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理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-  作者: シラン
第3章 風が運んだ運命の煌めき
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再び王都を目指す

 村を抜けると、街道はすぐに元の表情へ戻る。


 朝の空気は冷たすぎず、乾きすぎてもいない。風は穏やかに流れ、馬車の

車輪は一定の音を刻んでいた。特に変わったことはない。昨日と同じように、

今日が始まっている。馬車の中も同じだった。誰も、振り返らない。必要が

ないからだ。過ぎたものは過ぎたものとして、ただ前へ続いていく。それが

この旅の自然な流れだった。


「王都までは、あとどれくらいでしょうか」


 ナディアが自然に問いかける。声は落ち着いていた。出発の頃のような

緊張は、もうない。


「あと、一週間くらいか」


 レオンが軽く答える。計算というより、感覚に近い言い方だった。


「順調です」


 メリアが短く付け加える。それで十分だった。


 会話はそれ以上広がらない。だが、それで問題はない。沈黙が気まずくなく

なっていた。それ自体が、最初からの変化だった。孤児院の一夜を経て、三人の

間に流れる空気は、ほんのわずかだが以前より柔らかくなっている。誰もそれを

言葉にはしないが、確かにそこにあった。


 外の景色が、少しずつ変わっていた。


 風が、わずかに冷たくなる。乾き方も違う。ポルタ=ルクスの湿った柔らかさ

とも、街道中部の乾いた風とも異なる。もっと澄んでいて、もっと遠くから来て

いる感じがした。遠くの空気が、少しだけ透き通って見える。


「あれは……山、でしょうか」


 ナディアは窓の外を見つめながら言う。地平の向こうに、白く霞む輪郭が

あった。雪をまとっているのか、それとも雲なのか。この距離では判断が

つかない。ただ、そこに大きなものがあることだけは分かった。


「聖峰アルケシオンだな。王都の東側に広がってる」


 レオンが答える。遠いはずなのに、はっきりと存在感があった。空気が違う。

肌で感じる冷たさが、少しずつ質を変えている。近づいているという実感が、

そこにあった。


(あの白く霞んで見えるの、雪だけじゃなくて距離のせいでもあるんだよ)


 れもんの声が、内側でそっと解説を始める。


(遠くのものほど、間にある空気の層が厚くなる。光がその中で散乱して、

輪郭がぼやけて白っぽく見えるんだ。前世で言う空気遠近法ってやつ。

あの山、実際はもっとくっきりした色をしてるはずだよ)


 メリアはその説明を聞きながら、山の輪郭をもう一度見つめた。白く滲んだ

稜線の向こうに、確かな形があるのだと思うと、遠さの意味が少しだけ変わって

見えた。


「……楽しみです」


 ナディアが小さく言う。その言葉に、迷いはない。純粋な期待だった。学院の

ことを考えているのか、王都そのものを思い描いているのか。おそらく、その

両方だろうとレオンは思った。


「まだ着いてねえっての」


 レオンが笑う。軽い調子で、現実に引き戻す。


 ナディアは少しだけ頬を緩める。だが、その視線はまだ遠くにあった。


「北の空気ですね」


 メリアが言う。窓の外を見るでもなく、ただ事実を捉える。感想ではない。

観測だった。


(湿度も下がってきてるね。海から離れて、標高も少しずつ上がってるから。

聖峰の裾野に近づいてる証拠だよ)


 れもんが付け加える。メリアはそれを、頷きひとつ返さずに受け取った。


 ナディアはメリアの言葉を聞き、少しだけ首を傾げる。意味を完全には

理解していない。だが、否定もしない。メリアの言葉はいつもそうだった。

分からないまま受け取って、後から少しずつ形になっていく。それで、会話は

終わる。


 馬車は進む。道は続き、景色は流れる。


 三人の距離は、最初とは少しだけ違っていた。近づいている。それでも、

揃ってはいない。メリアは変わらず、理に立っている。レオンは変わらず、

感覚で動いている。ナディアはその間で、まだ掴めずにいる。


(それでも、村を出る前より確かに近くなったよね)


 れもんの声が、静かに響いた。


(あの一晩がなかったら、たぶんこの距離のまま王都に着いてたと思うよ)


 メリアは答えなかった。ただ、白く霞む聖峰の稜線を、しばらく見つめ

続けていた。


 そのまま、馬車は進む。完成していない関係のまま、少しずつ形を変え

ながら。


 王都は、まだ見えない。だが、その方向だけは、確かだった。

挿絵(By みてみん)

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