既知の外側
ポルタの一室。
窓は閉め切られ、外の喧騒はほとんど届かない。机の上には、整然と
並べられた道具。魔石。魔導具。測定器。そして、積み上げられた学会
論文。紙の端は揃っている。記述も、無駄がない。この空間は、整理
されている。思想も同じだった。
研究者は、ペンを置いた。視線は、論文の一節に留まる。現代魔法
理論。構文。魔力回路。共鳴制御。すべては、すでに体系化されている。
未知は、ない。あとは精度の問題だけだ。
「……完成されている」
小さく、呟く。確信だった。揺らぎはない。
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同じ学会に、セラフィンという人物がいる。五十代。顔は広い。発言力も
ある。だが、研究者は彼の姿勢を好まなかった。観測。現象の記録。定義を
急がない。結論を保留する。
「観測屋だ」
そう呼んでいた。理論を組まない。体系に乗せない。それでは学問に
ならない。観測は、補助だ。本質ではない。そう考えている。
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研究材料を探し、外に出る。
ギルド近くの通り。人の流れ。喧騒。その中に、武器屋がある。看板が、
わずかに傾いている。中に入る。店主――バルクが、こちらを見る。言葉は
少ない。必要な分だけ。
研究者は、武器立てに目を向ける。剣。短剣。槍。杖。その中に一つ、
目に留まる。長杖。細い軸。整った装飾。先端の青い宝玉。光が、静かに
揺れている。
魔導具。そう見えた。
「それはいくらだ」
「銀貨一枚」
バルクは即答した。安い。研究材料としては、十分すぎる。
「もらおう」
迷いはない。銀貨を置く。杖を受け取る。違和感は、特に感じない。
ただの道具。それだけの認識だった。
⸻
研究室。
杖は、机の中央に置かれる。測定器が、周囲に配置される。準備は、
整っている。研究者は、ゆっくりと魔力を流した。数値が、立ち上がる。
波形が、表示される。
そして――歪んだ。
規則から外れた揺らぎ。一定にならない。だが、崩れもしない。
「……?」
眉が、わずかに動く。もう一度。魔力を流す。同じ。波形は、同じ形で
歪む。測定器が、わずかに震える。杖から、低い音がする。共鳴。だが、
既知のパターンではない。
魔力量を変える。弱。強。段階的に。だが、結果は同じ。波形は、
変わらない。歪みは、固定されている。
「……おかしい」
小さく呟く。仮説を立てる。魔力回路の欠陥。構造不良。古い形式の
魔導具。どれかだ。理論に合わない現象は、例外ではない。分類できて
いないだけだ。そういうものだ。
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ふと、記憶が浮かぶ。セラフィンの言葉。
「観測が重要だ」
その声。静かで、断定しない。
研究者は、鼻で笑う。
「理論こそが本体だ」
観測は、補助に過ぎない。結論を導くための手段。それ以上ではない。
ペンを取る。研究ノートを開く。書く。現象。測定値。波形。そして、
結論。
欠陥品。現代魔法理論と整合しない。価値なし。
それで、十分だった。
⸻
再び、武器屋。
扉が開く。鈴が鳴る。バルクが、視線を上げる。研究者は、杖を差し
出した。
「共振する。欠陥だ」
短い説明。
バルクは、舌打ちした。
「……またか」
小さく。杖を受け取る。銀貨が、返される。やり取りは、それだけ。
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店の中。
武器立てに、杖が戻る。何事もなかったかのように。青い宝玉が、静かに
光る。研究者は、背を向けた。結論は、出ている。問題はない。理論に合わない
魔導具など、存在するはずがない。
杖は、静かだった。
ただ、波形の歪みは、研究ノートの中に残されたままだった。消されて
いない。捨てられてもいない。分類できなかったから、保留にしただけだ。
それだけのことだった。たぶん。




