第44話 3人だった
朝、ギルドの受付で手続きを済ませていると、顔なじみの受付嬢が少し困ったような顔で声をかけてきた。
「朝倉様、本日も神崎様からご連絡が入っておりまして」
「またですか。暇なのかな、あの人」
思わず本音が漏れそうになる。
「はい。昨日と同じダンジョンに、今日も潜りたいとのことで」
昨日の今日でSランク様からの直々のご指名とは光栄すぎるが、断る正当な理由も思い浮かばない。
「わかりました。参加します」
俺が答えると、受付嬢は断られた場合の対応を考えて胃を痛めていたのか、心底ほっとしたように頷いた。
栞が横から口を挟む。
「今日は霧島さんじゃないんですか」
「はい。クランマスター直々のご連絡です」
栞が俺を見た。
「あの人、直接動くのね」
「……昨日で何か確信したんだろ。俺たちの変な戦い方にな」
◇
集合場所である轟雷の回廊の入口前に到着すると、烈は今日も昨日と全く同じ場所に同じ姿勢で一人で立っていた。
蒼穹の刃のメンバーも霧島もいないので、本当に三人だけらしい。
「来たか」
烈が静かに言う。
「今日はチームの方がいないんですね」
「必要ない」
それだけだった。
俺と栞のBランク二人でAランクダンジョンへ挑むのに、Sランクが一人で保護者みたいについてくる構図は普通なら逆だが、烈の口調にはそういう常識的な感覚が一切なかった。
ドローンを起動すると、コメント欄が一気に流れ始めた。
『烈さんいる!』
『今日は3人か!』
『寝落ちニキと烈さんが二日連続で同じダンジョン!?』
『何これ、どういう関係なんだ』
「行くか」
烈が先に歩き出し、俺と栞が慌ててその後に続く。
◇
道中の遭遇戦で、最初の一件は俺が処理した。
眠って、選んで、起きて、拾うといういつも通りの作業だが、烈はその間、何もしないでただ立ってこちらを観察している。
動物園のパンダになった気分で居心地が悪い。
二件目、通路の角を曲がった先にAランク帯の標準的な大型の魔物が三体固まっていた。
俺がいつものように目を閉じかけた瞬間——既に終わっていた。
三体が同時に光の粒子に変わっていく光景に、俺は半目のまま間抜けに固まってしまう。
何をしたのか分からないどころか、烈が動いたという認識すらなかったのに、気づいたら終わっていたのだ。
コメント欄が完全に静止した。
『……え?』
『何した?』
『見えなかった』
『3体同時に消えた……』
栞が小声で聞いてくる。
「……見えた?」
「いや、全く。瞬きすらしてないのに」
「私も」
烈は振り返らずに「先を急ごう」とだけ言って歩き出した。
◇
セーフエリアで短い休憩を取ることになった。
石造りの壁に背をもたれて俺が水を飲み、栞が道標の石の反応を確認していると、壁際に立ったままの烈が俺を見た。
「一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「最初に潜った時、栞のバフが乗る前に動き始めていたが、今は違う」
俺は変な汗が出そうになって黙り込んだ。
「今は栞が選択するのと、お前が動くのが同時だ。コンマ以下の誤差もない」
細かすぎるだろ、こわいよ。
配信を見ていたとして、そこまでコマ送りみたいに分析しているのか。
「……それ、どこで気づいたんですか」
「最初の頃から見ていたから」
栞の手がピタリと止まった。
「最初の頃、というのは」
烈が少しだけ間を置いて口を開く。
「同接が三人だった頃だ」
静寂が落ちた。
栞がゆっくりと俺を見て、俺も栞を見た。
「……同接三人って」
栞の声が珍しく上ずっているように聞こえる。
「それ、登録して数日の話ですよね」
烈は答えなかった。
「なんで……そんな初期の底辺配信から」
「面白かったから」
それだけだった。
コメント欄が、数秒の沈黙の後に爆発する。
『ちょっと待って』
『同接3人って……』
『初心者マニア……?』
『まさかな いやでも』
『烈さんが否定しないんだが』
『「面白かったから」って……』
『ずっと見てたのか……』
烈は画面を見ておらず、コメント欄の阿鼻叫喚など最初から気にしていない顔だった。
「睡眠オートは、まだ伸びる」
烈が続ける。
「最初の頃と比べれば今は別物だが、まだ上限じゃない」
「……どこで止まると思いますか」
「知らん」
烈は短く言い切った。
「俺が見たことのない動きになるから、上限が分からない」
それは褒め言葉なのか、それとも純粋な観察記録なのか、どちらとも取れる言い方だった。
栞が小さく息を吐き、腕を組んで烈を見た。
「……一つだけ聞いていいですか」
烈が栞を見る。
「掲示板に、ずっと同じ人が書き込んでるんですけど」
烈は何も言わない。
「……心当たりはありますか」
一秒ほどの間があった後、烈の口角がほんの少しだけ上がった。
それだけで、明確な答えは返ってこなかった。
◇
最奥のボス部屋へ向かう通路で、道標の石が熱を持ち始めた。
明確な欠片の反応だ。
「このボス、欠片を持ってます」
「欲しいのか」
「ええ」
「なら倒せばいい」
烈がそれだけ言って扉へ向かったため、俺と栞は顔を見合わせた。
「……脳筋なの? シンプルな人ね」
「そうだな。わかりやすくて助かるけど」
◇
重い扉を押し開けると広大な石室があり、天井から青白い放電が走っていた。
轟雷の回廊の最深部らしく空気そのものが帯電しており、毛が逆立つようなビリビリとした不快な刺激が肌を撫でる。
中央には、全身を黒い甲殻で覆われた三メートルを超える四本腕の巨人がいた。
四本の腕それぞれに雷属性の魔力が収束していて、近づくだけで放電が走るという、Aランクの精鋭でも単独では厳しいバケモノだ。
コメント欄が一気に流れ始めた。
『ボス部屋だ!』
『雷甲殻巨人! Aランク上位のボスじゃないか』
『四本腕は厄介だぞ……』
『でも烈さんいるし行けるか?』
烈が俺を見た。
「どうする」
決定権をこちらに丸投げしている。
俺は腹を括って答えた。
「いつも通りにやります。合わせてもらえれば」
「わかった」
◇
俺が目を閉じると強烈な睡魔が脳を殴り、隣で栞も同時に脱力する気配がした。
◇
真っ黒な空間に移行すると、栞が隣に立っている。
『雷甲殻巨人 が あらわれた!』
いつものコマンド画面が展開される。
「速度ダウン最大から入る」
栞が即座に言った。
「四本腕を全部止めるのは無理だから、二本だけ封じる」
「残り二本は俺が捌く。翠嵐の刃で速度を上げて継ぎ目を狙う」
「甲殻の継ぎ目、右脇と首の後ろよ。黒淵の紅刃で抉る」
「わかった」
完全に手慣れたもので、作戦を組むのに十秒もかからなかった。
栞がスキルを開いてデバフの速度ダウン最大を選び、俺はたたかうを選択する。
ポン、ポンと、二つの電子音が重なった。
◇
ここからはドローンの視界だ。
二人が同時に目を閉じたことで、コメント欄が反応する。
『来たあああ!ダブル寝落ち!』
『以心伝心!』
『ボス相手にこれやるの初めて見た気がする』
栞の骨杖が持ち上がり、速度ダウン最大の不可視の重圧がボスの右腕二本を縫い留めた。
完全に脱力した優馬の身体が、翠嵐の刃を右手に、黒淵の紅刃を左手に持って爆発的な踏み込みで距離を詰める。
電撃を纏った致死の一撃である残り二本の腕が振り下ろされるが、優馬はそれを潜り抜けた。
二本の腕の間のわずか数十センチの隙間を完全脱力した身体が滑り抜け、翠嵐の刃が首の後ろの継ぎ目へ、黒淵の紅刃が右脇の継ぎ目へ、ほぼ同時に吸い込まれる。
甲殻が軋む嫌な音がした。
その瞬間、烈が動いた。
優馬の動きに対してコンマ以下の遅れもなく、優馬が継ぎ目に刃を入れた直後には、烈の剣が割れた甲殻の奥の魔力核の寸前まで届いていた。
追い打ちでも連続技でもなく、優馬の一撃と烈の一撃が一つの動きとして繋がっている異常な光景だ。
コメント欄が静止する。
『……』
『今の』
『烈さんが合わせた?』
『いや逆だろ。寝落ちニキたちの動きに……』
『Sランクが以心伝心に合わせてきた??』
『生身でシステムの動きにアドリブで同期した??』
『意味がわからん』
ボスが四本の腕を無軌道に振り回した。
優馬の身体が転がるように離脱し、栞のデバフが追い打ちで重なり、烈が側面へ回り込む。
三者が別々の方向から同時に動いたが、打ち合わせなど一切なかった。
優馬の最適解と栞の支援と烈の判断が、偶然ではなく必然のように噛み合っている。
翠嵐の刃が継ぎ目を削り、黒淵の紅刃が甲殻を抉り、烈の剣が魔力核を貫いた。
ズバァァッという音と共に、雷甲殻巨人の巨体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
『雷甲殻巨人 を たおした!』
陽気なファンファーレが鳴り響いた。
『倒した!!』
『最後の三撃、同時だったぞ』
『打ち合わせなしであの動きは狂ってる』
『烈さんが以心伝心に合わせきった……本物のバケモノだ』
◇
パチリと目が開くと、隣で栞も同時に目を開いていた。
烈は剣を鞘に収めながら、崩れ落ちたボスの残滓を見下ろしている。
床には淡く光るハート型の石が転がっていた。
「……十三個目」
拾い上げて収納へ放り込むと、道標の石の熱が一段落ち着いた。
烈が振り向く。
「面白い動き方をする」
それだけだった。
栞が呆れたように呟く。
「……あなた、今のシステムのアドリブに合わせてきましたよね」
烈は答えない。
「生身で、システムの動きに合わせきった」
「見ていれば分かる」
烈が短く言った。
「最初からずっと見ていた分だ」
ストーカー発言がひどい。
◇
地上へ出ると、夕方の光が池袋の街に伸びていた。
烈が足を止めずに歩きながら一度だけ振り返る。
「Sランクに来い。待ってる」
「……まだ先の話です。俺たちまだペーペーなんで」
「そうでもないだろ」
烈はそれだけ言ってまた歩き出し、外で待機していた霧島が深く頭を下げてその後に続いた。
二人が雑踏に消えていくのを見送って、栞が小さく息を吐く。
「……最初から見てたのね。私より先に、あなたの戦い方の本質に気づいてたみたいで」
「そうみたいだな。古参アピールがすごい」
「……悔しいわ」
「なんで」
「私が観測手なのに」
俺は少し考えてから言った。
「でも、あの真っ黒な夢の中で以心伝心を使えるのは栞だけだろ」
「……それはそうだけど」
「烈さんには夢の中に来れない。あそこは俺たちだけの空間だ」
「……まあ、そうね」
栞がぷいっと顔を背けたが、耳の先が少し赤くなっているのが見えた。
道標の石が収納の奥でかすかに熱を持っている。
欠片は十三個で、残りは七個。
遠いのか近いのかよくわからない数字だが、今はただ進むしかない。




