三度目の怪談
ポルタの夜。
灯りが通りに滲み、昼とは違う顔を見せていた。小麦の七穂亭。木の
看板の下、扉を開ければ、すぐに熱気が押し寄せてくる。酒と、肉と、
人の匂い。笑い声。怒鳴り声。グラスのぶつかる音。仕事帰りの港湾
労働者。煤をまとった職人。依頼を終えた冒険者。それぞれの一日が、
ここで混ざる。ざわめきは、絶えない。
その中に、バルクの姿があった。カウンター席。いつもの場所。いつもの
酒。無言で一口、流し込む。それだけで、ひと区切りついたような顔になる。
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「今日は遅かったな」
隣の男が言う。飲み仲間。顔なじみ。名前を呼ぶ必要もない関係。
バルクは、肩をすくめる。
「客がな」
「珍しいな。お前の店、そんなに混むか?」
「混んでねぇ。面倒なのが続いただけだ」
その言い方に、男は興味を持った。
「へぇ?どんなだ」
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バルクは、少しだけ間を置いた。酒を一口。喉を通す。それから、口を開く。
「妙な杖がある」
低い声。それだけで、話の芯はできていた。
「武器立てに、いつの間にかあった」
「仕入れ忘れか?」
「覚えがねぇ。いつからあるのかも、分からん」
それは、冗談には聞こえなかった。
「で?」
男が促す。
バルクは、指を一本立てた。
「一人目」
酒を置く。
「魔法が出ねぇって返品だ」
男が、吹き出す。
「それ杖の意味ないだろ」
「俺もそう思った」
淡々とした返し。指を二本にする。
「二人目。魔力波形がおかしいと来た」
「研究者か?」
「そんな感じだ」
短い肯定。そして、三本目。
「三人目」
ほんの少しだけ、間があった。
「重さが変わる」
男が、一瞬黙る。それから。
「は?どういうことだ」
「そのままだ。持つたびに、重いだの軽いだの」
バルクは、酒をあおる。
「出るらしいが、信用できねぇとよ」
男は、笑った。
「なんだ、それ?」
だが、その笑いは少しだけ引っかかっている。ただの冗談にしては、
妙だった。
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「今の、聞いたか?」
近くの席から、声が飛ぶ。いつの間にか、話は広がっていた。
「呪いじゃねぇのか、それ」
「古代の遺物ってやつだろ」
「触るなよ、そういうのは」
酒場の空気が、少しだけ変わる。軽口から、噂へ。尾ひれがつき始める。
「持ち主が不幸になるってやつだな」
「いやいや、もう街の怪談だろ」
「ギルドでも聞いたぞ、それ」
話が、勝手に膨らむ。誰も止めない。酒が入っている。想像は、加速する。
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バルクは、それを黙って聞いていた。否定もしない。肯定もしない。ただ、
酒を飲む。
「……ただの杖だ」
ぽつりと、言う。それが本音だった。特別な何かではない。そうであって
ほしい。だが。三回。返品されている。事実は、そこにある。
男が、肩を叩く。
「じゃあ、次で決まりだな。次に買うやつが、答え出すだろ」
バルクは、少しだけ目を細めた。グラスを傾ける。中身は、もうほとんど
残っていない。
「……次に買うやつが」
低く、繰り返す。そして。
「最後だろ」
ぼそりと、呟いた。
その言葉は、ざわめきに溶けた。酒場の笑い声が、すぐに上書きする。
誰も気にしない。ただの噂。ただの話。
だが、その杖の話は、確かに広がっていた。ポルタの夜に、静かに。
気づけば、怪談になっていた。バルクは、空になったグラスを置いた。
もう一杯、頼む。余計なことは、考えない。そういう性分だった。
ただ、明日の朝、武器立てにあの杖が戻っているかどうか、少しだけ
確かめたくなっていた。




