ハーバーテラス
石の階段を上がると、潮の匂いが風に混じっていた。運河の水とは少し
違う、重い匂い。
リシェルが港の方を指す。
「少し歩きます」
「はい」
通りを抜けると、景色が開けた。港だった。帆船がいくつも並んでいる。
太いロープ、木箱の山、荷揚げをする男たちの声。カモメが空を旋回して
いた。
メリアは足を止める。
「……大きい」
帆船のマストが空へ伸びている。港は活気に満ちていた。荷を運ぶ人、
船へ積み込む人、叫び声。
「この街の心臓みたいな場所です」
「……交易ですね」
「はい。この港があるから、ポルタ=ルクスは栄えているんです」
しばらく港を見てから、リシェルが歩き出す。
「こっちです」
港沿いの通りを少し進むと、白い壁の建物が見えてきた。木の看板、外に
テラス席が並んでいる。港がよく見える場所だった。
「ここです」
席に座ると、港が目の前に広がった。メリアは目を細める。
「……海が見えるんですね」
運河の街だと思っていたが、その先に海があった。遠くに水平線が光っている。
「ええ。晴れた日は、ここが一番きれいなんです」
店員がテーブルへやって来た。リシェルが答える。
「ハーブティーを二つ」
少し考えてから続けた。
「焼き菓子も」
しばらくすると、ティーポットと皿が運ばれてきた。丸い焼き菓子、蜂蜜の
香り、ナッツが入っている。リシェルがカップにお茶を注ぐと、淡い香りが
立ち上った。
メリアは焼き菓子を一つ手に取り、小さくかじる。
「……甘いですね」
「でしょう?」
もう一口。内心で呟く。
(ラード菓子)
外側はさくっとしているが、中は少し重い。保存食にも向いていそうだった。
「どうですか?」
「おいしいです」
港から風が吹いてきた。帆が揺れる。カモメの鳴き声。二人はしばらく静かに
港を眺めていた。
リシェルがカップを持つ。少しだけ沈黙が続く。それから。
「……昔」
小さく言った。メリアは顔を上げる。リシェルは港を見たままだった。
「担当していた新人がいて……」
言葉がゆっくり続く。
「冒険者です。仲のいい子でした」
メリアは黙って聞く。カモメの声が遠くで響く。
「ある日……」
リシェルの声は静かだった。
「帰ってこなかったんです」
短い言葉。港の音だけが残る。荷揚げの掛け声、帆の軋み。
「だから」
カップを見つめる。
「メリアさんが倒れた時……」
少しだけ苦笑した。
「少し取り乱してしまって……」
メリアは考えた。ゆっくり言う。
「……心配させた」
リシェルが顔を上げる。少し驚いたようだった。それから、ふっと笑う。
「でも」
港を見る。帆船がゆっくり動いていた。
「戻ってきてくれましたから」
メリアは静かに頷く。二人はまた黙って港を見た。風がテラスを抜ける。
帆船、海、カモメ。静かな時間だった。
やがてリシェルが言う。
「今日は楽しかったです」
メリアは少し考えた。それから頷く。
「私も」
夕方の光が港を染め始めていた。




