16話 来客
今日は配信も収録も学校もない。もちろん親戚はまだ来ていない。完全な一日丸々オフの日。朝から晩までゴロゴロだらだら、飯も適当にインスタントで済ませて、日がな1日の~んびり過ごそうかな。なんて思っていたのに………
「来ちゃった!」
現在午前11時。皇遥香襲来。
俺の幸せな休日、起床から1時間で終了。
な〜にが「来ちゃった!」だよ。来るなよ帰れよ。そもそもアポなしで家に押しかけんな。そして家には来るなって言ったはずだぞ。なんで来てんだよ。
「何しに来たんだよ」
「悠ちゃんの家に親戚の子が泊まりに来るんでしょ?どんな子なのか気になったから」
「来るの8月だぞ」
「へぇ…そうなんだ」
「………」
俺の親戚を一目拝みに来たのならもうここにいる必要はないはずなのに、遥香は動く気配すら見せない。帰る気がないのは火を見るより明らかだ。そして家に来てからず〜〜〜っと笑顔。今すぐにでもお引き取り願いたいところだが―――
「遥香さ、なんか悩み?っていうか嫌なこと?あっただろ」
「え?」
「さっさと入れよ、もてなしてやるから」
そう言って遥香を家の中に入れ、リビングのソファへと座らせて、俺もその横に座る。いつも配信は一人暮らしなのもあってリビングでしていたから本来であれば絶対に家には入れないところだが、親戚が来るからと配信場所を自室に移しておいたのが功を奏したな。
「何があったかは知らんが、気分落ち込んでんだろ?」
「よくわかったね……」
「笑顔がわざとらし過ぎる。そうやって嫌な気持ちを無理やり笑顔で覆い隠そうとするのお前の悪い癖だぞ。精神的なことは笑ってどうにかなる問題じゃないだろ?」
「うん…」
明らかにいつもより元気がない。心なしか顔色も悪いし、いつもなら俺にベタベタくっついてくるのに、それもない。それだけ精神的にまいってるってことなのだろうが、なんでこんなになるまで放っておいたんだか。
「とりあえず、なんでそんなヘラっとるん?」
「………わかんない」
「うんうん、あるよね〜そういうこと。わかるよぉ~とりあえずハグでもしとく?」
「へ?」
こういう精神的にあれな時は人肌が恋しくなる。そしてついでに自尊心がかけらもなくなる。少なくとも俺はそうだった。だから、アホほど甘やかす。これが正解だとは思わないけど、精神を病んだ人間というのは何をしでかすかわからないものだ。最悪の場合、この家が事故物件になりかねん。
「ハグってストレスを半減させる効果があるんよ。知らんかった?」
「知ってたけど……いいの?」
「ダメだったら提案してないからな?ほら、来い!」
「う…うん!」
大きく広げた俺の腕の中に遥香が飛び込んできて俺の背中に腕を回し、それに呼応するように俺も遥香の背中に腕を回して抱きしめる。
(少し痩せたか?ご飯もちゃんと食べてんのかな。アイドルだから体型管理とかしなきゃなんだろうけど、これは痩せ過ぎじゃないか?事務所は何してんのかねぇ。今度、遥香のお友達料はもういらないって言う時、ついでにそれとなく伝えておこうかな)
俺を抱きしめる力がどんどん強くなっていく。まあまあ痛い。この細い身体のどこにこんなバカ力を秘めているんだか。遥香が俺の耳元で囁く。
「ねぇ、悠ちゃん」
「ん?」
「好きって言ってよ。私のこと愛してるって」
「え、やだ」
なんなのこの子、急にクソ面倒くさくなるやん。そんな頼まれて口にする心のこもってない「好き」とか「愛してる」に意味なんてないやろ。そんな「好き」とか「愛してる」とか軽々しく口にする奴なんて大抵下心持ってるだろ。知らんけど。
「嫌……なの?」
「嫌っていうか、なんか違うくない?そういうのは自分から言ってなんぼでしょ」
「そう……だね…」
「てことでぇ!!いきなりやるのか!愛してるゲーム!!」
説明しよう!
愛してるゲームとは、その名のとおり「愛してる」と交互に言いあって、先に照れた方が負けという、飲み会やカップルの間などで行われているゲームなのである。
遥香の要望に応えつつ、この何とも言えない空気をどうにかできる。まさに最高の一手! のはず……。
「先行は譲ってやるぜ!」
「………」
「やらん?」
「……やる」
「なら俺後攻で。いつでも始めていいぞ?」
遥香が俺の膝の上に座り、互いの鼻が触れ合いそうなほどに顔を近づけて口を開く。
「愛してる」
そう来るのか、気合入りすぎでは?当たり前だが、顔がいい。セリフもしっかりと心がこもってる。流石は芸能人。俺がただの一般人だったらかなり動揺してただろうな。
「ん、ありがと」
残念ながら、俺はただの一般人と呼ぶには少しばかり遥香とほ関係が深すぎる。もう10年以上一緒にいるから、今さらこの程度で動揺するほど初心じゃない。
「むぅーーー!!!」
遥香がいかにも不服というような顔をしている。
今さら俺が恥ずかしがるとでも思っていたのだろうか。
「好き」だの「愛してる」だのこれまで何度も言われてきたんだからとっくの昔に慣れたっての。
「次は俺の番な?ほら、そこの壁に背中つけて立ちな」
向こうが先に仕掛けてきたんだ、俺のシチュボとセリフ読みで鍛えた囁き力を存分に堪能させてやるわ。
俺が今からやるのは“足ドン”。壁ドンの足バージョン的なやつだ。淡井リクエストのシチュボこれをするシーンがあったから実際にやったことはあるんだよね。
「じゃあ、やるぞ?」
「いいよ!ばっちこい!」
「ふんっ!!!」
遥香の隣、腰辺りの高さのところを右足で蹴る。
が、
「痛ってえぇぇぇぇ!!!!」
足をつった。
「あ、つった。待って、つった。ヤバい、つった」
「っっ………!!」
痛みに悶えてる俺を見て、遥香が笑いを堪えている。
本来であれば、遥香の耳元で愛を囁いて恥ずかしがる遥香を眺めるつもりだったが、遥香が笑顔になれたのなら結果オーライかな。
「遥香……」
「あ、ごめん…」
「そういう自然な顔の方が可愛いぞ。俺の好み」
「えっ………」
おー照れてる照れてる。耳まで真っ赤じゃん。やっぱり、普段明るいからこういう自然な顔の方が似合うんだよな。
「あ、そうだ。話変わるんだけどさ、遥香って昼飯食べてきた?」
「お昼?まだだよ」
「どこか食べに行く?今、うちにはちょっとお高めのカップ麺くらいしかないんだけど」
アイドルにカップ麺は流石にダメってわけじゃないだろうけど、あんまり良くないだろうし、遥香のマネージャーに文句言われるだろうな。嫌われてるから。
「一緒に食べていいの?」
「夜までいるんだろ?」
「え?」
「え?」
もしかして、俺は勘違いしていたのか?てっきり、遥香は夜まで俺のもとにいるつもりだと思って俺はもてなすつもりだったがマジで会って終わりのつもりだったの?
「夜までいてもいいの?」
「もちろんいいけど、夜になったら帰れよ?送ってやるから」
「え〜」
「え〜、じゃないの。俺を殺すつもりか?」
家に入れた時点で多少のことは覚悟していたが、そのまま一夜を明かされたら、もうそれはそういうことじゃん?アイドルがそれはマズイじゃん?俺の家バレてるじゃん?去年、あんなこともあったじゃん?今度こそ死ぬじゃん!
「もう、昼飯はカップ麺な?」
「でも体型管理が……」
「いいんだよ、少しくらい。2人だけの内緒な」
「うん!」
こうやって内緒で食べるカップ麺って、深夜のラーメンと同じで、背徳感で美味しさが3割増くらいされるんだよな。
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その後、一緒にゲームしたり、買い物に行ったり、料理したりしてすごしてから、夜には寮までしっかりと送り届けた。
ちなみに、後日、Halkaに男の影!?的な記事が書かれていたらしい。




