帰り道
ハーバーテラスの風は、少しだけ涼しくなっていた。テーブルの上の
ティーポットは空になっている。港の方では、帆船がゆっくりと動いていた。
リシェルがカップをそっと置く。
「そろそろ行きましょうか」
「はい」
支払いを済ませて立ち上がると、海風が頬を撫でた。港の光が、少し柔らかく
なっている。
「……もう夕方ですね」
「そうですね。四時くらいでしょうか」
昼の眩しい光は落ち着き、街がゆっくり色を変え始めていた。
「少し歩きましょうか」
二人は港沿いの通りを歩き出した。帆船のマストが夕空に伸びている。荷揚げの
作業はまだ続いていた。木箱を運ぶ音、ロープが軋む音。カモメが鳴きながら空を
横切る。
「昼とは少し違いますね」
「ええ。港は、夕方が一番忙しいんです」
船が入る時間らしい。
やがて港の通りを離れ、街へ戻る道に入る。石橋が見えた。運河の水は夕陽を
映して、淡く光っている。橋を渡ると、昼より人は少なくなっていた。買い物を
終えた人たちが家路につく時間らしい。
「落ち着きましたね」
「市場の時間が終わる頃ですから」
二人は石畳の道を歩く。少し進むと、見覚えのある匂いがした。鉄板の焼ける
香ばしい匂い。リシェルが小さく笑う。
「……あそこですね」
市場の角に、あの屋台があった。朝と同じ兄ちゃんが鉄板の前に立っていて、
こちらに気づいた。
「お、戻ってきた」
目を細める。
「また来てくれたのか」
「あ、どうも」
「もう一個食ってく?」
鉄板の上で生地が焼ける。香ばしい匂いが漂う。メリアは少し考えてから、
首を振った。
「いえ、大丈夫です」
「そっか。また来てくれよ」
「はい」
屋台を離れ、二人は歩き出した。街の空気はゆっくり変わり始めていた。
店先の片付け、布を下ろす店、木箱を運ぶ人。建物の壁にランプが灯り始め、
オレンジ色の光が石畳に落ちた。
メリアは立ち止まり、街を見渡した。
「……夕方の街も綺麗ですね」
昼とは違う、落ち着いた光だった。リシェルも足を止める。
「この時間が一番好きなんです」
遠くで鐘が鳴った。静かな音だった。
二人はまた歩き出す。石畳の道をゆっくり進む。やがて見慣れた看板が
見えてきた。月兎亭。灯りが窓からこぼれている。
リシェルが少し笑った。
「送ります」
「ありがとうございます」
夕暮れの街を、二人は並んで歩いた。休日の一日は、静かに終わろうとしていた。




