うっかりの贈り物
神界。
静かな場所だった。音は、ほとんどない。ただ、知識が満ちている。無数の
記録。積み重ねられた理。それらが、空間そのものに溶け込んでいる。書庫の
ようで。海のようでもあった。
その中心で、ノエリアは手を動かしていた。光の中に、式が浮かぶ。構造。
回路。思考の流れ。それらを、ひとつひとつ整えていく。
「ここは、少しだけ……」
指先が、触れる。れもんの内部構造。演算補助。思考同期。人格安定。神の
領域の作業。だが、その表情は穏やかだった。どこか楽しそうで。どこか優しい。
まるで、子どもの身支度を整えるように。
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「はい、これでよし」
小さく頷く。仕上がりを確認する。流れは滑らか。干渉はない。過剰な補助も
ない。ちょうどいい。それが、一番難しい。だが、彼女は迷わない。
視線は、常に柔らかい。評価も、厳しすぎない。必要な分だけ。それ以上は、
与えない。
「ちゃんと、考えられますね」
満足そうに、微笑む。それは、創造ではなく。見守る調整だった。
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ふと。手が止まる。
「……あら?」
小さな違和感。思考が、遡る。メリア。転生。能力。構造。補助。すべては、
整えている。
だが……。
「武器を、渡していませんね」
ぽつりと、言った。静かな空間に、その声が落ちる。少しだけ、考える。
長くはない。必要かどうか。答えは、すぐに出た。
「一本くらいなら」
軽い調子。決断としては、あまりにも自然だった。
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視線を移す。
そこにあるのは、生成装置。神の工房。無数の構造を、形にする場所。
ノエリアは、そこへ歩み寄る。手をかざす。光が、反応する。式が、
流れる。設計は、しない。必要な条件だけを、軽く置く。あとは、任せる。
「メリアが使うものですから」
それだけで、十分だった。装置が、動き出す。
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光。魔力。収束。
形が、現れる。ゆっくりと。だが、迷いなく。一本の長杖。細い軸。整った
装飾。先端には、青い宝玉。光が、内部で静かに揺れている。
ノエリアは、それを見て、少しだけ目を瞬かせた。
「……あら」
予想より、整っている。いや。整いすぎている。手に取る。重さは、軽い。
だが、内部は深い。解析する。ほんの少しだけ。魔法揺らぎ補正。異常な精度。
古代級の構造。それらが、自然に組み込まれている。
ノエリアは、少しだけ考えた。長くはない。必要な分だけ。
「……なんだか」
小さく、呟く。
「すごいものが出ましたね」
そのまま、沈黙。ほんの一瞬。そして。ふっと、微笑む。
「まあ」
肩の力を抜く。
「メリアなら、大丈夫でしょう」
その言葉に、迷いはなかった。
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杖を、そっと持ち上げる。行き先を決める。ポルタ。街。武器屋。武器立て。
細かい調整はしない。自然に、そこにあるように。それでいい。
転送。光が、杖を包む。次の瞬間、消える。音は、ない。ただ、位置が変わる。
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神界。再び、静けさが戻る。
ノエリアは、元の場所に戻る。手を動かす。作業を再開する。れもんの調整。
細部の確認。流れは、変わらない。ただ、ひとつだけ。小さな満足が、そこに
あった。
「いい贈り物になりました」
やわらかな声。それは、誰に聞かせるでもない。ただ、自然に零れたもの。
彼女は、まだ知らない。
その杖が、三人に返品されたことを。
見習いが、訓練場で恥をかいたことを。
研究者が、欠陥品と結論づけて去ったことを。
教官が、命に関わると即断したことを。
ポルタの夜に、怪談として語られていることを。
そして――神話級アーティファクトだということを。
「一本くらいなら」の結果が、どうなったかを。
ノエリアは、静かに微笑んだまま、作業を続けていた。
呪われた杖と呼ばれるまで 完




