13話 日常
「とりあえず、昨日俺のことを最初に捨てゴリって言ったやつと初配信のときに俺のことを最初にバ美肉ゴリラって言ったやつは磔刑に処すことにします」
・何だ何だ
・朝から物騒だな
・こわ〜
「君らにはわからんさ……清楚なキャラで行くつもりだったのに着々とゴリラ系Vtuberへの道を歩んでいる俺の気持ちはなぁ!」
・清……楚……?
・初配信で下ネタ言ってる人が清楚はちょっと……
・ゴリラじゃなかったの?
・ゴリラだよ
・血液型もB型だよ
「ゴリラじゃねぇし俺の血液型A型だし。そもそも、全員血液型がB型なのはニシローランドゴリラだけだし、なんならマウンテンゴリラだとA型とO型しかいない―――」
・詳しいな
・同族だから
・マウンテンゴリラさんだから
完全に墓穴を掘ってしまった。なんで俺はゴリラ雑学を披露してるんだよ。これじゃあ自分からゴリラ系Vtuberへの道を歩もうとしてるじゃん。
「俺だってさぁ、チヤホヤされてぇんだよ、ガチ恋されてぇんだよ、裏でストリーマー囲って姫プされてぇんだよ」
・最低だこいつ
・不純すぎて笑う
・お前男だろうが
「うわ〜そんなこと言うんだぁ〜萎えたわ〜めっちゃ萎えた。もう8月は配信しません」
・またそんなこと言って
・8月は夏休みだろうが
・冗談も休み休み言え
・配信しろよ
「いやごめん、今回はマジ。昨日伝えようと思ってたんだけどね。諸事情により8月は配信できません」
・え
・え
・え
諸事情というのも、俺の親戚の子がうちの高校の体験入学に来るからその間俺の家に泊まるから。しかも、ついでと言わんばかりに東京満喫するつもりで1ヶ月も居るらしい。1週間でいいじゃんとも思ったが、俺みたいに身寄りがなくなったわけでもないのにわざわざこっちに来るってことは親子間で何かあったのかとか考えると断れなかった。ちなみに、この来る親戚の子に俺は母さんの葬式で会ったことがあるらしいが、まったくもって記憶にない。というか、母さんの葬式のことは、大人たちが誰が俺を引き取るかで揉めていたことしか覚えてない。
「みんなごめん、マジで詳しいことは言えないんだけどね、あの〜うちにちょっと人が来るから、配信しちゃうと身バレしちゃう」
・なるほど
・ほなしゃーないわ
・頑張れよ
「まあ、そんな感じで今月中に配信しまくるぞー!!!!」
・おー!
・おう
・おー
「てことで行ってきまぁす!!!!」
・この流れで!?
・もうそんな時間か
・いってら
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「悠ちゃん、おはよ〜」
「おはよう、いいところに来たな」
今日からまたいつも通りの毎日。とは言っても、あと数週間後には夏休みなんだけど。数週間我慢すればこのワガママ女王と1ヶ月近く会わなくてよくなるってだけで気が楽になるな。
「はいこれ、悠介くん特製クッキー。先週頑張ったご褒美にあげる」
「ほんとに!?」
「本当だよ、ここで嘘つく意味ないだろ」
「あー」
遥香が急に餌を待つ雛鳥のように口を大きくあけた。この行動について間違いなく正解であろう言葉が脳内を駆け巡ったがそれが正解だと思いたくない。というか、10年以上一緒にいて今さら分からない訳がないがそれを認めたくない。理解できてしまう自分が嫌になる。
「何してんの?」
「何って、食べさせてくれないの?」
「するわけねぇだろ、舐めてんのか」
ふざけやがってよぉ、そんなに食べさせてほしけりゃ金払えってんだよ。その行為どころかそういうボイスでも金払う人だっているんだぞ。あ、いいかもな、皐月ちゃんにあーんしてもらうボイス。今朝送られてきてた先輩からの怪文書の次はそれにしようかな。
「悠ちゃんのケチ……」
「ケチで結構。遥香さんにはもう少し自分の職業を理解してもろて」
「いいじゃん、ちょっとくらい」
「あのなぁ、遥香とたった数分対面するためだけに大金払う人だっているんだからな?去年までの距離感でいたら今度こそ死ぬって」
去年ですら地元にいた時よりは離れてたのにアレだったからな。流石に変わらざるを得ない。こうやって変わった人間を死地に連れ戻そうとしている遥香はただのバカなのか、はたまた実は俺のことが嫌いなのか。どっちなんだろう。
「わかったらおとなしく自分で食え、な?」
「やだ!!!」
「OK、わかった俺に喧嘩売ってんだな?いいよその喧嘩買ってそのまま転売してやるよ」
「痴話喧嘩の最中に悪いんだけど、ちょっといい?」
俺と遥香の間にクラスメイトが割って入ってきた。テスト前のときといい、こいつらは俺と遥香の間に割って入るときに俺の気に障るようなことを言わないといけない決まりでもあるのか?何をどう見たらこれが痴話喧嘩になるんだよ。
「夏休みにみんなで海に行こうって話になってるんだけど、遥香ちゃんもこない?」
悠介くんもいるよ?君の眼前には悠介くんもいるんだよ?海に行こうって誘うのを俺の前でやる必要あるか?話遮られた上で誘われなかった男の気持ちも考えろよ、俺のいないところでやれや。非常識な野郎だな。
「うーん、ごめんね?そういうのは事務所からあんまりやらないでって言われてるの」
「そうなんだ……高橋は?」
「え?」
なんでここで俺に振ってくるんだよ。お前絶対に遥香が無理だから俺でいいやってなっただろ。最初から誘う気だったら2人同時に聞けばよかったじゃん。明らかな妥協枠として誘われるのは流石に傷つくよ?誹謗中傷とはまた別の方向性で傷ついちゃうよ?
「ごめん、俺もパス。夏休みは親戚が家に来るからさ、あんま家空けたくないんだよね」
嘘は言ってない。8月は夏休み真っ只中だし、家に来るのは親戚で年下とはいえ会った覚えがないから実質他人だし。他人を自分の家に一人にするのはさすがに怖いから嘘は言ってない。
「あっそ、じゃあね」
それだけ言ってクラスメイトは去っていった。腹立つわぁ〜なんやねんあいつ。
「あいつ殴ってきていいかな」
「ダメだよ悠ちゃん、それだとこっちが悪くなる」
「そういう問題?」
「そんなことより悠ちゃん、家に来る親戚って女?」
「え?」
なんでそんなこと聞くんだろうとか、遥香に関係ないだろとかいろんな感情というか言葉が浮かんできたが、そんなものどうでもいいくらい遥香の目が怖い。口元は笑ってるのに目がまったく笑ってないしめちゃくちゃ威圧感があるというか、女性で男性の俺より力も弱いはずなのになぜか絶対に勝てないと思った。
これまでの経験からして、ここは適当に嘘ついてやり過ごすべきなのだろうが、残念なことに親戚は8月中ずっといる。遥香相手に1ヶ月も隠し通せる訳がないし、バレたときがマジで怖い。ここは正直に話しておいた方がいいかも。
「い…一応伯母さんから聞いた話だと女の子らしいけど…」
「へぇ…」
怖い、怖いよ。何も言われないって逆に怖いよ。なんで「へぇ…」だけなんだよ、やめてくれよ。絶対面倒なことになるじゃん、勘弁してくれよ。あの一見人畜無害な元気っ娘のどこにこんなとんでもねえ威圧感が隠れてんだよ、怖ぇよ。
「ねぇ、悠ちゃん」
「はい、なんでございましょうか」
「夏休み、一緒にお祭り行こっか」
「へ?」
予想に反して可愛げのあるお願い?だった。てっきり「親戚を来させるな」とか言われると身構えていたから少し呆気に取られた。その場合俺が高校卒業後に住む家がなくなりかねないから全力で断ってたけど。
「いや、だから親戚が……」
「その子も一緒に来ていいから」
「いやでも…」
「いいよね?」
「………はい」
断れなかった。これで俺の夏休みは配信できない上に遥香と会わなければいけなくなった。だがこれは、ポジティブに考えると、夏祭りなら遥香が俺の家に来ることはないだろうから、Vtuberやってることがバレる可能性は限りなく0に近い。1日面倒なかわりにその日は確実にVのことがバレないことを喜ぼう。




