表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/39

循環完成

 翌日。同じ窯に、同じ火が入っていた。同じ形のドーム。同じ薪。同じ

手順。だが、焼き上がりは昨日と少し違った。


 ガドが一口かじる。噛む。飲み込む。


「……うまいけど」


 皿を見た。


「安定しねぇな」


 端の焼き色が、わずかに強い。場所によって違う。均一ではない。


 メリアは火を見ていた。


(流速に偏りが残っている。昨日と同じ条件のはずだけど、誤差が消えていない)


 れもんの声が来た。


「条件が揃っていない。どこかにブレがある」


 ガドが頷いた。


「どこだ」


「見る」


     ⸻


 ドームの右後方に近づいた。


 手をかざす。陽炎の揺らぎを読む。わずかに流れが乱れていた。昨日の

修正が、まだ足りていない。


「ここ」


 指す。


「曲がりが足りない」


 ガドが目を細めた。


「そんなもんで変わるのか?」


「変わる」


 石を外す。粘土を削る。ほんの少し、角度を変える。


「もう少し内側」


「細けぇな」


「必要」


(現状の曲率では、この角度で流れが詰まる。もう少し絞ることで循環が

安定する)


 れもんの補足が来た。メリアは作業しながら続けた。


「流れが詰まってる。形を変えれば直る」


 ガドは黙って直した。


 次に薪を見た。


「右に寄りすぎてる」


 ガドが動かす。「これでいいか」


「いい」


 最後に火床の位置を確認する。指先で陽炎を読んで、ほんのわずかだけ

動かした。陽炎が整う。線になる。円を描く。乱れが消えた。


「……揃った」


     ⸻


 再び、生地を窯に入れた。火は暴れない。上に伸びない。横へ流れる。

ドームの内側に沿って、静かに回る。音が違った。昨日とも、一昨日とも

違う。均一に、すべてが同じ速度で変わっていく。チーズが溶ける音、

具材が縮む音、香りが広がる。端も中央も、同じ速度で色が変わっていく。


 ガドは動かなかった。腕を組んで、ただ見ていた。


 取り出して、切る。どこも同じだった。断面が均一だ。端も中央も、

同じ色をしている。


 ガドが食べた。端。中央。もう一度、端。


「……毎回、これが出るのか?」


「出る」


(条件を充足すれば、再現可能。安定性、確認)


 ガドはかまどを見た。少しだけ笑った。


「……すげぇな」


 短い言葉だった。でも、その声には納得があった。感嘆でも驚きでもなく、

長いこと追いかけていたものがようやく手の届く場所に来た、そういう

納得だった。


     ⸻


 次の生地を窯に入れた。二枚目。三枚目。手が止まらない。ガドは無言で

焼き続けた。一枚ごとに確認する。焼き色を見る。断面を見る。同じだ。

また同じだ。


「火床、少し寄りすぎ」


 メリアが言った。ガドは無言で直した。また焼く。また同じ焼き上がりに

なる。会話はいらなかった。メリアが見て、言う。ガドが直す。それだけで

成立していた。二人の間に余計な言葉は必要なかった。


(安定性、向上。誤差範囲内)


 メリアは頷いた。


     ⸻


 しばらくして、香りが外に漏れ始めた。


 扉の隙間から、石畳へ。港通りを歩いていた足が、止まる。


「なんだ?この匂い」


「また、やってんのか」


 顔が覗く。常連の船乗りだった。それから魚屋が来た。荷を担いだまま

立ち止まる。


「……いい匂いだな」


「仕込み中だ」


 ガドは振り向かない。


「客に出す前に、味は固める」


 一枚返す。火を見る。手が止まらない。人が増える。でも誰も入って

こない。ただ、扉の前に立っている。香りの方へ引き寄せられて、

そのまま動けなくなっている。


 メリアはその様子を横目で見ていた。食べ物の匂いが人を引き寄せる

力を、改めて確認するように。


     ⸻


 ガドが口を開いた。


「嬢ちゃん」


「なに」


「仲間、いるだろ?」


 少しだけ間があった。


「いる」


「呼んでこい」


 ガドは次の生地を伸ばしながら言った。


「数いた方がいい。舌が多い方がブレが分かる」


(試行回数、増加推奨。複数人の評価は有効)


 メリアはその声を聞いてから、頷いた。


「呼ぶ」


 もう一枚焼き上がる。ガドがそれを見て、短く笑った。


「……よし」


 低い声だった。皿に並んだ三枚を眺めて、それから顔を上げた。


「完成記念だ。パーティーやるぞ」


「パーティー」


「飲み食いすることだ」


「知ってる」


「なら早く呼んでこい」


 扉の前の人たちがざわついた。仕事の音から、期待の音へ変わっていく。


 メリアはかまどを一度見た。火は回っている。流れは崩れていない。

同じ形。同じ結果。再現されている。何度でも再現できる。それがようやく

確認できた。


 扉の前の人垣の向こうに、港通りが見えた。日はまだ高い。レオンなら

ギルドにいる時間だ。月兎亭のリナを呼ぶなら、今から向かえば昼の

仕込みが終わった頃に着く。


 メリアはかまどをもう一度だけ見てから、立ち上がった。


「行ってくる」


「早くしろ。冷めたら困る」


 ガドがもう一枚の生地を窯に入れた。焼き続けるつもりらしかった。


 メリアは扉を開けた。人垣が割れる。港通りの潮の匂いが、厨房の熱気と

混ざって流れ込んできた。呼びに行く人の顔が、頭の中に並んでいた。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ