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序章の二

 瞼の裏に暖かな光を感じ、瞳を開けてみると、目に映るもの全てが夕暮れに染まっていた。

 

「……んあ?」

 

 両腕を枕に妙な体勢で机に突っ伏していたせいか、まるで自分の物じゃないような、そんな錯覚を覚える程に感触の無い両腕に、止まっていた血液がギュンギュンと勢い良く駆け巡る。

 そんなむず痒さにも似た感覚を味わいながら体を起こした。

 意識はまだ半分以上夢の中、ボーっとした頭では現状を把握するのにも数秒の時間を必要とした。

 ぼやけた視界で周囲を見回してみると、等間隔で並んだ沢山の机、使い古され年季の入った黒板、つまり、自分の通っている、見慣れた高校の教室の風景が目に入った。

 

「……目が覚めるとそこは見慣れた教室だった……斬新さが足りん、これじゃあ物語も始まらないな」

 

 口が勝手に訳の分からない事をぼやく。

 寝ぼけた頭が良い感じでとろけて、何やらファンタジックな妄想が膨らんだのだろう。

 自分で言ってて意味が分からん。

 もうすでに下校の時刻なのだろう。

 教室内には放課後のお喋りに興じるクラスの女子の姿や、やたらと大きなスポーツバックを肩から下げて、教室から走り去って行く坊主頭のクラスメートの後ろ姿が見えた。

 そんな様子を眺めながら頭をガリガリと一掻き、欠伸と一緒に眠気を搾り出すように大きく口を開け吐き出し、事ここに至った経緯に頭を捻る。

 ううむ、どうやらすっかり熟睡してしまったらしい。

 いつから寝てたかなんて覚えちゃいないが、一応弁当を食べた記憶はある。

 鳥のから揚げだった。

 うん、美味かった。

 それから意外と好きな部類に入る数学を受けて……ああ、思い出した。

 その次の授業の、英語で全部放り投げたんだ。

 俺はもう、昔から英語ってもんを諦めている。

 YESとNO、両極端な肯定否定の返事しかない、そんなアホな言語(英語に弱い人間の独断と偏見)をわざわざ覚えなくても生きていけるし、それで今のところ困っちゃいない。

 こちとら純粋培養の日本人だ、外国人に話しかけられれば滅茶苦茶パニくってうろたえるぞこの野郎。

 そんな一人プチ鎖国状態の俺だが、もし必要な事態に陥ったとしても別に改めて学び直そうとは思わないだろう。

 幸い、俺の友人には英語が堪能なヤツがいるのだ。

 いざとなったらそいつに頼る気まんまんである、他力本願万歳。

 と、まあ。

 そんな感じで現在の状況と自分の脳みその至らなさ加減を良い感じで把握したのだが、つまり下校時刻って事は、もう電車の来る時間って事ではないか。

 

「やっべ、そろそろ帰ろ」

 

 そう呟いて机の横に懸けてある鞄を手に取り、そのまま椅子から立ち上がる。

 無論、机の中の教科書類は入れっぱなし。

 授業で教科書を忘れるなんて有り得ない、忘れるとしたら宿題だけだ。

 なんの自慢にもなりゃしないが。

 未だにきゃいきゃい甲高い声で話す女子連中の脇を通り抜け、教室から一歩踏み出し、その外気温の寒さにぶるりと身を震わせながら、持ってきた真っ赤なマフラーを首に巻きつけた。

 

「もう冬だもんな、日が短くなる訳だ」

 

 廊下に降り注ぐ、透き通った茜色の日差しを眺め、なんとはなしに呟く。

 今日も平凡な一日の授業が終わりを告げようとしている。

 どこにでもある風景。

 どこにでもあるであろう感覚。

 代わり映えのしない毎日は、まるで同じ日を何度も繰り返しているような疑視感さえ思わせた。

 

「……バイト、行くか」

 

 ――しかしまあ、俺を取り巻く環境は、とてもじゃないが平凡なんてモノとはかけ離れているんだけども。

 靴箱に手をかける。

 『立花誠』

 そんな、自分の名前が表記された、安っぽいネームシールが貼られたスチール製の棚からスニーカーを放り出し、俺は家路を急ぐのだった。

 

 

 ガタゴト揺れる電車の扉に体を預け、適度に効いた暖房にほっとしながら、車窓から流れる景色をボンヤリと物思いに耽り眺める。

 相変わらず緑の多い風景だ。

 むしろ田園風景だとでも言えば良いんだろうか。

 初めてこの風景を見る人に感想を求めたとしたら、10人中9人は『緑が多くて良い所ですね』という、いかにも杓子定規の返答が返ってくる事だろう。

 それに対する俺の返事は勿論、『それ以外ないかんな』だ。

 俺の住む地域は、簡単に言ってしまえば田舎だ。

 俺の家から最寄のコンビニまでの距離が、自転車で片道10分くらい掛かると言えば、その程度も知れるだろう。

 つい最近、殊勝なファミレスの全国チェーン店がそのコンビニの近くにオープンはしたが。

 海が近く山も近い。

 自然が多いと言えば聞こえは良いが、むしろ自然ばっかりで、地元に住む若者としてはもっと雑多なネオン的な彩が欲しい所である。

 都心からは大きく離れ、交通の便も驚くほど悪い。

 この電車だって、今乗っているのを乗り過ごせば次は2時間ほど待たなければ同じ方向への電車は無いのだ。

 県立東口高校。

 それが、通い始めてまだ一年もたたない、数時間に一本の電車に毎日揺られながら通う高校の名前だ。

 駅の改札の降り口みたいだと思うかもしれないが、それがうちの学校の建っている地域の名前なんだから仕方が無い。

 地方の片田舎にある、ありふれた共学の高校で、学業のレベルもいたって普通。

 校風も特に厳しい事も無ければ、緩過ぎたりもしない。

 柄の悪い連中もいるにはいるが、基本的には無害で、二昔前の漫画にあるような、所謂、分かりやすい不良なんていう愉快な人種も存在しない。

 自分がこの学校を受験しようとした理由も、自宅から無理せず通学可能な距離にある高校のうちで、ちょうど中間のベルの高校であり、無理に受験勉強をしなくても入れるからと言う、我ながら何とも甘えた理由からだった。

 しかし、それは他の人間にも同じ理由らしく、元の中学からの同級生たちが結構な数がいた。

 まあ、田舎らしく、選べる高校の選択肢自体が少ないので、自然とそうなるのだろうが。

 なんともはや、人間って言うのは、どうしても楽な方向に流れていくもんだね。

 勿論、俺も含めての話だが。

 しかし、一人で電車に乗っていると、普段考えないような事を色々考えてしまうもんだ。

 俺は自分でもっと頭を空っぽにして生きているもんだと思ってたから少しビックリだ。

 まあ、他にする事も無いからなんだろけどさ。

 流れていく代わり映えのしない風景から顔をそらし、ふうと溜息一つ吐いて、電車内へと視線を飛ばした。

 車内はそこそこ込んでいる。

 前述したとおり、数時間に一本の電車なので、俺と同じようにそのほとんどが下校途中の学生だ。

 しかもこの車両に乗っているのだから全員同い年だろう。

 何故そう言い切れるのかと言うと、ここらの地域の学生には変なローカルルールがあり、三両編成のこの電車は、一番前が三年、二番目が二年、そして最終車両が一年という風に、綺麗に住み分けられているのだ。

 誰が言い出したかは知らんが、これはこれで変に気を使わなくて済む分、良いシステムなんじゃなかろうか。

 上級生とかなんか怖いもんな!

 そんな車両の中で、雑誌を広げている男子学生の姿が目に付いた。

 より正確に言うならその雑誌が目に付いたのだが。

 その表紙に色々な文字が雑然と並んでいる所を見ると、それは所謂、ゴシップ雑誌に分類されるものだろう。

 嘘か真かも怪しい、雑多な情報を取り扱っている雑誌だ。

 その表紙に、ある一人の人物の名前がでかでかと踊っている。 

 

四鵬堂空姫しほうどう そらひめ

 

 それは少女の名前だった。

 勿論只の少女ではない。

 現在、過去、未来。その全ての時代の中で、もっとも美しいと謳われる少女の名前だ。

 憂いを秘めたような切れ長の瞳は見る者全ての心を虜にし、白磁の肌はその眩しさに目すら眩む。

 墨を流したかのような黒髪は腰ほどまで届き、それがサラサラと流れるように舞う様だけで誰もが恍惚の溜息を吐く。

 昔ながらの振袖といった、所謂、和服に分類されるものを好んで着ているのも手伝って日本人形のよう。

 15歳の若年でありながら、人類史上最高の美少女。

 そんな、人間の美しさの臨界を結晶化させたような、規格外の美貌を誇っているのが、世界的な有名人の四鵬堂空姫その人だ。

 彼女は、別に女優や役者という訳でもないのに、その美貌だけで世界中にその名を轟かせている。

 曰く、世界三大美姫、その全てを足して倍にした所でまだ足りぬ、とまで言われているとか。

 どうでも良い事だが、誰かその三大美姫とやらを直接見た人なんているんだろうか?

 ところが、彼女の場合はそれだけで十二分過ぎる肩書きを持っているにも関わらず、更に凄まじい肩書きも持っている。

 誰かが言った、

 

『この世界のは二つの企業がある。それはガルーダカンパニーとそれ以外だ』

 

 と。

 どっかで聞いた事のある文言だなという感想はさておき。

 ガルーダカンパニー。

 それは世界的な……いや、世界の半分を取り仕切っていると言っても決して過言ではない程超巨大総合企業の名だ。

 そして、その企業の創立から運営までを行ってきたのが四鵬堂グループ……つまり、四鵬堂空姫の一族なのである。

 この一族には、世間一般とは一風変わった風習があり、経営を継ぐのは基本的に世襲制である物の、後継者の能力が、現役の経営者の能力を上回った時点で世代交代をさせると言う、完全実力主義の部分があるのである。

 そんな一族に生まれた彼女は、なんと、13歳の時にはその才能の高さを周囲に示し、そのとき現役だった先代当主、つまり彼女の父親を引退へと追い込んだのだった。

 当初はその余りの年齢の若さ故か、周囲からその能力に疑問を持つ者も少なくなかったが、彼女は当主へと就任後、たった数ヶ月で企業全体の業績を7%も引き上げるという、桁違いの偉業を成し遂げ、その疑問の声をいとも容易く吹き飛ばしてしまったのだ。

 当然、その年齢故、今のガルーダカンパニーには建前上の経営者が別にいるが、実質的に企業全体を動かしているのは彼女であるという事は誰が見ても明らかだった。

 そんな、とんでもない事を成し遂げた少女の事を報道機関の連中が放って置くわけがない。

 世界最高の企業の実質的指導者が、年端も行かない少女である事。

 その上、その少女が、この世の物とは思えないほどの美少女であれば尚更だ。

 当然の如く、彼女のことは連日連夜、それこそ見ない日がないくらいに報道された。

 そのどれもが、彼女の美しさ、もしくはその能力の高さを称えていた。

 ところがある日、その報道がぴたりと無くなった。

 新鮮味が無くなったかからと言う訳でもないのに、ありとあらゆるメディア、それこそ全世界全てである。

 誰もがその事を不思議に思っていた時、突如として、多くの報道関係者がとある会場に集められた。

 理由は告げられず、ただ四鵬堂の名前で集められたのだ。

 そして、困惑する記者達がざわめく中、それは現れた。

 一人の凛々しい顔つきの少年をボディーガードのように引き連れた、四鵬堂空姫その人である。

 その美貌だけで喧騒を一瞬で沈めさせ、そして振袖姿でしずしずと歩くその立ち振る舞いだけで圧倒されてしまい、誰もが声を発せ無かったそうだ。

 静まり返る会場の中、その桜色の唇を開き、鈴のような心地良い声を発した。

 その内容はこうだ。

 

『私が許可を出した物を報道する事は良しとしましょう。けれど、今後私の許可を得ないで、勝手に私の事を報道した場合は――潰れて頂きます』

 

 彼女はそう淡々と告げお辞儀を一つ、それだけを言い残して会場を後にした。

 一切の質問を許さず、本当にそれだけである。

 余りにも短い説明に、集まった報道関係者も呆然。説明不足と言うにも甚だしい四鵬堂空姫の真意を図りかねた。

 そんな中だった。

 発表から数日後、とある雑誌が四鵬堂空姫の写真が載った雑誌を発売したのだ。

 雑誌の見開きにでかでかと載った写真は、恐らく車に乗る所なのだろう、左手で零れる長い髪を耳の後ろにかき上げながらドアを潜ろうとしている様は、何気ない仕草だと言うのに、それだけで芸術のように見えた程だ。

 しかし、それはどう見ても盗撮である事が明らかで、とてもではないが本人の許可が出ているとは思えない。

 果たして、その事に四鵬堂空姫がどう対応するかが注目される中、それは起こった。

 端的に言おう。

 

 ――潰れたのだ。

 

 そう、文字通りに、潰れたのだ。

 その雑誌を発行した編集部のみならず、雑誌社、それに係わった印刷会社すら纏めて翌日には倒産の憂き目に合った。

 それを偶然だと思ったのか、もしくは偶然だと思い込みたかったのか、今度は海外の他のメディアが四鵬堂空姫の別の写真を入手し、報道した。

 それすら一夜で潰された。

 今度は別の会社が報道し、潰された。

 そんな事が2回、3回と続くうちにようやく彼らは理解したのだ。

 微塵の容赦も。

 情けも。

 慈悲も無く。

 彼女の言った事は全て真実だったのだと。

 誰が信じられるだろう。

 財政難に苦しんでいたわけでもなく、いたって順調に運営されていたはずの会社が、たった一夜で潰れるなんて。

 しかし、それは事実として知れ渡る。

 なにせ彼女は言ったのだ。

  

『勝手に私の事を報道した場合は――潰れて頂きます』

 

 真意もなにもありゃしない。

 それは事実であり、最終警告であり、結果だ。

 彼女はただただ本当の事を、ありのままの表現で言っていただけなのだから。

 報道関係者、各社は驚愕した。いや、恐怖したと言い換えても良いだろう。

 なにせ絶好の取材対象が天敵になったようなもんだ。

 フリーのカメラマン、パパラッチと呼ばれるような人物達から写真を買ったとしても、それを雑誌に乗せてしまうと会社が潰されるのだ。

 そんな恐ろしい物、とてもじゃないが買い取れるわけが無い。

 そんな経緯もあって、関係者の誰もが彼女の事を報道するのを諦めかけていた。

 そんな時だった。

 とある地方の、それこそマイナーな情報誌を僅な部数発行しているだけの小さな雑誌社が、四鵬堂空姫の写真が掲載された雑誌を発売するという情報が出回ったのだ。

 誰もが地方の弱小雑誌社が何を、と嘲笑いつつ、これまでと同じように取り潰される事になるだろうと考えていた。

 ガルーダカンパニーの、ひいては四鵬堂の力を見せ付けられる為の墓標がまた一つ増えるだけだと、そう考えていた。

 ところが、結果はそうはならなかった。

 発行された雑誌は問題なく店頭に並べられ、それまでの経緯も手伝って、増刷につぐ増刷で驚異的な売り上げを記録し、その雑誌社も問題なく運営を続行したのだった。

 一体何故潰される事はなかったのか?

 答えは簡単だ。

 

『私が許可を出した物を報道する事は良しとしましょう』

 

 そう、その言葉の通り、その雑誌社は四鵬堂空姫本人に正式な許可をもらったから問題なかったのだ。

 そして気が付いた。

 一番最初に写真を掲載した雑誌社が容赦なく潰されてしまった事が印象に強すぎて、四鵬堂空姫の写真を使用する事と、会社を潰されてしまうという事を、イコールで結んでしまっていたのだと。運悪く、一番最初の雑誌社が無断で四鵬堂空姫の写真を使った事で生まれてしまった誤解だったのだと。

 それに気が付いたマスコミ各社の動きは早かった。

 連日、取材の申し込み、テレビの出演依頼が殺到。

 未だに四鵬堂空姫の扱いは難しいものの、その影響力は計り知れず、メリットがデメリットを上回ったのだ。更に、きちんとした手順を踏みさえすれば、彼女は決して暴君ではないと理解したのだ。

 それ以降、これまでの2年間、四鵬堂空姫の姿をテレビや雑誌等で見ない日は無くなった。

 そんな彼女の性格を表現するとすれば、冷静、冷徹、冷酷。

 品行方正で、何事に対しても丁寧な物腰であるものの、誰に対しても平等に不平等で、相手が誰であろうと親族以外には、誰一人として対等な立場を許しはしなかった。

 例えソレが大国の首領であったとしてもだ。

 礼と敬意を欠く相手には容赦しない。

 嫌いなモノは分をわきまえない人間と無礼な口利き……ようはタメ口だ。

 以前、彼女がテレビ番組に出演した際、番組進行役の大物人気毒舌系芸人がネタ的な意味で、彼女を『空姫ちゃん』呼ばわりし、あまつさえ笑いのネタにしてしまった事があったのだが、なんとその次の日には、その司会者が芸能界を引退する事になってしまったというのは、嘘のように聞こえるかもしれないが実際にあった逸話だ。

 ようするに、『私と話をしたければ最低でも敬語を使いなさい。舐めた態度と口利いてるとシメるわよ』って事だ。

 超おっかねえ。

 彼女の凄い所は、それが脅しでもなんでもなく、実際にやると言ったらやるところだと俺は思う。

 そんな事もあってか、一時は敬遠されがちになるかと思われていたのだが、実際はその逆だった。

 超が付くほどの人気が出たのだ。

 なんでも、その誰にも媚びず自分を貫く姿に憧れるのだとか……正直、俺には良く分からん感性だ。

 更には、彼女が普段から振袖を好んで着ている事から、それを真似た女子中高生の間では和服ブームが起こり、社会現象にもなった程である。

 以上のことから、当時はまだ13歳だった小娘に日本、いや、世界は翻弄された結果になったのだ。

 そんな事を退屈紛れにつらつらと考え、俺は額をコツンと車窓に当てて溜息を吐いた。

 吐いた息で窓ガラスが白く曇った。

 

「……ほんと、雲の上にいるような連中の考える事はわっからねえよな」

 

 そんな呟きで思考を打ち消し、再び視線を車窓へ戻してみる。

 景色は流れ、もうすぐ俺が生まれた町の風景が見えてくるところだった。

 

 

 駅に到着して、今度は自転車に乗り換える。

 後もう一踏ん張りというところなのだが、ここからがまた滅入ってしまう。

 なにせ自宅に向かう途中にある、1キロメートル以上はある長い坂道を、えっちらおっちらと登らなければならないのだ。

 この長い坂道を、否応無く、小、中、高校と登ってきたおかげで、何部にも所属していない俺だったが、持久力だけなら運動部の連中にも負けないくらいあるのが密かな自慢だ。

 そんな苦行を乗り越え、熱を持った太ももが限界間近の悲鳴を上げそうになる寸前、ようやく自宅に到着だ。

 閑静な住宅地にある一軒家。

 住宅地の中では一番端っこで、その向こう側には大きな森が広がっている。

 田舎の住宅によくあるように、農家でもないのに敷地は広く、正確な広さは聞いた事がないので分からないが、150坪は超えているだろう。

 これは何も自分の親が金持ちだからではない。

 田舎だから土地が余っていて安いのだ。まあ、最近ではこの近所も住宅地開発されてきていて、ここ2、3年前から急激に一戸建てが増え始め若干手狭な感じがしてきたが、それ以前からあるような家の敷地は押しなべてこんなもんだ。

 ポケットから家の鍵を取り出し、玄関の扉を開ける。

 ただいま、と声を上げると、誰も居ないと分かっている家に大きく響いた。

 俺の両親は共働きだからいつもの事だ。

 トントントン、と。

 軽い足取りで階段を登る。

 左に折れ曲がって一番奥にあるのが俺の部屋だ。

 2年前に改築したばかりで、まだ真新しさが残るその白い壁紙の中にある木製の扉を開ける。

 すると、見慣れた部屋の景観が俺の帰りを出迎えた。

 机。

 ベット。

 テレビ。

 パソコン。

 ゲーム機。

 本棚。

 ――そして、一つの異物。

 いや、異物と言うには存在感がありすぎるか。

 

「――あら、今日は少し遅かったのね。退屈したわよ、マコト」

 

 俺のソファーに優雅に腰掛ける、桃色の振袖姿の人類史上最高の美少女。

 

 ――四鵬堂空姫が、俺を出迎えたのだ。

 

 そして俺はそれに答える。

 至極当然のように。

 至極当然だから。

 

「……おう、ただいま」

 

 だって――

 

 ――四鵬堂空姫は、俺のお隣さん家に住む、幼馴染なんだから。

 


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