機密情報 前編
鍋島と室田が戻ると若林と今西、粕谷が話し込んでいた。
若林は鍋島たちが戻ってきたのを確認すると粕谷に後は頼むと言って今西と鍋島たちを連れて病室を出て行く。
今西の車に乗りこむと今西は事務所へと車を走らせた。
「深屋智子の死に上田京子が関わっているようです。先程、稲田貴子の病室に吉村さんと佐竹さんがいました。それと深屋智子と上田京子、田口昌大は稲田拓人になりすまし悪事を働いていたようです」
鍋島が言うと室田も話す。
「木崎敏行は望月和美さんの自宅にいます。この女性が上田京子です。その上田京子と望月正嗣がいる場所も調べましたよ」
二人の話を聞いて若林はニヤリと笑う。
「室田さんは望月正嗣の事件を追ったほうが良さそうですね」
室田はそれを聞いて笑う。
鍋島と今西は上田京子の写真を見せてもらった。
先日、今西が佐竹から見せてもらった写真の女性だった。少しずつ繋がってくる。
上田京子と深屋智子と田中昌大が本当に拓人の偽者だったのだと思う。
「さすがですね。それでは私はこの辺で」
そう言って室田は車を降りた。
今西の運転で一旦事務所に戻り若林を降ろす。
時計は十六時四十分を表示している。
今日の打ち合わせはホテル星華の菅田だ。十七時の約束までまだある。
若林からあの死体のことを調べるように言われているが、通常の仕事も並行してやらなければならない。
今西の運転でホテルに向かいながら、今日の打ち合わせの内容を確認していく。
打ち合わせ場所に指定されたのはカフェ ラ・ポーズだ。
丁度最後の客を見送ったところだったのか、松本がカフェの入り口で挨拶をしていた。
鍋島と今西は客が立ち去るのを少し離れたところで待っていると後ろから声をかけられた。
「久しぶりね」
チャペル担当の宇佐美響子が立っていた。
チャペルでは来週末からイベントがあると菅田から聞いていた。今日もそのイベントの準備の為にこの先にあるフラワーガーデンに向かう途中なのだろう。
「お久しぶりです。宇佐美さん、来月のイベントで何かやりますか?出来れば取材させていただきたいのですが」
鍋島が聞く。
「そうね……。毎年恒例の春祭りイベントを盛り上げてくれるかしら」
宇佐美は少し考えて笑みを浮かべながら言う。宇佐美の考える時間が結構曲者だと鍋島は思うが営業も欠かさずしておく。
実際、宇佐美が担当するチャペルの評判はいい。それというのも、宇佐美の企画力なのか策略なのか分からないがホテル星華の総支配人、田辺がチャペルのイベントに来ていた女性と結婚したのだ。
それ以外にも偶然旅行でホテルを利用した男性とチャペルのイベントに来ていた女性が何組か結婚したのを話題に取り上げたら、瞬く間に縁結びの聖地と言われるようになってチャペルイベントは大盛況を見せている。
鍋島も何度かイベントの取材をしているが反響は良い。
「ぜひ。打ち合わせはいつにしましょうか」
鍋島が聞いた。
「出来るだけ早い方がいいわね。来週の火曜日なんてどうかしら」
宇佐美は笑顔で言った。
「火曜日なら空いています」
「お昼過ぎににチャペルに来てもらえるかしら」
「分かりました。伺います」
丁度、前日が流星群の撮影日だ。深夜にまで及ぶ撮影のため、翌日は午後からの出勤になっている。
宇佐美に返事をした後で妙な胸騒ぎがして宇佐美を見送ると急に不安が押し寄せてきた。
「鍋島さん。宇佐美さん、なんか怪しい笑みを浮かべていませんでしたか?」
今西が不安そうに聞いてくる。
「あぁ。拙ったかもしれないな」
鍋島も宇佐美の表情の変化を感じて一気に不安になる。
「逃げられるでしょうか?」
今西が聞いてくる。
「難しいだろうな。覚悟するしかないか」
鍋島と今西が断る理由を必死にひねり出そうとしているとき、松本が声をかけてきた。
「大丈夫ですか? なんか宇佐美さんに捕まっていたみたいですが」
「捕まった」
半分投げやりに鍋島が答えると松本は苦笑いをしていた。
「最近、宇佐美さんイベントのたびに誰かをくっつけようと画策していますから。気をつけてたほうがいいですよ」
松本の話に、チャペルの次のターゲットは鍋島になるだろうとその場にいた三人の共通認識になった。
松本の顔からはご愁傷様という言葉が聞こえてきそうだ。
鍋島はため息を一つした。
田辺さんもこうして捕まったのだろか。
その後、三人でラ・ポーズに行くと既に菅田が待っていた。
「遅くなりました」
今日はカウンターではなく奥の四人掛けの席に座り打ち合わせを始める。
松本がイベントで出す予定だと言ってコーヒーを出してきた。
この間とは香りが違っていた。
佐伯も幾つかケーキを出してくる。
今西が隣のテーブルにコーヒーとケーキを並べて写真を撮り始める。
ホテルからはイベントに出す料理が運ばれてきて、今西がその写真も次々と撮っていく。
その間に鍋島は菅田からイベントの詳細を聞く。
日替りのイベントとホテル内での料理のメニューをきいて記事の内容を纏める。
「そういえば、研究所から3日後に発表があると連絡がきました」
佐伯がデザートのフルーツを出しながら言ってきた。
鍋島は顔を上げた。
「あれ?ご存知なかったですか?研究所も事件の目処がたったようです」
佐伯が言う。
「目処がたった?」
鍋島が聞き返す。
「研究所の情報を流出させた人物が捕まったそうですよ」
鍋島は稲田拓人が探っていた内容だと気になった。
「ホテル星華も関係しているので今度のイベントの時に発表しようと田辺さんとも話しているのです」
佐伯が言ってきた。
「関係している?」
鍋島はどんなことだろうと気になったが
「まだ、教えられませんよ」と佐伯は笑顔を見せ、詳しくは教えてもらえなかった。
「ホテル星華は研究所と繋がりがあるのですか?」
鍋島が疑問に思って聞いてみる。
「あの研究所の土地は元々ある企業が持っていた土地を借りて始めた事業だと聞いている。それから数年毎にあの一帯を少しずつ買い取っていったと聞いたことがある。ホテルの駐車場の一部もその企業から借りている土地なんだ」
佐伯が言ってきた内容に驚く。
あの研究所がこの街に来たのは三十年くらい前だと聞いた事がある。その当時は稲田家が幅をきかせていた全盛期だ。その当時からあの研究所一帯の土地を所有していたなら稲田家となんらかの関わりがあったはずだが佐伯はそれ以上、詳しくは知らないようだ。
そのあとはイベントの話に戻ったため鍋島も詳しく聞きそびれてしまった。
取材を終え、佐伯と松本からケーキとコーヒーを手土産にもらった。
「そういえば、数日前、菅田さんがかなり急いで帰って行くのを見かけたんですが何かあったんですか?」
イナダタクトが見つかった時だ、菅田が車で猛スピードで堤防沿いの道を走らせていた。鍋島がついでのように聞くと二人は気まずそうな表情を見せる。
何か悪いことでも聞いたのかと思ったが、聞き返そうとしても二人はいろんな理由をつけてそそくさと仕事に戻ってしまった為、聞きそびれしまった。
「どうしたのですか?」
写真を撮り終えた今西がやって来て、聞いてきた。
「先日の菅田さんの様子を話したら、何故か逃げられた」
「えっ?」
今西も驚いていた。
その後、鍋島と今西は店を出て駐車場に行く途中、見覚えのある人物を見かけた。
研究所の所長をしている菅田の父親だ。
鍋島は無言で追いかけていく。
今西も気がついたようで、ついてきた。
チャペルの入口で宇佐美が菅田の両親を出迎えていた。
菅田の両親がチャペルの建物に入ったのを見届けてから鍋島たちは建物の正面にある、フラワーガーデンに向かう。
建物の正面は想像していた通り海側のドアが開いていて中の様子が全て見えた。
部屋の中央にはテーブルがあり、菅田と菅田の両親が座っている。
少しすると奥の部屋から女性がやってきて菅田たちのテーブル席に着いた。
宇佐美が何か話しているが、遠すぎて何を話しているのか聞こえない。
四人からは笑い声が聞こえる。
すると、奥から料理が運ばれてきて、和やかな雰囲気で食事が始まった。
「どういう関係でしょうか?」
今西が聞いてくる。
「おそらく……」
鍋島が言いかけた時、背後から声が聞こえてた。
「邪魔しないでね」
鍋島たちは驚いて振り返る。
「何をしているのですか?」
鍋島が聞く。
「お見合いかしら?」
宇佐美が笑顔で言う。
「お見合い?」
鍋島が聞き返す。
「先日、菅田さんのご両親の結婚記念日で食事をすることになってたんだけど、菅田さん、すっかり忘れて佐伯さんと松本さんと今度のイベントの打ち合わせをしていてすっぽかしたのよ。佐伯さんと松本さんも悪いと思ったみたいで私に頼んできたの。それでついでに菅田さんに紹介したい人がいたからここで食事を兼ねて紹介しようと思ってね」
宇佐美は笑顔を見せた。
「田辺さんみたいに捕まえたのですか?」
思わず、口をついて出てきた言葉だった。
菅田が捕まったと思った。
「捕まえたなんて人聞きの悪いこと、言わないでよ」
宇佐美はそんなんじゃないわよと手を振りながら言うが、鍋島は疑いの目を向ける。
「彼女の父親もあの研究所に勤めていて、菅田さんの父親の同僚なんだって、彼女もあの敷地内の家に住んでいるのよ。それでこの間、彼女のお母様とイベントに来ていて、菅田さんの話題になったの」
「そうだったんですか」
鍋島は研究所の関係者がここにもいたと少しだけ期待する。
「何かあるのよね」
鍋島の思惑は宇佐美にはバレているようだ。
「研究所に忍び込んだ稲田拓人の事が聞きたいのですが、菅田さんの父親に話せませんか?」
「食事が終わったら時間を作るわ」
宇佐美は仕方がないわね、貸しよと微笑みながら言った。
宇佐美の返事に鍋島は心の中でガッツポーズをする。
宇佐美は鍋島たちをチャペルの別室に案内して軽食まで用意してくれた。
今西と用意された食事を食べながら何を聞くのかと確認をして待った。
2時間ほどして宇佐美が迎えに来た。
鍋島たちは菅田の両親がいる部屋に行った。
菅田の父親は鍋島たちを見てすぐに気がついたらしく別室で話をすることになった。
菅田と女性は菅田の母親と帰って行った。
鍋島は稲田拓人のことを知っているかと聞くと菅田の父親は少し考えていた。
「稲田拓人が研究所に忍び込もうとしたのですがご存知ですか?」
鍋島が聞いた時、今西は稲田拓人の顔がハッキリ見える映像をタブレットに表示させ見せた。
「稲田拓人と言う人物が研究所に忍び込もうとしたのは確かです。警察からも説明されましたから」
菅田の父親は鍋島の顔を見てハッキリと言った後、
「この人が稲田拓人ですか?」とタブレットをじっくり見ていた。
「はい。この写真の男が稲田拓人です」
今西が答えている。
「そうですか。申し訳ないのですが、担当が違うので私は防犯カメラの映像をしっかり見ていないので、稲田拓人という人物の顔を知らなかったのです。この男が稲田拓人ですか」
「何か知りませんか?いま、稲田拓人を探しています」
鍋島が言うと菅田の父親は首を傾げた。
「稲田拓人は死んだと警察は言っていましたよ」
「そうなんですが、本当に稲田拓人が死んだのか確証が持てなくて」
鍋島は澤谷と佐伯の話を聞いて違和感を感じていた。
「警察からは稲田拓人は死んだと聞かされました。私はそれ以上知りません」
菅田の父親の言葉は淀みがない。本当に稲田拓人を知らないようだ。
「情報流出の目処がたったそうですね」
鍋島が言うと菅田の父親はため息をついた。
「彼は会社の規定違反で処分されることになりました。やっと解決するのです。これで一安心です」
菅田の父親は安堵の表情を見せた。
鍋島はそれ以上の情報が聞き出せないと思って、お礼を言って帰る事にした。
事務所に戻ると若林は研究所から取材の許可が出たと言ってきた。
時間と場所を聞いて鍋島と今西は取材の準備をする。
「先程、佐伯さんから情報流出の目処がたったと聞いたのですが所長は何かご存知ですか?」
鍋島が聞くと若林は流出した人物は捕まったと言ってきた。
「誰ですか?情報流出犯は」
「望月病院の入院患者であの研究所の従業員だそうだ」
鍋島は若林の話にまた望月病院か、と思った。
「そういえば、あの研究所の土地ですが、元々、ある企業が所有していたらしいのですが何かご存知ですか?」
鍋島は若林に聞いてみる。
「あの土地か……。三十年くらい前までは個人の所有だったはずだな。所有者が亡くなって相続税を払うために所有者の息子が売ったはずだ」
「詳しいですね」
鍋島は始めて聞く内容だ。どうして若林がそこまで知っているのか疑問に思う。
「その息子はオレの同級生だ」
「えっ?」
確かに若林の家族も代々この街に住んでいるからその話に納得する。
「誰に売ったのか知りませんか?」
鍋島はダメ元で聞いてみた。
「多分知りたいと思って、さっき同級生に聞いておいたが、昔の話だからはっきり覚えていないみたいだった。たしか地元の銀行が買い取ってくれたみたいだと言っていた、その後、銀行側は、他の人に売ったみたいだと言っていた」
若林の話におかしなところはない。
「他の人と言うのはあの研究所ですか?」
鍋島は一応、確認する。
「違う。個人だそうだ。その個人に渡って暫くしてあの研究所が買い取ったと言っていた」
鍋島はその個人について聞いたがわからないと言われた。
3日後、鍋島たちは研究所に行き、取材をした。
研究所の発表は今まで建物内で栽培していたのを路地栽培に切り替えるという内容だ。肥料や土地改良は今まで研究していた内容を使い栽培すると言った。
そして、その路地栽培場所は先日、鍋島たちが見た空き地だった。
その土地のことを聞くと、以前から付き合いのある企業が手配したと言われたが、どの企業かは教えてもらえなかった。
研究所の取材の帰り道、鍋島たちは先日の空き地に立ち寄った。
鍋島は車を降りて柵で囲まれている土地周辺を見渡すと大きな看板の前まできた。
その看板には館林工業とあった。
研究所の本社の名前だ。
今西もやって来た。
「ここ一帯が一つの会社が所有していたとは気づきませんでした」
今西が驚きを口にする。
柵で囲まれた場所は野球のグランド、10個分くらいある広さだ。
柵の外側にも空き地があり、現在も民家が取り壊されている。おそらく、いずれここも研究所の土地になるのだろうと思った。
鍋島は記憶を辿るが、この土地が売りに出されたという話は聞いたことがない。
それなら水面下で取引が行われていたことだろうか。
佐伯が言っていた三十年くらい前に出来た会社はかなり商売上手だと思う。
昔、研究所に土地を売り、今回もこれだけの土地を売ったのならかなりの資産家だと思う。
それか、研究所の系列会社が所有している土地なのだろうか?
稲田家が衰退して行くのを横目に土地取引に成功した印象を持った。
そして、三十年前というフレーズが気になった。
「なぁ、ここの土地を所有していた会社の話を聞いたことはあるか?」
鍋島は今西に聞いてみた。
「ないですね。土地の売買は噂になりますから。そんな話は一度も聞いたことがないのが不思議です。誰でしょうか?」
「その会社が出来た時期も気になるんだが」
鍋島が目の前に広がる土地を眺めながら言う。
既に周囲に柵がつけられていて、残っていた民家も全て取り壊されていた。
トラックで土が運び込まれていてトラクターが土を耕していた。
「これだけの土地を用意するだけの資金を持っている会社ですよね。どこの企業でしょうか?」
今西が広大な敷地を眺めながら言った。
「そうだな、稲田家に代わる人物だろうな」
鍋島が口にするとなにかが、引っかかった。
「そういえば、望月病院の土地は稲田家が買ったと言っていたよな」
鍋島が以前、聞いた話を思い出す。
「確かに、そのお金で望月病院の経営を立て直したと聞きました」
今西も思い出したようだ。
「それだけのお金が稲田家に残っていたのか?」
「それもそうですね。それに三十年前だと、稲田拓人が生まれた頃ですね」
今西も話しながら考えこむ。
鍋島は周囲を見渡すが人通りは皆無だ。
それもそのはずだ、この辺り一帯が研究所の土地になっている。
鍋島は看板に書かれている連絡先と担当者をメモして車に戻る。
鍋島はふと思い立ってホテル星華の総支配人の田辺に連絡を入れてみた。
研究所の取材で分かったのは今後、この土地で作られた作物の一部はホテル星華で使われると言っていた。
その確認をしたかった。
ホテルに電話をして総支配人の田辺に取り次いでもらう。
田辺に駐車場のことを聞くと、企業秘密だと言われた。
仕方なく、研究所から仕入れる食材で提供される料理について取材の申し込みをした。




