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理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-  作者: シラン
章間スピンオフ 休日の街、ふたりで
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水の都

 朝のポルタ=ルクスは、やわらかな光に包まれていた。月兎亭の窓から

差し込む朝日が石壁を淡く照らし、外からは遠くの水音と賑やかな声が

届いてくる。


「……もう市場が始まってますね」


 リシェルが窓の外を見ながら言った。メリアは肩掛け鞄の紐を整えながら

頷く。


「早いんですね」


「この街の朝は早いんです。港町ですから」


 階段を降りると、宿の一階にはもうパンの匂いが漂っていた。厨房から

顔を出したリナが、ふたりを見るなり声を上げる。


「お、行くんか?」


「はい。市場を少し歩いてきます」


 リシェルが答える。リナは腕を組み、にやっと笑った。


「ほーん。市場ねえ」


 視線が二人の服装を往復する。


「……なんですか、その顔」


「いや別に?楽しんできぃや。デート」


「違います!」


 間髪入れずリシェルが否定した。メリアは首を傾げる。


「デートではないんですか?」


「違います!」


 リシェルの声が一段大きくなる。リナは肩をすくめた。


「はいはい。ほな、いってらっしゃい」



 月兎亭を出ると、朝の空気はひんやりしていた。石畳の道はまだ濡れて

いる。夜のうちに水が撒かれたのだろう。街はゆっくり目を覚まし始めて

いた。荷車を押す男、桶を抱えた女、運河には小さな舟が静かに揺れている。


 メリアは歩きながら街を見回した。


「……きれいな街ですね」


 石橋の向こうに水路が伸び、その水面に朝日が反射して淡く揺れていた。

リシェルが少し誇らしげに言う。


「ポルタ=ルクスは水の街ですから」


 橋の下を小さな荷舟が通っていく。船頭が帽子を軽く持ち上げた。


「おはようさん」


「おはようございます」


 メリアはその様子をじっと見ていた。街の人が自然に挨拶を交わしている。

不思議と落ち着く空気だった。


「市場はもう少し先です」


 リシェルが言った、そのときだった。風に乗って声が聞こえてくる。


「新鮮な魚だよー!」「焼きたてパン!」「甘い柑橘だ!」


「……賑やかですね」


「ええ。もうすぐです」


 ふたりは橋を渡り、通りを曲がった。その瞬間、景色が変わった。


 市場だった。通りの両側に屋台が並び、人の流れができている。魚屋の

前では銀色の魚が山のように積まれ、果物屋には色とりどりの柑橘。パン屋の

前からは甘い香りが漂う。


 メリアは足を止めた。


「……すごい」


 リシェルが少し嬉しそうに笑った。


「ポルタ=ルクスの市場です」


 人の声、食べ物の匂い、鉄板の焼ける音。街が、動いていた。メリアは

ゆっくりと周囲を見回す。


「……観察しがいがあります」


「観察ですか?」


「はい。街の生活がよく見えます」


 リシェルは少し笑った。


「メリアさんらしいですね」


 そのとき、ジュウッ、と大きな音がした。振り向くと、鉄板の屋台だった。

生地を広げ、具材を乗せ、折りたたむ。香ばしい匂いが漂う。屋台の兄ちゃんが

こちらに気付いて、にやっと笑う。


「お、かわいいお客さん」


 リシェルが小さくため息をつく。


「来ましたね……」


「焼きたてのポルティーヤだよ」


 メリアは屋台をじっと見つめた。


「……食べ物ですか」


「はい」


 リシェルが苦笑する。


「この街の食べ歩き定番です」


 兄ちゃんは二枚作りながら言った。


「美人さんにはサービスな」


 具が、少し多かった。


「……ありがとうございます」


 メリアは受け取ったポルティーヤを見つめる。


「歩きながら食べるんですか?」


「ええ。市場では普通です」


 メリアは少し考えてから、一口かじった。そして目を丸くした。


「……おいしい」


「でしょう?」


 ふたりは市場の通りをゆっくり歩き始めた。やがて通りを曲がった瞬間、

空気の匂いが変わった。魚とパンの匂いが消え、代わりに鼻を刺激する香り。

胡椒、ローリエ、そして唐辛子。通りの両側に香辛料の袋が並んでいた。


 メリアは立ち止まる。


「……香りが変わりました」


「はい。ここがエピシーゼです」


 香辛料の通りだった。店先には瓶や袋が並び、値札が付いている。メリアは

ひとつの札を見て、固まった。


「……銀貨二枚」


 思わず呟く。


「高いですね」


「香木ですから」


 メリアは静かに頷いた。


「半月暮らせます」


「比較がおかしいです」


 ふたりは笑いながら通りを抜けた。やがて石のアーチ橋が見えてくる。橋の

上から運河が見下ろせた。水面がゆらゆらと光っている。


 メリアは橋の欄干に手を置いた。


「……きれいですね」


 そのとき、橋の下から声がした。


「舟どうだい!」


 見下ろすと、小さな舟が止まっている。船頭が手を振った。リシェルが

メリアを見る。


「乗ります?」


 メリアは少し考えた。それから頷いた。


「乗ります」


 ふたりは石の階段を降りていった。

挿絵(By みてみん)

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