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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第47話 数字と、化け物

 タワマンのリビングに朝の光が差し込む中、向かいのソファでは栞がタブレットを見ながらコーヒーを飲んでいた。

 ちゃんと着替えてメイクもしている、昨日と同じいつも通りの横顔だ。

 俺も向かいに座って自分のコーヒーを手に取り、昨日よりちゃんとうまいことに内心ホッとしながら一口飲む。


「今日、どこから行く」

「三ヶ所、反応があるわ」

 栞がタブレットをテーブルに向けると、地図上に道標の石の反応ポイントが赤い点で三つ示されていた。

「池袋の東側のAランクが一つと、新宿寄りに二つね」

「サクッと午前中に終わるか」

「あなたが寝坊しなければね」

 俺は苦笑しながらコーヒーを飲み干した。

 昨日のあの一件については何も言わないし、栞も何も言わないが、俺たちにはこれくらいの距離感がちょうどいい。


「よし、行くか」

「ええ」


 ◇


 一ヶ所目となる池袋の東側のAランクダンジョンは、入口を抜けた瞬間から道標の石が熱を持った。

 収納の奥から伝わってくる脈打つような感触は、間違いなく欠片を持っているボスがいる証拠だ。

 やることは変わらず、遭遇した魔物を流れ作業で処理しながら最短ルートで階層を下りてボス部屋へ向かう。

「支援、乗せるわ」

 栞の杖から魔力の波動が広がったのを感じて、俺は静かに目を閉じた。


 ◇


 真っ黒な空間に移行し、いつものように『たたかう』のコマンドを選ぶとポンと軽い電子音が鳴る。


 ◇


 配信中のドローンの視界には一瞬の閃きが映っただけで、漆黒と翠緑の光が交差したかと思った次の瞬間には、もうAランクのボスが光の粒子に変わっていた。

 陽気なファンファーレが響く中、コメント欄がざわつき始める。


『今日も速っ』

『入ってから体感10分くらい?』

『普通のAランク探索者なら2時間かかるコースだぞ』


 ◇


 パチリと目を開け、床に転がった淡い光を拾って収納へ放り込む。

「……これで十四個目だな」

「ええ、順調よ」

 栞が道標の石の熱が落ち着いたのを確認して出口へ向かって歩き出し、俺もその後を追った。


 ◇


 二ヶ所目となる新宿寄りのAランクダンジョンでは、入口を抜けた瞬間から道標の石の熱がさっきより明らかに強かった。

 脈打つ間隔も速く、嫌になるほど欠片の気配が濃い。

「なんか反応、さっきより強くないか」

「気のせいじゃないわね。残りが少なくなってきてるからじゃない?」

「……かもしれないな」


 階層を下りて道中の魔物を半目で処理し、ファンファーレが鳴るたびに先へ進んでいく。

 ボス部屋の重い扉を押し開けると、中にいたのは天井まで届くほどの巨大な蛇型の魔物だった。

 全身を覆う鱗が黒光りして首から胸にかけて赤い魔力のラインが走っており、一本一本が剣のように鋭い牙を持つ頭部だけで俺の身長を超えている。

「……冗談だろ、でかすぎるぞ」

「道標の反応からしてかなり上位のボスだから、絶対に気を抜かないでね」

 栞の忠告に短く頷き、俺は再び目を閉じた。


 ◇


 真っ黒な空間に移行すると、いつも通り隣に栞の気配がある。


『巨大魔蛇 が あらわれた!』


 いつものコマンド画面が展開されると、栞が即座に指示を出してきた。

「鱗の継ぎ目は、顎の下と尾の付け根が薄いわ」

 俺が眠りに落ちる前のわずかな時間で既に弱点を割り出しているのだから、本当に優秀すぎる観測手だ。

「わかった、顎の下から入る」

「速度アップ最大から乗せて、入ったら防御ダウン最大を重ねるわよ」

「合わせる」

 俺が『たたかう』を選択し、栞が速度アップ最大を選ぶと、ポン、ポンと二つの電子音が重なった。


 ◇


 配信中のドローンの視界は、もはや人間の限界を超えた異様な光景を映し出していた。

 栞の魔法陣が展開されると同時に、俺の肉体が爆発的な踏み込みで地を蹴る。

 巨大魔蛇が石畳を割る勢いで頭部を振り下ろすが、俺の体はその真下をくぐり抜け、翠嵐の刃が顎の下の継ぎ目に正確に滑り込んだ。


『栞さんのバフ、また同時になってる』

『顎の下ピンポイントで狙いに行ったぞ』

『あそこ継ぎ目になってるのよく分かったな』


 栞の骨杖が角度を変え、防御ダウン最大が蛇の全身に叩き込まれる。

 黒淵の紅刃が尾の付け根の継ぎ目を抉り、翠嵐の刃が顎の下を削り続けた。

 巨大魔蛇が激しく身をよじって尻尾で床を叩き石畳が砕けるが、俺の肉体はその軌道を完全に予測した動きで躱し続ける。


『なんで動きが読めてるんだ』

『ドローン視点でも追いきれない速度だぞ』

『一人でやってるのに栞さんのバフが完璧に噛み合ってるのが意味わからん』


 数合の交錯の後、翠嵐の刃が顎の下の急所を完全に捉え、風属性の魔力が継ぎ目の奥まで届いた。

 巨大魔蛇の動きが一瞬止まり、その瞬間を待っていた黒淵の紅刃が尾の付け根の魔力核を断ち切る。

 ズバァッという音と共に巨体が崩れ落ち、石室全体を揺らすような轟音の後に蛇は光の粒子に変わった。


『倒した!』

『二刀流、マジで別次元だな』

『栞さんの弱点把握速すぎる』


 ◇


 パチリと目を開けると、床に転がった欠片が今日一番強く光っていた。

 拾い上げると指先にはっきりとした鼓動が伝わってきて、ボスのヤバさに比例しているのかと少し引いてしまう。

「これで十五個目ね」

「ああ、長かったような短かったような」

 俺が欠片を収納に入れると、道標の石の熱が静かに落ち着いた。


 ◇


 地上へ出ると、昼を少し過ぎた光が池袋の街に伸びていた。

 帰り道、栞がスマホを見ながら呆れたように報告してくる。

「掲示板が騒いでるわよ」

「何でだよ、いつも通りだろ」

「今日のペースが明らかに違うから、何かに急いでるのかって議論になってるわ」

 俺は苦笑して前を向いたまま答えた。

「急いでるのは事実だけど、配信の連中には関係ないな」

「そうね、余計なお世話よね」

 夕方前の人波が後ろへ流れていく中、俺たちは並んで家路についた。


 ◇


 タワマンに戻り、栞が作った夕飯を二人で片付けて食器を洗い、リビングに戻る。

 いつも通りの平和な夜だ。

 ソファに腰を下ろしながら、俺は欠片が十五個になり、残り五個という片手で収まる数まで来たことに少し感慨深くなっていた。

 果てしないと思っていた終わりが、確実に見えてきている。


 何となくステータスボードを開くと、Lv83、SP13000超、スキル二十六個というインフレした数字が並んでいた。

 見慣れた数字だが、一人で眺めていても特に面白いものではない。

 ふと視線を感じると、向かいの栞がタブレットを膝に置いてジト目でこちらを見ていた。

「……何か言いたいことがあるの?」

「いや、別に……」

 相変わらず鋭すぎる観測手にたじろぎながらボードを閉じかけたが、ふと思い直して止めた。


「……俺のステータス、見るか?」

 栞の動きが、一瞬だけピタリと止まった。

 タブレットから目を上げて、信じられないものを見るように俺の顔を見つめる。

「……本当に、私に見せてもいいの?」

 驚きよりも念押しするような確認の声だったが、俺はそれが何を意味するのか分かっていた。


 探索者のステータスは手の内そのものであり、スキルの構成からSPの最大値、弱点と強みがそのまま全部出るため、心底信用できる相手にしか絶対に見せないものなのだ。

 俺がこれまで一度も誰にも見せてこなかったのは、そういう危機管理の理由だった。

「俺が見せていいと思える相手が一人しかいないから、そいつに見せるんだよ」

 クサい台詞を言うつもりはなかったが、ただの事実を口にするとなぜか少し照れくさい。


 栞は少しの間黙っていたが、やがて「……わかった」と小さく言って、俺の隣のソファの端へ移動してきた。

 俺は少し緊張しながら、ボードを栞の前に展開した。


 ◇


 栞がボードを覗き込み、数秒間何も言わずに固まった。

「……Lv83」

「ああ」

「SP、五桁もあるじゃない」

「なんか気づいたらインフレしてたんだよ」

「スキルが二十六個って……どういうことよ」

「毎日コツコツおみくじ引いてたら増えた。俺もビビってる」


 栞はまた黙り込み、今度は少し長い沈黙の後にスキル欄を上から順番になぞっていく。

『連撃強化』のところでピタリと指が止まった。

「これ、新しいわね」

「連続攻撃のたびにダメージが上がるやつで、最近引いたんだ」

「さっきの戦闘で途中から明らかに削り方が変わったと思ったら、こういうカラクリだったのね」

「たぶんそれのせいだな」


 栞がボードの最下部までスクロールしてから、信じられないものを見る目で顔を上げた。

「……あなた、本当に化け物ね」

 ドン引きされていることに少し傷つきながら、俺は間を置いた。

「俺って、そんなにヤバいのか?」

 栞が額に手を当てて、深い深いため息をついた。

「……あなたって、自分が規格外だって自覚が本当にないのね」


 呆れ果てたように言ってから、彼女は少しだけ真面目なトーンになった。

「……ねえ」

「何だ」

「翠嵐の刃と黒淵の紅刃が、完全に馴染んでるわ。今日の戦闘を見てて分かった」

「……そうか?」

「最初につむぎさんから受け取った時はまだ少しだけぎこちなかったけど、今は違う。両手が最初から一本に繋がってるみたいに無駄なく動いてる」


 俺は自分の右手と左手を交互に見た。

「自分では夢の中で暴れてるだけだから、よくわからないんだけどな」

「私には見えるわ。それが観測手の仕事だもの」

 栞がボードを見つめたまま、静かに口角を上げる。

「見せてくれてよかった。これで、次からの支援の精度がさらに上がるわ」


 感動的な空気になるかと思いきや、結局合理的な理由に落ち着くのがこの人らしくて思わず笑ってしまう。

 俺はボードを閉じ、収納の奥で道標の石が静かに熱を持っているのを感じた。

 欠片は十五個で、残りは五個だ。

「明日も行くか」

「当然でしょ、寝坊なんかさせないわよ」

 栞がソファの端から自分の定位置に戻りながら、早くも明日の候補ダンジョンを調べ始めている。

 窓の外は、すっかり夜になっていた。

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