守れなかった姉
ギルドの扉を出たところで、メリアが言った。
「……ご飯、行く?」
レオンは足を止めた。
夕方の街の空気が流れてくる。石畳の上を荷車が通り過ぎ、遠くで誰かが
笑う声がした。
「え……あ、うん」
思ったより素直に頷いていた。
森の件が、まだ頭のどこかに引っかかっている。巻き込んだのは自分だ。
それを言葉にしようとしたが、メリアはもう歩き出していた。
追いかける形で、隣に並ぶ。
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ギルドの食堂は夕方の喧騒で満ちていた。
焼いた肉の匂い。酒の泡。木椅子が床を擦る音。仕事帰りの冒険者たちの
声が重なって、天井の低い空間に溜まっている。
窓際の席を取った。
メリアは迷わずメニューを決めた。鳥の串焼き、豆の煮込み、腸詰、パン。
レオンが注文を終えた頃には、すでに最初の皿が運ばれてくる前にパンを
ちぎっていた。
「依頼、どうだった?」
メリアが言う。フォークを手に取りながら。
「まあ、普通の採取だったけど……」
「難易度は」
「Fランク。初心者向けの薬草採取。一人でも楽勝なやつ」
「森の地形は」
「街に近い側は開けてるけど、奥に行くと急に薄暗くなる。分かれ目がはっきり
してて、地図より実際の感覚の方が当てにならない」
メリアは静かに聞いている。聞き流しているわけではない。ちゃんと聞いて
いる。ただ余計な相槌を打たない。
鳥の串焼きが運ばれてきた。
メリアはフォークで刺し、ぱくりと食べた。少し噛む。それから、もう一口。
レオンはジョッキを持ちながら、その様子をぼんやり見ていた。
「……よく食うな」
つい言ってしまった。
メリアは飲み込んでから答えた。
「燃費が悪い」
「それ、理由になってる?」
「なってる」
即答だった。それ以上の説明はない。
レオンは少し笑った。森で倒れた時のことを思い出す。あれだけの力を
出して、最初に言った言葉がお腹が空いたで、次が「おぶって」だった。
食堂のざわめきが二人の周りを流れていく。豆の煮込みが運ばれてきて、
メリアはすぐに手をつけた。食べながら、時折窓の外を見る。街の夕暮れが、
石造りの壁を橙色に染めていた。
「レオンは」
メリアが言った。フォークは止まっていない。
「どうして、冒険者を?」
軽い問いだった。聞き込もうとしている感じじゃない。ただ、気になった
から聞いた、みたいな調子。
レオンはジョッキを置いた。
少しだけ黙った。
どう答えるか考えた、というより、何から言えばいいか分からなかった。
「……守れなかった人がいる」
出てきたのはそれだった。
メリアは顔を上げた。フォークが止まる。
「人」
「孤児院にいた頃の、姉みたいな人」
視線はテーブルに落ちる。
「メルっていうんだ」
その名前を口にすると、昔の空気が少し戻る気がした。孤児院の食堂。
朝の光。いつもレオンの隣にいた背中。
「年上でさ。冒険者だった」
「カッコよかったんだよ、あの人……」
照れたように笑う。我ながら、そういう顔になってしまったと思う。
「剣が上手くて、頭も回って、誰にでも公平で。
俺みたいなガキにも、ちゃんと向き合ってくれた」
「俺も、ああなりたくて」
食堂の喧騒が続いている。誰かが大笑いして、椅子が引かれる音がした。
「五年前に失踪した」
レオンは続けた。
「依頼から帰ってこなかった。最初は捜索もあったけど、手がかりがなくて。
それで最近……正式に籍を抹消された」
言い方は軽くした。重くしないようにしている。それは自分でも分かって
いた。重くすると、自分を保てなくなる気がするから。
「だから……」
少し間があった。
「強くなれば、何か分かるかもしれないって」
それだけ言って、ジョッキを持った。
メリアはフォークを皿に置いた。
水を一口飲む。
それから、
「……そう」
それだけだった。
慰めはない。同情もない。「大変でしたね」も、「きっと大丈夫」もない。
ただ視線だけは逸らさない。
レオンは少し驚いた。
そして、なぜか安心した。
変な話だと思う。慰められた方が、普通は楽になるはずだろう。なのに、
このひとことの方が、胸に引っかからなかった。
メリアはまたフォークを持った。
腸詰に手をつける。パンをちぎる。
レオンはその様子をぼんやり見ていた。
ふと、思う。
似ている。
メルと。
何が、とは言えない。目なのか。話を聞く時の空気なのか。言葉を選ぶ
感じなのか。言語化できない。
だから、そのまま飲み込んだ。
言葉にはしない。




