第41話 二人で選んで、二人で勝つ
申請から二日後。
ギルド本部の待合エリアで、俺と栞は指定された面談室の前に立った。
ノックして、入る。
先に男が待っていた。
四十代半ばだろうか、椅子に深く座って足を組んでいる。
整った顔立ちに薄い笑みを浮かべていて、桐島みたいな傷だらけの顔とは別種の人間だと分かった。
腰に提げた鞘は本物だが、どこか飾り物のように見えた。
「朝倉優馬、神城栞だな。今回の試験を担当する、堂島だ」
立ち上がりもせず、書類に目を落としたまま言った。
「登録から二ヶ月でBランク最速記録。そしてデュオ特例か。若いうちは勢いがある。それはそれで結構なことだ」
顔を上げて、俺たちを順番に見た。
「だが、Aランクの魔力密度はBランクとは別次元だ。体が重くなる。判断が鈍る。魔法の精度が落ちる。配信向けの派手なパフォーマンスが、そのまま通用すると思わない方がいい」
桐島と同じことを言っている。
でも、桐島の目とは違う。
「今からでも再考の余地はあるが、どうする?」
堂島の目を見た。
答えは決まっていた。
「討伐対象を教えてください」
堂島が少し眉を動かした——それだけだった。
「……フォースト・ドラゴン。1体の討伐証明を持ち帰れ」
試験票をテーブルに滑らせてくる。
俺が受け取ると、堂島は再び書類に目を落とした。
「ドローンは義務だ。帰ってこなくても、無残な映像だけは残るようにしろ」
隣で栞が無言でメモを取っている。
フォースト・ドラゴン——その名前を確認して、タブレットを閉じた。
ギルド地下。
転送陣のフロア。
ドローンを起動すると、電源が入った瞬間に同接カウンターが跳ね上がった。
『Aランク試験始まった!?』
『フォースト・ドラゴンってAランクの中でも厄介な部類じゃ』
『2人で行くのか……頼む生きて帰ってきてくれ』
「準備はいいか」
「ええ」
転送光が、二人を包んだ。
転送完了の瞬間、全身に圧がかかった。
重い。
でも今回は、Bランク試験の時ほど足が止まらなかった。
肺が押し返されるような感覚。
魔力が空気に溶けている。
慣れとは言い切れないが、驚きはない。
「前より、だいぶましだな」
「そうね。体が覚えてるのかしら」
栞が杖の重さを確かめながら言った。
顔色は変わっていない。
石造りの回廊。
Bランク試験と似ているが、空気の密度が違う。
壁に埋め込まれた魔石が青白い光を放っている。
進む。
前方から気配察知が反応した——複数だ。
「来る」
「わかってる」
「睡眠」
意識が落ちる。
遭遇戦は短かった。
道中の魔物を薙ぎ倒しながら、階層を下りていく。
Aランクの魔物は硬く、速い。
でも今の俺たちには、立ち止まる理由にならない。
眠って、選んで、起きて、進む。
コメント欄がそのペースに気づいていた。
『あれ、詰まってない』
『Bランク試験の時より余裕があるぞ』
『Aランクの魔物を普通に狩ってる……』
『慣れてるのか? ここ来たことあるの?』
栞のデバフと俺の刃が同時に発動し、一切のロスなく魔物が沈む。
今は違う。
最奥のボス部屋の手前。
重厚な石扉。
その前で立ち止まった瞬間、収納の奥の道標の石が強く熱を持った。
こいつが持っている。
欠片を。
「……持ってるな」
「ええ。かなり強い反応よ」
コメント欄が察した。
『ボス部屋の前で止まった』
『同接また上がってる 今何人いる?』
『フォースト・ドラゴンとの決戦か』
栞と目が合い、小さく頷き合って、二人で分厚い石扉を押し開ける。
広大な石室の奥。
そこに鎮座していたのは、全身を苔むしたような深い緑色の鱗に覆われた、巨大な竜だった。
四肢は丸太のように太く、背中には巨大な翼が折りたたまれている。
圧倒的なプレッシャーが肌を刺す。
だが、俺たちの呼吸は乱れない。
「睡眠」
俺が目を閉じた瞬間、栞も同時に目を閉じた。
コメント欄が爆発した。
『二人同時に目閉じた!!』
『また来るぞこれ!』
『Aランクのボス相手に以心伝心使うのか!?』
真っ黒な空間。
いつものコマンド画面が展開された。
『フォースト・ドラゴン が あらわれた!』
隣に気配。
振り向かなくても分かる——栞だ。
「作戦を組む」
「わかってる。もう考えてた」
栞がスキル画面を開きながら、淡々と続ける。
「フォースト・ドラゴン。風と植物の複合属性。だから火属性が弱点のはずよ。植物に火は通るし、風属性は燃焼を促進する。賭けじゃない、理屈のある推論よ」
「確度は?」
「十分ある。根拠のない話はしない」
「俺は火炎突きで、装甲の継ぎ目をこじ開ける」
「ええ。私は速度ダウン・最大から入る。飛行を最優先で封じる。飛ばれたら詰む」
「飛行を止めて、装甲を焼く。装甲が割れたら?」
「防御ダウン・大を重ねる。そこからは早くなる」
二人で画面を確認しながら、穴を探す。
「ブレスは」
「装甲が割れた後に来るはずよ。怒り補正が入るタイミング」
「そこで仕留める。俺はカウンター改を合わせる」
「私はそこで、バフ・最大を全載せする」
少しの間。
「最大、初めて使うか」
「あなたが壊れないなら」
「寝てるから壊れない」
「……そうだったわね」
栞が小さく息を吐いてから、画面に向き直った。
「行くわよ」
「ああ」
二人が同時に選択すると、ポン、と軽い電子音が二つ重なった。
ドローンの視界。
フォースト・ドラゴンが咆哮を上げた。
空気が震え、石室の壁にヒビが走る。
だが、目を閉じた二人は微動だにしない。
ドラゴンの分厚い後脚が石畳を砕き、巨大な翼が羽ばたこうとした――その瞬間。
栞の骨杖が、音もなく持ち上がった。
『速度ダウン・最大』
目に見えない重圧が、ドラゴンの巨体を上から叩き潰した。
羽ばたきかけていた翼が、不自然な角度で床に縫い留められる。
飛行を完全に封じられたドラゴンが、混乱と怒りに満ちた唸り声を上げた。
その巨体の懐に、すでに優馬が潜り込んでいた。
黒淵の紅刃に、限界まで圧縮された炎が纏われる。
『火炎突き』
森と風の魔力が凝縮された緑の鱗へ、弱点である炎の刃が叩き込まれる。
硬質な鱗が焼け焦げ、ひび割れ、砕け散る。
優馬の連撃が、ドラゴンの強固な装甲を容赦なく剥がしていく。
『うおおおおお!』
『ドラゴンの鱗が豆腐みたいに割れてくぞ!』
『栞さんのデバフ、ドラゴンの飛行完全に止めた!』
『なんだこの二人、完全に動き噛み合ってる!』
装甲を砕かれたドラゴンが激痛に身をよじり、緑色の瞳が血走る。
首を大きく反らし、口内に絶望的な熱量の炎が収束し始めた。
怒り補正による、広範囲の殲滅ブレス。
だが、それを待っていた。
真っ黒な空間。
「仕上げ。カウンター行く」
「バフ・最大、全部乗せる」
言葉はそれだけで十分だった。
二人が同時に、最後のコマンドを選択する。
ポン、ポン。
現実。
ドラゴンの口から、石室すべてを焼き尽くす灼熱のブレスが放たれた。
その真っ只中へ、優馬が一歩踏み込む。
同時に、栞の骨杖からかつてないほど禍々しい光が放たれ、優馬の背中へ叩き込まれた。
『バフ・最大』
完全に脱力している今の優馬の身体は、その異常な出力を完璧な形で運動エネルギーへと変換した。
『カウンター改』
放たれたブレスの炎の中を、黒淵の紅刃が正面から突き抜ける。
ドラゴンの炎ごと、剥き出しになった胸の継ぎ目――その奥にある巨大な魔力核を、漆黒の刃が貫通した。
ズバァァァッ!!
閃光。
轟音。
フォースト・ドラゴンの巨体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
『ボス を たおした!』
陽気なファンファーレ。
『は!?』
『二人同時にコマンド選択してカウンター決めた!?』
『栞さんのバフ最大って初めて見た……杖光ってたぞ』
『これが以心伝心か……化け物すぎる』
初心者マニア ◆fAnAtIc.Yu
『記録しておけ。これが新時代の戦闘だ』
パチリ、と、二人同時に目が開いた。
倒れたフォースト・ドラゴンが、光の粒子になって霧散していく。
その跡には、幾つかのアイテムが転がっていた。
「……終わったわね」
「ああ」
深く輝く緑鱗が複数枚。
鋭く尖ったドラゴンの爪が二本。
そして、濃密な魔力を放つ翠緑の魔力結晶。
もちろん、討伐証明となる魔核もある。
「つむぎさんに持っていく価値がある素材だ」
俺が言うと、栞が一つずつ鑑定して目を細めた。
「……これ、全部一級品ね」
そして、その傍らに落ちていた淡い光。
十一個目の、夢の欠片。
拾い上げて収納へ放り込むと、道標の石の熱が、明確にもう一段階跳ね上がったのがわかった。
「帰ろう」
「ええ」
素材をすべて回収し、俺たちは転送陣へ向かった。
ギルド本部。
転送陣のフロアを出ると、堂島が腕を組んで待っていた。
眉間に深い皺を刻み、幽鬼でも見るような目で俺たちを見つめていた。
面談の時とは別人のような顔だ。
ドローンからのリアルタイム映像を、ずっと見ていたのだろう。
堂島が、乾いた唇を開いた。
「……合格だ」
絞り出すような声だった。
「何か」
俺が淡々と聞き返すと、堂島は顔を伏せた。
「……いや。何でもない」
それ以上、彼が口を開くことはなかった。
俺たちは一瞥もくれず、その横を通り過ぎた。
カウンターで真新しいAランクカードを受け取る。
「素材の鑑定と換金は、どうなさいますか?」
顔なじみの受付嬢が、興奮冷めやらぬ様子で聞いてきた。
「換金はしません。預かりでお願いします」
「明日、つむぎさんに連絡するわ」
栞が横から付け足す。
受付嬢が手際よく手続きを済ませてくれた。
夕暮れの街。
タワーマンションへの帰り道、並んで歩きながら栞が口を開いた。
「次はSランクね」
「まずは欠片だ」
「わかってるわよ」
栞が少し楽しげに肩をすくめた。
「ドラゴン素材、何に使うつもり?」
「栞の杖と、俺の防具。あとは現物を見て、つむぎさんに判断してもらう」
「……あの人、これ見たらまた早口になるわよ」
「それでいい」
収納の奥で、道標の石が静かに熱を持っている。
欠片は十一個——残り、九個。




