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理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-  作者: シラン
第3章 風が運んだ運命の煌めき
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王都カリデア

 銀風街道を北へ。


 進むほどに、空気は変わっていく。湿りは消え、輪郭だけが残る。風は

軽く、乾いている。地面に敷かれた石も、どこか白く、光を反射していた。

草の匂いが薄れ、代わりに石と風だけの、すっきりとした冷たさが漂って

いる。


 遠くに、山が見える。聖峰アルケシオン。頂は雲を突き抜け、静かに

そこに在る。圧倒的な高さではない。だが、揺るがない輪郭が、存在

そのものを示していた。何百年も前からそこにあり、これからも変わらず

そこにあり続けるだろうという確信が、ただ佇む姿の中にある。


 さらに進む。山の西側、地平の向こうに、別の形が現れる。直線と、

直角。組み上げられた構造。王城。そして、その傍らに立つ細く高い塔

――王立カリデア魔導学院。


 馬車の中に、静かな緊張が走った。


「……でけえな」


 レオンが思わず呟く。率直な感想だった。


「合理的な配置です」


 メリアが答える。感想ではない。構造の把握だった。


(風の通り道まで計算に入れてる配置だね。城壁の角度、塔の間隔、

全部が一定の比率で並んでる。誰かが一度に設計したか、よほど厳格な

規範があるか、どっちかだよ)


 れもんの声が、内側で興味深そうに響いた。メリアはその分析を、

視線ひとつ動かさずに受け取った。


「それ感想か?」


「事実です」


「そうかよ……」


 ナディアは、言葉を失っていた。窓に額がつきそうなほど、顔を近づけて

いる。


「きれい……」


 ようやく出たのは、それだけだった。だが、その声には色があった。

驚きと、憧れと、信じられないという気持ちが、全部混ざり合っている。

ずっと夢に見てきた場所が、今、視界の中に収まっている。


 馬車は、そのまま城下町へと入る。空気が、さらに変わる。建物はすべて

石造りだった。高さは揃えられ、通りは直線的に伸びている。余計な装飾は

なく、必要な形だけが残されていた。どの建物も、どの通りも、まるで設計

図から切り出したように正確だった。


 足音が響く。声が反射する。音すら、整理されているようだった。人は

多い。だが、流れている。淀んでいなかった。ポルタ=ルクスの港が機構のように

動いていたとすれば、ここは図面のように組まれている。生活ではなく、

意志によって作られた都市の姿だった。


「……すごいです」


 ナディアが小さく言う。視線は忙しく動き、すべてを取り込もうとして

いる。石畳の模様、通りの幅、建物の配置。何もかもが、ポルタとは違った。


「最適化されています」


 メリアが淡々と答える。評価ではない。確認だった。


「なんか……息詰まるな」


 レオンが肩を回す。居心地の問題だった。整いすぎていて、余白がない。

自分の感覚が、どこに置けばいいか分からない感じがした。


「そうですか? わたしは……なんだか、胸が高鳴っています」


 ナディアが少し不思議そうに言う。同じ景色を見て、これほど違う感触に

なるのかと、自分でも驚いているようだった。


「そういうもんだろ」


 レオンが苦笑する。


 馬車が学院近くへと差し掛かると、空気がまた一段、変わった。ローブを

まとった学生たちが、広場の一角に集まっている。その中心で、魔法の演示が

行われていた。光が走り、火が形を取り、音が伴う。見物の学生たちから歓声が

上がる。演じる側も、それを分かった上でやっている。出力。強度。派手さ。

それが、ここでは価値だった。


「やっぱり、最先端なんですね……!」


 ナディアの声が弾む。憧れが、そのまま言葉になっていた。手すりを軽く

握り、身を乗り出すようにして見ている。


「無駄が多いですね」


 メリアが言う。一切の迷いなく。


(威力の割に、消費してる魔力に対する効果が見合ってないよね。あの

規模の火柱なら、もっと絞った出力でも同じ見栄えにできるはず。効率より、

見せることを優先してる設計だよ)


 れもんが淡々と補足する。メリアの言葉の裏にある理屈は、いつもそこに

あった。


「お前、ほんとそればっかだな!」


 レオンが即座に突っ込む。


「事実です」


「はいはい……」


「でも……」


 ナディアが、少しだけ振り向く。


「見ていて、楽しいです」


 その言葉は、メリアへ向けたものでも、レオンへ向けたものでもなかった。

自分自身の気持ちを、そのまま口にしただけだった。メリアは何も言わない。

だが、その沈黙は否定ではなかった。


 やがて、馬車がゆっくりと止まる。学院の門の前だった。高い門扉。石で

組まれた柱。その奥に続く、整然とした空間。正門から続く石畳の道の先に、

学院の本棟がある。塔はさらにその奥、空へ向かって真っすぐに伸びていた。


 ナディアは、静かに降りる。地面に足がつく。石畳の感触。冷たく、硬い。

現実だった。


「……ここで、学びたいです」


 その言葉は、はっきりしていた。迷いはない。旅の間ずっと胸の中にあった

ものが、この場所に来てようやく声になった。


「そうですか」


 メリアは短く答える。否定も肯定もない。


「まあ、来た甲斐はありそうだな」


 レオンが軽く言う。空気を崩さないまま、受ける。その言い方は軽いが、

否定する気がないことは伝わった。


 ナディアは、門を見上げる。光が差し込んでいる。白い石が、それを

反射する。風が吹いて、髪が揺れた。乾いた、北の空気。


 メリアはふと、その光景から少しだけ視線を外し、自分の周囲を見渡した。

行き交う学生も、衛兵も、誰もこちらを気に留めない。当然だった。ここでは、

メリアという愛称は誰にも通じない。呼ばれることがあるとすれば、それは

本名だけだ。


(誰も知らない場所に立つのって、不思議な感じだよね)


 れもんの声が、静かに響いた。


(でも、それって裏を返せば、まっさらだってことだよ。ここで何を積み

上げるかは、これからのメリア次第。ボクはずっと隣にいるから、心配

しなくていいよ)


 メリアは小さく、誰にも気づかれない程度に息を吐いた。それだけで、

十分だった。


 馬車は止まり、道はここで区切られる。だが――ナディアにとっては、

ここが始まりだった。

挿絵(By みてみん)

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