちゃん見たところ、サルヴァンから来たんだろう。魔洞窟に興味を持つのはわかるが、あそこには近寄らない方がいい。」
「どうしてですか?」
「よく、若い冒険者が興味本位からあそこに入って帰って来なくなるんだ。今は、国が入り口に警備を置いている。にいちゃんも見たところ強そうだが、あそこには入らない方がいい。命が惜しいならな。」
これは嘘じゃない。本気の目だ。そんなにまずいところなのだろうか。だがアスダルは、魔法師団にこそ入っていなかったが、その実力は団の幹部に届く程であった。何より、魔洞窟に入るためにここまできている。入らずに終わることはあり得ない。
一瞬間ほど街で休息をとりながら、魔洞窟についての話を聞いて回った。こちらに来てから服装も整え、食生活にもようやく慣れてきた。まだ森の涼しさが恋しくはあるが、魔力もほとんど回復して、それなりに心地良く過ごしている。街の人々も最初の頃は異国の者に驚くような目をしていたが、服装を着替えてからはそのような様子も見当たらない。外国からの客が相当珍しいのだろう。実際、ほとんど見かけない。額の紋様も一日の間に一度痛むかどうかといったところで、そこまで生活に支障はない。
魔洞窟について、わかったことがある。どうやら噂は本当らしく、今は国の騎士団と魔法師団が警護にあたっているそうだ。そして中には悪魔がいると言うのは、まだ噂に過ぎないらしい。誰も帰ってこれないから、相当強力な魔物がいることは間違いはない。
アルダンの都市部から数キロ離れたところに魔洞窟は位置している。ぽつんと警備があるだけで、周りには本当に何もない。騎士団一人、魔法師団一人だけだ。
異様な熱気とオーラに、頭がくらくらする。魔洞窟の周りは、こんなにもあついのか。でも、進むしかない。そのまま魔洞窟の方に向かう。警備の二人が近寄って来た。
「何をしに来た。ここは魔洞窟だ。誰かも分からぬものを中に入れるわけにはいかない。立ち去れ。」
「俺はどうしても、此処に入らないといけないんだ。自分のために。」
もしかしたら封印された悪魔は、俺と同じく紋様を発現した者かもしれない。
「何人たりともここは通さない。帰らぬなら、力づくで退かせるまで!」
そうして騎士が襲ってきて、後ろから炎の魔導士が援護射撃をしてくる。見たところ、どちらもそこそこ腕が立つようだ。だが、俺には及ばないな。
騎士が振り下ろす刃を避けようとしたとき、突如として悪魔の紋様に身体が縛られる。この紋様、俺を殺そうとしている?
「光への変貌」
咄嗟の判断だった。自身の体を光と成し、相手の攻撃をいなしながら背後へと回り込む。かなりの魔力を消費する上級魔法だ。そのまま、光の玉を騎士にぶつける。数メートルほど吹き飛んだところで倒れ込んだ。もう少し遅ければ腕が飛んでいたかもしれない。
「くっ…。」
飛んできた火球が命中する。肩のあたりを火傷し、焼けるような熱さだ。そのまま、火球が空中に浮かぶ。その数およそ20。弾幕勝負なら負けない。
「光弾の雨」
光の弾が空を星のように照らす。無数の流れ星が炎の魔導士に降り注いだ。火球と光弾がぶつかりあい、空には花火が浮かぶ。数発が命中し、魔導士は気絶したようだ。殺さないようにしたのだが、少しやり過ぎたか。
そのまま魔洞窟の入り口へと歩みを進める。禍々しい熱気が入り口から漂う。コポッ、と泡のように弾ける溶岩の音が漏れていた。この中に、俺の紋様を解く手掛かりがあるかもしれない。心臓はその鼓動を大きくするばかり。少し中に入ると、かなり入り組んでいる。マグマがあるおかげかそれなりに明るいが、異様な暑さをしている。
少し歩いていると、妙に赤い蛇が数匹現れた。黒曜石の鱗に覆われている。
「巨大光弾」
壁や地面を抉りながら、光弾が進んでいく。蛇たちは跡形もなく消え去り、先に進む道がかなり開けた。紋様はより強く何かと共鳴している。そのとき、脳内に何かが聞こえてくる。
「…者よ…。」
「誰かいるのか!?」
呪われし者?こいつには俺の呪いが見えているのか?声は反響するばかりで、返事は全く聞こえもしない。再び頭の中に声が浮かんでくる。左のこめかみがズキズキと体を刺激し始めた。ダメージは受けていないはずなのに、額は熱くなり始める。
「悪魔の寵愛を受けし者よ。何故この地を尋ねてきた。」




