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理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-  作者: シラン
第3章 風が運んだ運命の煌めき
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野営地にて

 日が落ちると、街道は別の顔を見せる。


 昼間の乾いた風はやや収まり、空気は静けさを帯びていた。遠くで鳴く

虫の声と、薪がはぜる音だけが、夜の輪郭を形作っている。空には星が

広がっていた。雲がなく、遮るものが何もない。ポルタ=ルクスでは

魔法の灯りが夜を薄めていたが、ここにはそれがない。暗さが、本来の

濃さで存在していた。


(すごい星の数だね)


 れもんの声が、ふわりと内側で広がる。


(街の灯りがないと、こんなに見えるんだ。前世じゃ、光害のせいで

田舎に行かないとこんな空は拝めなかったのに……)


 メリアは何も言わず、ただ空を見上げた。その視線の先には、記憶にある

夜空とはまた違う星の並びがある。だが、暗さの質感だけは、どこか懐かしい

ものだった。


 野営地は簡素だった。最低限の設営。無駄のない配置。火の位置も、

風向きも、すべてが合理的に整えられている。その中心で、焚き火が揺れて

いた。橙の光が、三人の影を地面に落とす。昼間の喧騒は、もうない。


 ナディアは火を見つめながら、静かに口を開く。


「でも、水でそんなことができるなんて……」


 言葉は、落ち着いていた。驚きよりも、考えが先に来ている。昼間のような

興奮はない。ただ、何かを確かめるように、言葉を置いていた。


「観測と制御の問題です」


 メリアは変わらず答える。火の揺らぎの中でも、その声は一定だった。

視線は焚き火へ向いているが、何を見ているのかは分からない。炎を見て

いるのか、その向こうを見ているのか。どちらでも、彼女の答えは変わらない

だろうとナディアは思った。


「かんそく……」


 ナディアは小さく繰り返す。昼間と同じ言葉。だが、その響きは少しだけ

違っていた。理解には届いていない。それでも、拒まずに受け取ろうとして

いる。


 薪が、ぱち、と音を立てる。火の粉が一瞬だけ散り、闇の中へ消えた。


「……いやでもさ」


 レオンが、小さく言う。昼間のような勢いはない。ただ、引っかかっている

だけだった。


「え?」


 ナディアが顔を上げる。レオンは一瞬だけ言葉を探し――


「……なんでもない」


 視線を外した。完全には消えていない。だが、ここで強く出すほどでもない。

そんな距離だった。火を見るともなく見ながら、レオンは腕を組む。纏まらない

感触だけが、胸の中に残っている。


 ナディアは少しだけ首を傾げるが、それ以上は追わない。代わりに、

もう一度考える。


「見える、というより……変えてるんですね……?」


 ゆっくりとした言葉だった。自分なりに整理しようとしている。


「結果としては」


 メリアの答えは、やはり同じだった。肯定でも否定でもない。ただ、

受け取るだけ。


 ナディアは、しばらく黙る。火の揺れを見つめながら、その言葉を内側で

反芻する。正確には理解できていない。だが、何かが確かにある、という

感触だけは残っていた。輪郭のはっきりしない、それでいて消えない感触。


「……難しいですけど、面白いです」


 少しだけ、柔らかく笑った。理解できないことへの拒絶はない。むしろ、

その逆だった。分からないからこそ、もう少し近づきたいという気持ちが

続いている。


「そうですか」


 メリアは短く返す。


「面白くねえよ……」


 レオンがぼそりと呟く。だが、その声は小さい。主張ではなく、感想だった。

ナディアは少し笑ったが、何も返さなかった。


 再び、静けさが戻る。焚き火の音だけが、一定のリズムで続いていく。

風がわずかに揺れ、炎が一度だけ大きく傾いた。それからまた、元の形に

戻る。


「……もっと知りたいです」


 ナディアは火を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。誰かに向けた言葉で

あり、同時に、自分自身への確認でもあった。


 メリアは何も言わない。ただ、そこにいる。レオンも、もう何も言わなかった。


(こういう夜、悪くないね)


 れもんの声が、いつもより少しだけ柔らかい。


(誰かと火を囲んで、意味もなく黙ってる時間。前世の記憶にも、こういう

夜があったでしょ。ボクは犬だったから隣で丸まってただけだけど、それでも

覚えてるよ、あの温度)


 メリアは焚き火の揺れを見つめたまま、答えなかった。だが、胸の奥で

何かが小さく緩むのが分かった。れもんにはきっと、それも伝わっている。


 火は静かに燃え続ける。夜は深まり、街道は闇の中へ沈んでいく。


 ナディアの中に残ったものだけは、消えなかった。理解はしていない。

それでも、確かに惹かれている。その方向だけが、はっきりと定まっていた。

挿絵(By みてみん)

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