15話 夏休み
「夏だ!海だ!長期休暇だー!」
今日から夏休み。ただ、9月の1日から始業なこと、8月は親戚が来ることを踏まえると、実質俺の夏休みはあと2週間弱しかないと言っても過言じゃない。配信もできないし。
「ま、俺は海に行かないんですけどね……」
・泣くなってぇ
・ワイらがおるからな
・ナカーマ
「ちょっ、マジでみんな聞いて?この前女子と話しよった時にさぁ」
・女子と話だと?
・おっとぉ?
・流れ変わったな
「クラスメイトがね?俺の話し相手の女子だけ海に誘ってさぁ、その子に断られたんだけどね?なら春色でいいやと言わんばかりに俺を誘いよってん。酷くない?」
・酷くない
・誘われてんじゃねぇか
・自分で断ってんじゃねぇか
あれって結局、俺が誘いに乗ったら遥香も来るからそれが狙いなだけで、来るのが俺一人だった場合ただただ嫌な顔されるから実質断る以外の選択肢ないんだよな。遥香の周りの奴らって撮った写真すぐネットに上げるし。なぜかそれで遥香のファンを名乗るアカウントから俺に苦情が来るし。俺は遥香の親じゃないっつーの。
「まぁそれはどうでもいいんだけどね」
・どうでもいいのかよ
・気にしてないのかよ
・気にしろよ
「だって、そんなことより俺のシチュボの方が大事じゃない?」
・大事だわ
・出るんか!?
・wktk
「てことでぇ!浮気して皐月ちゃんにガン詰めされるボイス発売決定です!」
・イェーイ?
・冒険したな
「これは淡井リクエストね」
・ウッソだろ、おい
・マジかあの人
・後輩に何やらせてんだ
あの配信の後、朝起きたらシチュエーションどころか台詞とか効果音とか全部事細かに書かれた文が送られて来てた俺の気持ちを考えて欲しい。マジで怖かった。と言うか反応に困った。そしてあの人はよくもまぁ俺と事務所で会った時に普通に会話出来たな。おれは藍田先輩とは別にこれも原因で飯食い行くの渋ってたってのに。
「ちなみに今回はおまけでNGシーン付いてるよ」
・NGシーン?
・ブルーレイの特典みたいな?
「どっちかと言うと、ト〇・ス〇ーリーのエンディングみたいな感じかな」
・そっちか
・あれいいよね
・わ か る
「あと、もう一つ宣伝なんだけど、8月はいろいろとグッズの販売があるらしいよ。もちろん、俺のもね」
・それマ?
・ゴリさんグッズ初じゃないっすかぁ!
・夏?グッズ?水着!?
とは言っても俺のグッズはそんなに沢山は生産されないんだけど。まあ、事務所内だと俺が1番登録者数少ないからそれは仕方ないかな。白黒先輩はガッツリ描き下ろしで水着姿のグッズが出るらしいし。
「俺は水着は着ないぞ?」
・え?
・着ろよ
・水着姿を見せてくれよ
「え〜面倒くさいけんこれでいい?」
・ええやん
・推しの水着姿やん
・もうこれでいいや
フリー素材のゴリラにフリー素材のビキニを適当に貼り付けただけの控えめに言ってもクソみたいな画像。なんでこれが許されるのか本当にわからない。この調子じゃ、普通に可愛い俺のガワが水着着ただけだと受け入られない可能性すらあるな。どうやったらネタ枠から脱却できるんだろ。
「宣伝もそこそこにして。俺今リビングにおるんやけどさ、ちょっと試したいことがあるんよね」
そう言って俺はパソコンをリビングのテーブルの上に置いたままキッチンへと向かう。
「こうやってリビングで配信してる時にキッチンから喋ったら擬似的に同棲気分が味わえる配信できるかなって思ったんだけど……これ、コメント読めないわ」
結構いい案だと思っていたのだが、何故こんなにもつ初歩的なことに気づけなかったんだろう。リスナーさんの反応次第ではいろいろ工夫するが……まあ、ほぼ確でボツかな。
「みんなどうだった?」
・何が?
・おかえり
・急に黙ってどうしたん?
・何か言ってたか?
・何も聞こえなかったぞ
「うそん…」
盲点だった。まさかキッチンからだと声が遠すぎてノイズとして処理されるとは……当たり前と言えば当たり前だが、こんなの気づけるわけないじゃん。トラップだよトラップ。
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今日から夏休み。
悠ちゃんには家に来るなって言われた。私に恋するファンの人たちが怒るから。また悠ちゃんに被害が及んだら、今度こそ本当に私の前から居なくなっちゃう。
そんなの絶対に嫌だ。
悠ちゃんがいないと私は生きていけない。
この世界で唯一、私を見てくれる悠ちゃん。
悠ちゃんの前でだけ、私は“私”でいられる。
私がアイドルになってからみんな変わった。
パパもママも元々お友達だった人も私とお友達になりたいっていう人もみんな、私のことを『Halka』って呼ぶ。
だんだん、『遥香』と『Halka』どっちが本当の自分なのかわからくなっていった。
でもただ一人、悠ちゃんだけは違った。
悠ちゃんだけは、私のことを『遥香』って呼んでくれた。私が困ったとき、助けてくれた。私が落ち込んだとき、隣にいてくれた。私が辛いとき、寄り添ってくれた。私が悲しいとき、慰めてくれた。私がいじめられたとき、守ってくれた。
悠ちゃんだけは、今も変わらずに“私”を見てくれる。
悠ちゃんの前でだけ、私は『遥香』でいられる。
私の大好きな悠ちゃん。
悠ちゃんがいるから、私はアイドルになった。
悠ちゃんがいるから、私はアイドルを辞めない。
悠ちゃんがいるから、私は今日も笑って活動できる。
悠ちゃんがいるから、私は毎日幸せでいられる。
悠ちゃんがいるから、私は明日も生きようと思える。
それなのに、みんな悠ちゃんが私の隣にいる事を嫌がる。
私のファンを自称する人たちが悠ちゃんを私から離そうとする。
それも全部、アイドルは恋愛禁止という凝り固まった価値観のせいだ。
男性と一緒にいると恋人だと言われる。写真を撮られる。それがSNSで拡散されて炎上する。たとえその男性が存在を明かされていた、人生の半分以上の時を共にした幼馴染であっても。
私は悠ちゃんが大好き。もちろん、恋愛的な意味で。
私は悠ちゃんを愛してる。悠ちゃんと恋仲になりたい。
でも、彼らはそれを許さない。
ファンだ。って、好きだ。って私にそう言ってるのに、私が幸せになることを許せない人たち。
直接会話をしたことなんてほんの数回しかないのに私のすべてを知った気になって恋愛感情を抱く人たち。
私が異性と接する事を自分だって異性で私のライブにまで来たくせに異常なまでに嫌がる人たち。
みんな私と悠ちゃんの恋を邪魔する。
みんな悠ちゃんを嫌って悠ちゃんに心ない言葉を投げかける。
挙句の果てには、悠ちゃんをストーキングして殺そうとする人まで現れた。
悠ちゃんが死んじゃったら、もう二度と会えない。
もしもそうなったら、私はアイドルを辞めるし、多分そのまま悠ちゃんの後を追う。
でも、そんな結末は誰も得をしない。悠ちゃんだって殺されるのは嫌に決まってる。
だから、ストーカーの一件以来悠ちゃんとの距離は今までより遠くなった。
私もこの決断に異論はない。悠ちゃんには私と一緒に長生きしてほしいから。
今はもう、無理にお願いすることも悠ちゃんが折れるまで粘ることもない。
でも、悠ちゃんが家に女を連れ込むっていうなら話は別だよ。親戚とはいえ女は女。悠ちゃんのママと親戚の仲が悪くて悠ちゃん本人が親戚の事をあまりよく知らないのも私は知ってる。それにあの時、「伯母さんに聞いた」、「女の子らしい」って言ってた。それって誰が来るのか知らないってことじゃない?ダメだよ、悠ちゃん。そんな不用心なこと。
悠ちゃんは知ってるのかな?親戚でもいとこやはとこくらい離れてたら結婚できるんだよ。万が一にもその子が悠ちゃんに惚れちゃったらどうするの?
悠ちゃんの隣に女の子は私一人だけでいいの。
それだけは他の誰にも絶対に渡さない。
しっかりと釘を刺しておかないと。
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せっかくの長期休み。偶には配信も何もしないでダラダラするだけの日があってもいいと思う。今日はしっかりと身体を休めて、明日からまたガッツリと配信しよう。
ピンポーン
そんな思惑はたった一人の来客によって打ち砕かれた。
「来ちゃった!」




