呪物、回る
裏庭に、木材が積まれていた。秋の朝の湿気はまだ残っている。洗濯物は
相変わらず重いまま。昨日と同じ場所に、昨日と同じ顔で垂れている。
動かない。
その横で、メリアが木を選んでいた。積まれた板を一枚ずつ手に取って、
重さを確かめる。曲がりを見る。目を細めて、木目を追う。細い。軽い。
均一なもの。条件を満たしたものだけを脇に置いていく。
「ほんまに羽作るん?」
リナが腕を組んでいた。顔は完全に不安だった。昨日の宣言から一夜明けて、
期待よりも覚悟の色が濃い。
「羽根」
メリアは短く言った。
「いや同じやろ!羽でも羽根でも!」
「少し違う」
「どこがや!」
「回転するのは羽根」
「……なんでそこだけ細かいねん」
(回転角度、傾斜七度が最適。そのくらいに削って)
れもんの声が、メリアの耳の奥に届いた。
「わかった」
「誰と会話しとんねん!」
リナが叫ぶ。メリアは気にしない。選んだ板を作業台の上に並べ、
刃物を取り出した。
――
削る。形を整える。細く。少しだけ反るように。均一に。刃が木を滑る
音が、裏庭に静かに響く。削りくずが足元に落ちる。
女将は少し離れた軒下から、静かに見ていた。止めない。ただ、見ている。
時おり視線を洗濯物に向けて、また戻す。
「まぁ……好きにしはったらええけど」
呟くように言った。
「仕上がったら、ちゃんと乾きますか」
「乾く」
メリアは削りながら答えた。迷いがない。
「……そうどすか」
女将はそれ以上は言わなかった。
木の羽根が、四枚。削り出す。一枚ずつ、重さと形を揃える。中心に軸を
通す穴を空ける。丁寧に。慎重に。組み上がる。
「……それ、回るん?」
リナが覗き込んだ。
「回る」
「回るだけやろ?」
「回す」
「同じや!」
メリアは答えない。刃物を置いて、今度は細い彫刻刀を取り出した。
羽根の表面に、刻み始める。
――
細い線が、びっしりと入っていく。規則的に。一定の間隔で。でも所々で
省略されている。削ぎ落とされている。必要な部分だけを残した、簡略化
された式。
「……なにそれ」
リナの声が低くなった。一歩、前に出る。覗き込む。また一歩引く。
「回路」
「びっしりやん!ほんまにびっしりやん!」
「丁寧に刻まないと、摩擦で崩れる」
「そういう問題じゃなくて!」
(簡易式だから、出力不足になるかも)
れもんの声が来た。
「改良余地があります」
「完成させてから言えや!」
メリアは手を止めない。刻み終わる。四枚すべてに、同じ式が入った。
羽根が朝の光を反射する。刻まれた線が、妙に目立つ。深く、細く、
隙間なく。
組み上げる。軸に差し込む。固定する。それは完成した。
――
リナが一歩引いた。
「……なんか」
言葉を選んでいる。
「こわない?これ」
「正常」
「いや形が!形が怖いって言っとんねん!」
(形は、問題ない)
れもんの声が来た。
「問題あるやろ!なんか呪いそうやん!」
メリアは首を傾げた。呪う、という感覚がよくわからない。式は正しく
刻まれている。構造に問題はない。手で軸を押す。回る。ゆっくり。
きぃ、と音がした。軸が慣れていない。木がまだ固い。でも、回る。
メリアが手をかざす。魔力を流す。
ぶぉ……
低い音が出た。羽根が、淡く光り始める。刻まれた線が浮かび上がる。
回転が、少しずつ速くなる。
ぶぉぉぉ……
円になる。光が繋がる。輪になる。淡い、青白い輪。
「……なにこれ?」
リナが後ずさる。
「正常動作」
――
風が出た。
弱い。でも、続く。一定のリズムで。止まらない。洗濯物が揺れた。
さっきより長く。布の端が、ゆっくりと泳ぐ。でも……。
「……乾いてへん」
リナが呟いた。
メリアは洗濯物を見る。風の流れを見る。布の動き方を見る。
(風力が足りない。魔力の供給も安定しない。回路を削りすぎたせいで
効率が落ちてる)
れもんの分析が来た。
「魔石が要る」
メリアが言った。
「まだ強くすんの!?」
「今のままでは、乾かすのに三日かかる」
「そら困るわ……」
女将が静かに洗濯物を見ながら言った。
「魔石というのは?」
「動力源です。安定した魔力を供給できる」
「高いどすか?」
「さあ?」
「……そうどすか」
回転は止まらない。一定。同じ速度で。同じ音で。
ぶぉぉぉ……
リナが額に手を当てた。
「これ、止められるん?」
「止められる」
「今止めへんの?」
「データを取ってる」
「呪物がデータ取っとる!」
――
夕方になった。裏庭が薄暗くなる。空が橙から群青へ変わっていく。
秋の日は短い。あっという間に落ちる。
回っている。ぶぉぉぉ……
暗くなるほどに、光が目立つ。淡い青白い輪が、裏庭の石畳に影を作る。
規則的に。一定に。止まらない。
夜になった。完全に暗くなった。灯りが少ない。宿の窓から、ぼんやりと
した明かりが漏れている。その中で、回っている。羽根。光。円。低い音。
刻まれた線が、淡く光る。円環のように。途切れない。
路地の向こうから、子どもの泣き声が聞こえた。
「止めて!」
リナが叫んだ。
「まだ」
「子ども泣いとるやん!絶対あれのせいやん!」
「因果関係は不明」
「明らかやろ!夜に光る呪物が回っとるんやで!?」
(改良すればいける。魔石を繋げば、出力は三倍になる見込み)
れもんの声が来た。
「三倍見込み」
「三倍!?余計怖いわ!」
メリアは羽根を見ていた。回転している。光っている。音を立てている。
確かに形になった。動いている。続いている。
形にはなった。だからこそ。
(……少しだけ、怖い)
心の中で、静かに思った。自分が作ったものが、自分の想定通りに動いて
いる。それなのに、どこかが怖い。理由はわかる。完成ではないからだ。
まだ途中だからだ。途中のものが、夜の裏庭で淡く光りながら回り続けている。
それは確かに、少し怖かった。
「……止める」
メリアが言った。
魔力を引く。
ぶぉぉ……ぶぉ……
回転が、ゆっくりと落ちる。光が薄くなる。線が消える。止まった。
裏庭が、静かになった。
リナが大きく息を吐く。
「やっと……」
「魔石を探す。明日」
「もう作るな!とは言えへんけど!せめて昼間に起動して!」
「わかりました」
女将が暗い裏庭の縁に立っていた。止まった羽根を見ている。
「……きれいどしたよ」
静かに言った。
「怖かったけど」
リナが振り返る。
「おかんまで!」
「こわいものでも、きれいなものはきれいどす」
女将は少し微笑んで、宿の中に戻っていった。裏庭には、止まった
羽根だけが残った。光も音もない。ただの、木の塊。
でも洗濯物は、まだ乾いていない。




