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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第57話 起きれば英雄

 昼前の空いたラーメン屋の暖簾をくぐり、カウンター席に二人並んで座って醤油ラーメンと餃子を頼み、水を飲んだ。

 店内のテレビから流れる探索者関連のニュースでは、最近世界各地のダンジョンで魔力密度が微妙に下がっているという報告が相次いでいるらしく、専門家がカメラの前でそれを解説している。

 栞が画面を見ながら、「夢の世界が安定したから、現実側にも影響が出てるのかもしれないわね」と言った。

「そういうもんなのか」

「夢の世界と現実は繋がってる。独裁者がいなくなれば、現実側の何かが変わってもおかしくない」

 俺はテレビを見たが、専門家は原因不明だと言っている。

「……俺たちがやったこと、誰も知らないんだな」

「知る必要もないわ」

 栞がさらりと言った。

「あなたが社畜で解雇されたこと。二十時間眠ったこと。欠片を集めたこと。夢の世界へ行ったこと。全部、誰も知らない」

「……まあ、そうだな」

 俺は水を一口飲んだ。

 配信では映らずコメント欄も届かなかったため、最深部での戦いは俺と栞だけのものだったが、それでいい気がした。

 運ばれてきたラーメンから湯気が立ち、醤油のいい匂いがする。

 俺はレンゲを手に取った。

「うまいな」

「当然でしょ。ここ、いい店よ」

「昨日も来たのに、今日もうまい」

「そういうもんよ」

 餃子も来て、二人でしばらく黙って食べた。

 テレビでは引き続きダンジョンの魔力密度低下についての話が続いているが、原因が分かっている俺は言うつもりはない。


 ◇


 食べ終わって店を出ると池袋の昼の光が眩しく、栞がスマホを見ながら歩いていた。

「つむぎさんから来てる」

「何て」

「『いつ来ますか』って。昨日から三回目よ」

 昨日Sランクダンジョンへ潜る前に「今日潜ります」と送り、素材を持ち帰ると約束していたのだ。

「今日行くか」

「そうしましょう。あの人、待ちきれなくなってるわよ」

 俺は収納の奥を確認した。

 Sランクダンジョンの最深部で夢渡りの番人を倒した後に拾ったものや、帰り道で倒した魔物からのドロップ品が入っており、Aランク素材とは質が明らかに違う。

「つむぎさんに返信してくれ。今日行くって」

「もう打った」

「早いな」

「あなたが遅いのよ」

 スマホをしまいながら先へ歩き出した栞の後を追いながら、俺は収納の奥にある、つむぎが「本当の限界に挑める」と言っていた素材の感触を確認した。


 ◇


 池袋の裏通りへ入り、雑居ビルの地下への階段を下りて重い鉄扉の前のインターホンを押すと、いつもよりレスポンスが速かった。

「は、はいっ! 来ましたか!?」

 感嘆符が声に乗っている。

「来ました」

「ちょっと待ってください! 今開けます! ガチャガチャ……」

 三重ロックが慌ただしく外れる音がして扉が開くと、ピンクのショートヘアにタンクトップとエプロン姿で腕に火傷の跡があるつむぎが、内側から俺たちを見て目を丸くした。

「……来た」

 さっきの慌ただしさが一瞬で静かになり、感嘆符なしの職人の顔になっている。

「入ってください」


 ◇


 工房に通されると、いつもと違って作業台の上に形が違う三つの素体が並んでいた。

 一つは細身の短剣の素体、一つは少し幅のある中型の刃、もう一つは栞の骨杖に合わせた形の何かだ。

「……準備してたのか」

「してました」

 つむぎが作業台の前に立ち、素体を一つずつ手で示した。

「朝倉さんの主武器が二刀流なのは分かってます。翠嵐の刃の速度特化ラインと、黒淵の紅刃の重撃ラインを、それぞれSランク素材で上書きする想定で三パターン用意しました。神城さんの杖の先端部分も別途強化できます」

 自分で気づいていないようだが早口だった。

「あと構想だけなら、さらに二パターンあって、素材の組み合わせ次第では付与の方向性を変えることも——」

 止まって口を両手で押さえ、耳まで赤くなった。

「……す、すみません。取り乱しました」

「いや、全部聞きたい」

 俺が言うとつむぎが顔を上げる。

「……本当ですか」

「Sランク素材で何ができるか、全部聞かせてくれ。監督は俺だけど、技術的な判断はつむぎさんの方が正確だ」

 つむぎが少しだけ目を見開いたあと、エプロンの裾をぎゅっと握りしめた。

「……分かりました。全部話します」


 ◇


 素材の特性や付与の方向性、二刀流スタイルに最適な重量バランスに、栞の骨杖の魔力伝導効率をさらに上げる方法など、つむぎの説明は三十分続いた。

 一度止まりかけるたびに口を押さえて赤くなりながらも全部話しきったつむぎの説明を俺は黙って聞き、栞も途中から身を乗り出していた。

「……以上です」

 つむぎが最後にそう言った時の顔は赤かったが、目は真っ直ぐだった。

「全部聞いた」

 俺は収納を開き、Sランクダンジョンで拾ってきた素材を一つずつテーブルに並べていく。

 つむぎの動きが止まった。

 一つ拾い上げて光に透かし、鑑定をかけてまた次を拾うつむぎの手は震えておらず、表情も動いていない職人が素材と向き合っている顔だ。

 全部並べ終わると、つむぎが一度だけ深く息を吸った。

「……揃ってます」

「全部使っていい」

「……本当に?」

「つむぎさんが一番いいと思うやり方でやってくれ」

 つむぎが素材とこちらを交互に見てから、小さく頷いた。

「……分かりました。やります」


 ◇


 合成が始まると、つむぎが素体を手に取って素材の配置を確認し、接合面を微調整する指先の動きに迷いはなかった。

 俺は合成ウィンドウを展開する。

 成功率はAランク素材の時と同じ78%と表示されたが、つむぎが継ぎ目を調整するたびに数字が82%、88%と上がっていく。

 つむぎが工具を置いた。

「……できました」

 表示された成功率は97%だった。

 翠嵐の刃の時は100%だったが、今回はSランク素材の密度が高すぎて完全な噛み合わせには届かなかったらしい。

「どうする」

「やってください」

 つむぎが即答した。

「97%は十分です。それより、この素材を眠らせる方が勿体ない」

 俺は確定を選び、ポンと軽い電子音が鳴る。

 次の瞬間、翠嵐の刃の時の深い翠緑でも黒淵の紅刃の時の漆黒でもない、夢の世界の空気に似た静かで深い白に近い光が作業台の上を包んだ。

 光が引くと、作業台の上に一振りの刃が置かれている。

 俺は鑑定をかけた。


『名称:暁嵐の刃』

『付与効果:夢渡り加速(夢の気配の中で攻撃速度が極大上昇)、風属性強化(大)、回避補正(大)』


「……名前が変わった」

「翠嵐の刃が、素材を吸収して上位に変化したんですね」

 つむぎが静かに言った。

「夢渡り加速……夢の気配の中で速度が上がる付与、ですか。Sランク素材から生まれた付与で、私には見たことのない効果です」

「夢の世界で使えば、速度がさらに上がるってことか」

「そうなります」

 栞が横から口を開く。

「夢の世界に、また行くことがあるなら」

「……ああ」

 師匠が言っていた「また来られる。忘れないでくれ」という言葉を思い出し、次に行く時はこの刃が最大に機能するのだと確信した。


 続けて黒淵の紅刃を素材に当てると光が収まったあと刃の色が変わっており、漆黒の中に夢の気配と同じ色の光の筋が走っている。


『名称:深淵の魔刃』

『付与効果:夢断ち(夢の気配を持つ存在への特攻)、魔力絶断(大)、装甲貫通(極)』


「夢断ち」

 栞が読み上げた。

「夢の気配を持つ存在への特攻……独裁者みたいな相手に特化してる」

「もう使う機会はないかもしれないけどな」

「……あるかもしれないわよ。まだ夢の世界は回復中なんだから」

 そうかもしれない。


 つむぎが栞の骨杖を受け取り、先端部分を静かに確認する。

「神城さんの杖は、先端の結晶を換装します。Sランクの魔力結晶を使えば、魔法展開速度がもう一段上がります」

 三十分後、骨杖の先端が新しい結晶に換装され、翠緑だった色が深い白に変わっていた。

 栞が杖を手に取って魔力を通すと、先端の結晶が淡く光る。

「……速い」

 栞が静かに言った。

「今まで一手かかっていたバフの展開が、ほぼゼロになってる」

「素材が違うとこれだけ変わる」

 つむぎが珍しく少しだけ口角を上げた。


 ◇


 全部の作業が終わり、作業台の上に完成した二本の刃と骨杖が並んでいる。

 つむぎが三つを並べて少しの間見つめ、それからエプロンの裾を両手で握りしめた。

「……朝倉さん」

「何だ」

「また来てください」

 いつもの小動物みたいな声ではなく、真っ直ぐな声だった。

「次はもっといいものを作ります。素材が来るたびに、私も上を目指します」

「必ず来る」と俺は頷き、つむぎが「……はい」と深く頭を下げた。


 ◇


 工房を出て池袋の裏通りを歩くと、ビルの隙間から夕方の光が差し込んでいる。

 骨杖を持ちながら栞が言った。

「つむぎさん、変わったわね」

「そうか?」

「初めて会った時は、目も合わせられなかったのに」

「……まあ、そうだな」

 俺は腰の二本の刃を確認した。

 暁嵐の刃と深淵の魔刃に名前が変わっても、握った感触はまだ翠嵐と黒淵の面影がある。

「慣れるのに少し時間かかりそうだな」

「すぐ馴染むわよ。あなたいつもそうでしょ」

「そうか」

 しばらく歩いていると、タブレットをバッグからしまいながら栞が何かを思い出したように言った。

「ねえ」

「何だ」

「烈さんから来てる」

「何て」

「『配信、見ていたか』って」

 俺はスマホを開き、烈からの一言だけのテキストを確認した。


『配信、最近途切れていたな』


 Sランクダンジョンの最深部と夢の世界では配信が届かなかったため、視聴者には長い空白時間として映っていたはずだ。

 俺は短く返す。


『少し奥まで行っていました。また始めます』


 すぐに『そうか。待っていた』とだけ返信が来たのは、いかにも烈らしかった。

「……古参アピールが抜けないな、あの人」

「悪くないでしょ」

 栞が小さく笑った。


 ◇


 タワマンへ帰り着き、リビングに入って装備を外すと、暁嵐の刃と深淵の魔刃を壁際に立てかけた。

 栞がソファに腰を下ろす。

「明日から、また潜るわよ」

「ああ」

「Sランクダンジョン、素材をもっと集めたい」

「つむぎさんへの約束もある」

「ええ」

 俺は手順通りにいつも通りにコーヒーを淹れ、カップを栞の前に置いて向かいに座った。

「ねえ」

「何だ」

「英雄って、こういうもんなの」

「何が」

「世界を救ったのに、翌日からまたダンジョンに潜るの」

 俺は少し考えた。

「……俺は英雄じゃないけどな」

「カルーンは伝承通りだって言ってたわよ」

「伝承がどう言おうと、俺はただ眠っただけだ」

「眠って、世界を救ったのよ」

「……まあ、そうか」

 俺はコーヒーを一口飲んだ。

「でも明日からも眠る。それは変わらない」

「それが一番強いんでしょ」

「そうだな」

 栞が窓の外を見ると、池袋の夜景が広がっている。

「……悪くないわね、こういうの」

「何が」

「何も変わらないのに、何かが終わった感じ」

 俺は少し黙ってから「……そうだな」と答えた。

 コーヒーが冷めてきた。

 明日また、眠る。

 選んで、起きて、拾う。

 それだけだ。

 それだけで、ここまで来た。

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