安定しない杖
冒険者ギルドの訓練場。
石壁に囲まれた空間に、乾いた声が響いていた。
「詠唱は短くていい。だが崩すな」
教官が言う。四十代。魔術師。動きに無駄がない。声も、必要な分だけ。
前に立つのは、新人冒険者たち。ぎこちない動き。不安定な詠唱。それを、
一つずつ修正していく。
「力を乗せるな。流せ」
指摘は簡潔だ。だが、的確。教官自身の動きも、同じだった。無理が
ない。揺れがない。それが、長年の積み重ねだった。
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休憩時間。
教官は、通りへ出る。目に入るのは、見慣れた武器屋。看板が、少し
傾いている。足が、自然に向く。
中に入る。武器立てを見る。剣。短剣。槍。杖。その中に、一つ。
長杖。細い軸。整った装飾。青い宝玉。視線が、止まる。
「……悪くない」
ぽつりと呟く。予備の杖としては、十分だった。
「それはいくらだ」
「銀貨一枚」
バルクは短く返した。安い。即決だった。
「もらう」
銀貨を置く。杖を受け取る。特に説明はない。それでいい。予備だ。
問題があれば、使わなければいい。その程度の認識だった。
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訓練場に戻る。
「手本を見せる」
教官が言う。新人たちが、視線を向ける。杖を構える。詠唱。短く。
正確に。魔力を流す。
その瞬間。手の中で、重さが変わった。
「……?」
ほんの一瞬。違和感。だが、魔法は発動した。火球。安定した軌道で
飛び、標的に当たる。問題はない。
だが、残る。わずかなズレ。もう一度。詠唱。今度は、意識して。
同じ手順。同じ流れ。魔力を流す。
軽い。さっきと違う。杖が、軽い。魔法は、同じように出る。だが、
手応えが違う。
三度目。詠唱。流れは変えない。魔力も、同じ。
重い。さっきよりも。確かに。だが、魔法は出る。火球は、問題なく
発動する。安定している。現象としては、正常。だが、手元が、信用
できない。
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教官は、杖を見た。青い宝玉。静かに光っている。
「……出るには出る」
小さく呟く。それは事実だ。魔法は発動する。問題なく。
だが……。
「これは使えない」
即断だった。魔法は、命に関わる。発動するかどうかではない。安定
するかどうかだ。重さが変わる。それだけで、十分に危険だった。
タイミングがズレる。判断が遅れる。それで、死ぬ。そういう世界だ。
⸻
再び、武器屋。
扉が開く。鈴が鳴る。バルクが、顔を上げる。
教官は、杖をカウンターに置いた。
「重さが変わる」
短い説明。
バルクが、ため息をつく。
「……三度目だ」
小さく呟く。それ以上は言わない。銀貨が、返される。やり取りは、
それだけ。武器立てに、杖が戻る。青い宝玉が、静かに光る。バルクは、
少しだけその杖を眺めた。見た目は、悪くない。だが、誰も持ち続けない。
三人目だ。そろそろ、何かがあると思い始めていた。
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ギルド。
訓練の合間。教官が、何気なく言う。
「妙な杖があった」
雑談のように。だが、内容は具体的だ。
「魔法は撃てるが、安定しない」
それだけで、十分伝わる。近くで聞いていたリシェルが、ふと顔を上げた。
「妙な杖……?」
やわらかな声。興味が、少しだけ乗る。教官は肩をすくめる。
「使わなければいいだけだ」
結論は、それだった。だが、リシェルは、ほんの少しだけ考える。青い宝玉。
長杖。曖昧な情報。それでも。
「……少し、気になりますね」
静かに呟いた。その声は小さかったが、確かに残った。




