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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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53/58

第53話 Sランクの底と、いつもの膝

 朝のタワマンのリビングに光が差し込んでいる。

 テーブルの上に翠嵐の刃、黒淵の紅刃、強化レザーアーマーといった装備を並べ、消耗品の残量などをひとつひとつ確認していくが、問題はなく全部揃っていた。

 栞がソファでタブレットをスクロールしながら、呆れたような声を出した。

「ねえ、見てる?」

「掲示板か」

「そう」

 俺もスマホを開く。


 探索者掲示板 寝落ちニキスレ Part.387


 1001 名無しの探索者

 昨日の試験配信見たやつ集合

 頭おかしくなりそうだから語り合ってくれ


 1002 名無しの探索者

 神城さんが烈さんに詰めたとこ

 何回見ても意味わからん


 1003 名無しの探索者

 以心伝心+自己バフで烈さんの剣を捌いてた

 支援魔法使いがやることじゃない


 1004 名無しの探索者

 しかも同時に寝落ちニキが凛さんに詰めてたわけで

 二人がそれぞれSランクを寸止めしたってこと?

 普通に歴史的瞬間じゃないの


 1005 初心者マニア ◆fAnAtIc.Yu

 だから言っただろ

 あいつらは二人で一つのシステムだと

 最初からずっとそうだった


 1006 名無しの探索者

 同接3人から見てたやつが言うと重みが違う


 1007 名無しの探索者

 で、次はSランクダンジョンに行くんだよな

 正気か


 1008 名無しの探索者

 行くだろうな

 あいつらが止まった試しがない


 スマホを置いた。

「……『正気か』って書かれてるな」

「毎回言われてるわよ」

「まあそうか」

 栞がタブレットを閉じて立ち上がると、スマホが震えた。

 つむぎからだった。


『今日潜ります、という連絡ありがとうございます。待ってます。絶対持ち帰ってください』


 感嘆符がない。

 いつもなら三つも四つもつくのに、今日は一つもない。

「つむぎさんから」

「何て?」

「待ってるって。感嘆符なしで」

「……それは本気ね」

「だよな。プレッシャーのかけ方が上手い」

 栞が小さく笑った。

 収納の奥で、道標の石が脈を打っている。

 いつもとは違い、急かすような熱ではなく引き寄せるような静かで確かな鼓動だ。

「道標の石、今日は引っ張られる感じがする」

「引っ張られる?」

「これまでは熱で教えてくれる感じだったけど、今日は方向がある。向こうから呼ばれてる感覚に近い」

「……それ、最深部に近いってことじゃないの」

「たぶんそうだ」

 栞が少しだけ目を細めた。

「行くわよ」

「待って、コーヒー飲んでいくか」

「……早く飲みなさい」


 ◇


 池袋ギルドに着き受付カウンターへ向かうと、顔なじみの受付嬢が俺たちを認めた瞬間にいつもの営業スマイルが一拍だけ止まった。

 止まってからまた戻ってくるが、いつもと少し質が違っている。

「Sランクの入場登録をお願いします」

 俺が言うと、受付嬢は端末を操作しながら静かに口を開いた。

「……承知しました。手続きを進めます」

 手続きが終わり真新しいSランクの入場証が渡されたので受け取ると、受付嬢が深く頭を下げた。

「……お気をつけて」

 営業用の言葉じゃなかった。

「ありがとうございます。行ってきます」

 俺が返すと、受付嬢が少しだけ顔を上げて、また深く頭を下げた。


 ◇


 池袋から少し離れた場所にあるSランクダンジョンの入口は、専用の転送ゲートから飛んだ先も他のダンジョンの入口とは雰囲気が違う。

 周囲に人がおらず案内板も最小限で、そもそも来られる人間が限られているからそれで十分なのだろう。

 ドローンを起動すると、コメント欄が一気に流れ始めた。


『Sランクダンジョンだ!!』

『ついに来たか!!』

『昨日Sランク取ったばかりで即潜入するんかい』

『正気か正気か正気か』

『神城さんの顔が真剣すぎて笑えない』


 他のダンジョンより明らかに重厚な入口の扉は、金属ではなく見たことのない黒い石材で作られており、表面に細かい紋様が刻まれている。

 触れると指先がじんとした。

「……なんか、触れただけで手が痺れるんだけど」

「それだけ魔力が濃いってことよ。扉の素材自体が帯魔してる」

「入ったら全身これか」

「そうよ。覚悟しなさい」

「……まあ、覚悟はしてたけどな。思ったより早かった」

 栞が短く息を吐いた。

「行くわよ」

「待って、今度は俺が言っていいか」

「どうぞ」

「行くか」

「ええ」

 扉を押し開けた。


 ◇


 わかった。

 烈が「今まで潜ったどこよりも濃い」と言っていた意味が。

 扉をくぐった瞬間、空気が変わった。

 重い。

 Aランクダンジョンの魔力密度とは次元が違い、肌に張り付くというより全身を内側から押し返してくるような圧がある。

 静かすぎる。

 音の吸われ方がおかしく、足音が短く消えてドローンの駆動音がいつもより遠くに聞こえる。

「……空気が気持ち悪いな。重いというより、濃い」

「Aランク帯の三倍じゃきかないわ。押し返されてる感じ」

「烈さんがここに潜り続けてたのか。どういう神経してるんだ」

「同じこと言えばいいじゃない」

「……俺たちも大概だな」

 栞が小さく鼻を鳴らした。

 俺たちは前へ進んだ。


 ◇


 最初の遭遇戦まで、それほど時間はかからなかった。

 通路の奥から現れた四足歩行の魔物は全身が暗紫色の甲殻で覆われていて関節部分だけが鈍く光っており、高さは俺の胸元ほどで見た目はAランク帯の魔物と大差ない。

 だが、近づいた瞬間に分かった。

 殺意の密度が違い、空気を読んで動いている。

 ただ向かってくるのではなく、こちらの動きを見ているのだ。

「……こいつ、俺の動きを観察してる。ただ突っ込んでこない」

「Sランク帯の魔物はそういうものよ。本能じゃなく判断で動く」

「厄介だな」

「だから面白いんでしょ。行きなさい」

 目を閉じた。


 ◇


 真っ黒な空間にコマンド画面が浮かぶ。

 最適解が出るまでの時間が一瞬だけ長かったのは、気のせいかもしれないが確かに感じた。

 Aランク帯の魔物とは処理の重さが違い、システムが相手の動きを読むのにもう一手かかっている。

 迷わず選択した。


 ポン、と電子音が鳴る。


 ◇


 翠嵐の刃が滑るが、相手が動きを変えた。

 読まれている。

 最適解が軌道を修正し、黒淵の紅刃が差し込まれる角度が変わって甲殻の継ぎ目を捉えた。


 ズバッ。


 倒れる。

 パチリと目を開けた。

 倒せたが、手数がAランク帯の三倍はかかった。


『あれ、今回手数多くない?』

『Sランク帯の魔物は動きの質が違う』

『最適解でも苦戦するの?』

『いや倒してるけど。でも明らかにいつもと違う』


「……手数、かかったな」

「SP確認して」

「思ったより減ってる。これが何十体も続くのか」

「続くわよ。最深部まで」

「……道のりが遠い」

「覚悟してなかったの?」

「してたけど、体感すると話が違う」

 栞が静かに言った。

「ペースを落とす。焦らず削っていくわよ」

「分かった。そっちのSP出力はどうだ」

「限界付近を常時維持しないと削れない。私もいつもより消耗が速い」

 俺は頷いて、前を見た。

 まだ先がある。

 道標の石の脈動が、一段強くなった。


 ◇


 遭遇戦が続くほど、消耗の速さが実感として積み上がっていった。

 Aランク帯では一戦ごとに数百のSPが減る程度だったが、ここでは一体倒すたびに桁が一つ違う勢いで削れていく。

 三体目を倒したところで、俺は足を止めた。

「……栞、今のSP残量、見せてくれるか」

「あなたが見せてって言うのは珍しいわね」

 栞が骨杖の先端を俺の方へ向けると薄いホログラムが展開され、俺のSPの残量が数字で浮かんだ。

「……思ったより減ってる。体感より速い」

「そうね。支援を出し続けてるこっちも同じよ。でも」

 栞が少しだけ目を細めた。

「以心伝心、確認した?」

「……してなかった」

 言われて意識を向けて接続の感触を探ると、澄んでいるのがわかった。

 夢の気配がこれだけ濃い場所なのに以心伝心のノイズが一切なく、カルーンが言っていた通り欠片十九個分の耐性がここで完全に機能している。

「……ノイズが出ない」

「ええ。私もさっきから確認してた。夢の気配がここまで濃いのに、接続が一番クリアよ」

「欠片19個分の耐性が、ここで機能してるんだな」

「そういうこと。SP消耗は激しい。でも以心伝心は今まで一番噛み合ってる。トレードオフね」

「……悪くない取引だ」

 コメント欄がざわついた。


『以心伝心の質が変わった?』

『なんか二人の動きがさらに噛み合ってる』

『Sランクダンジョンで以心伝心が強化されてるの?』

『意味わからん。ここ来るほど強くなるの?』


 俺は前を向いた。

 まだ先がある。

 道標の石の鼓動が、一段強くなっていた。


 ◇


 さらに進み、遭遇戦のたびに手数がかかって削られていく。

 六体目を倒したあたりで感覚に変化が出てきて、翠嵐の刃を握る手がわずかに重くなった。

 疲れではなく、SPが削れていくのと連動して身体の動きに微妙なラグが出始め、最適解の精度がSPの残量に比例して落ちているのだ。

「……動きが鈍くなってきた」

「SP危険域に入り始めてる。あと二体が限度よ」

「分かった。セーフエリアまでどれくらいだ」

「道標の石の反応から逆算すると、この通路を抜けた先にあるはず」

「じゃあ急ぐか」

「急いだらSPがもたないわ」

「……じゃあ急がないか」

「そういうこと。丁寧に行くわよ」

 俺は短く息を吐いて、前へ進んだ。


 ◇


 七体目。

 目を閉じてコマンド空間へ落ちる。

 最適解が出るが動きが一手多くなっているのは、SPが少ないからシステムがリスクを避けようとしているからだ。

 倒した。

 パチリと目を開けた瞬間、足元が少しだけ揺れた気がしたが、揺れたのではなく踏み込む力が落ちたのだと気づくのに一秒かかった。

「……優馬」

「分かってる。もう一体だけ行ける」

「本当に?」

「たぶん」

「たぶんって言う時は大抵ギリギリよ、あなたの場合」

 正しい指摘だった。


 ◇


 八体目。

 目を閉じるとコマンド空間が展開されるが、SPが危険域に入ってシステムが選択肢を絞りきれずにいるため、最適解が出るまでの時間が明らかに長かった。

 それでも選択する。


 ポン、と電子音が鳴る。


 翠嵐の刃が動くが速度がいつもより落ちており、相手が反応するのを黒淵の紅刃で軌道修正して継ぎ目を捉えた。

 倒した。

 パチリと目を開く。

 足元がまた揺れ、今度は本物で膝が一瞬だけ笑った。

「……やっぱりギリギリだったわね」

 栞が静かに言いながら、俺の隣へ歩み寄ってきた。

「セーフエリア、すぐそこよ。歩ける?」

「歩ける。ただ、次の一体は無理だな」

「無理に行かなくていい。今日はここまでで十分よ」

 通路の先に、石造りの小さな空間が見えた。

 セーフエリアだ。


 ◇


 セーフエリアに入った瞬間、魔物の気配が消えた。

 壁際まで歩いて背をもたれようとした俺の足がもう一度だけ揺れると、栞が素早く動いて壁に手をつき、その場にしゃがみこんだ。

「ほら」

 膝を差し出している。

 俺はそれを見て少しだけ迷った。

「……Sランクダンジョンの中でも膝枕なのか」

「文句あるの」

「ない」

「じゃあ早く寝なさい。SP空になったら次が動けなくなるわよ」

 俺は膝の上に頭を乗せた。

 石畳の床の冷たさと栞の体温が対照的に伝わってくる。

 目を閉じた。


 ◇


 コメント欄が爆発した。


『また膝枕だああああ!!』

『Sランクダンジョンでも膝枕するのかよ!!』

『もはや攻略必須スキルで草』

『待って今回SPの減り方やばくなかった? ギリギリだったぞ』

『笑えるけど笑えない 深刻度が違う』

『神城さんの顔が……赤くない?』

『いや照明の問題では』

『絶対赤い』


 ◇


 深い底へ落ちていく。

 真っ黒な空間に宝箱のシルエットが三つ並んでおり、今夜もボーナスが来るらしい。

 だが、今日はそれより先に気づいたことがあった。

 コマンド画面の端に、今まで見たことのない一行が薄く今にも消えそうな文字で浮かんでいた。


『夢の扉まで:残り1  最後の鍵の在処:この先』


 今まで「S級指定領域以上の魔力を検知」と表示されていた部分が変わっており、Sランクダンジョンのさらに奥に鍵があることを示している。

 宝箱を選ぶ前に、俺はその一行をじっと見つめた。


 ◇


 パチリと目が開く。

「……起きた」

「SP、全回復してるわよ」

 栞が言いながら、俺が起き上がるのを待った。

「膝、痺れなかったか」

「慣れてるわよ、もう」

 言い方が妙にさらりとしていたが、耳の先が少し赤い。

 俺は立ち上がりながらステータスボードを開いた。

 SP欄が満タンになっているのを確認してから、あの一行に目を向ける。

「栞」

「何?」

「道標の石のステータス表示が変わった」

「変わった? どう変わったの」

 俺はボードを栞の方へ向けた。


『最後の鍵の在処:この先』


 栞が画面を見て少しだけ黙った。

「……この先、って」

「このダンジョンの奥に鍵がある。場所が絞れてきた」

「ずっと『S級指定領域以上の魔力を検知』だったのに、この先になったの?」

「さっきまでここより魔力が濃い場所を探してた。でも今、ここに来たことで場所が確定したんだと思う」

「……道標の石、ここに連れてきてもらうのを待ってたのね」

 引き寄せるような鼓動。

 今朝感じた感覚の意味が、今になって分かった。

「今日はここまでにする。次は最深部まで行ける」

「ええ」

 栞が骨杖を構えて立ち上がった。

「帰り道、倒せそうな魔物がいたら稼いでいきましょう。つむぎさんへの土産があった方がいいわ」

「……気が早いな」

「あなたが持ち帰れって言ったんでしょ」

「俺はつむぎさんに言われたんだけどな」

 栞が小さく鼻を鳴らした。

 俺たちは来た道を引き返し始めた。

 収納の奥で、道標の石が静かに確かに脈を打ち続けている。

 この先。

 残り一個。

 鍵も、この先にある。

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