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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者:


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第40話 夢の中の、もう一人

 欠片を十個手に入れた夜は、いつもより早く眠りに落ちた。

 疲れていたわけじゃない。

 ただ、体が自然にそちらへ引き寄せられる感覚があった。



 真っ黒な空間。

 いつものおみくじが始まる――はずだった。


 だが今回は違った。

 宝箱のシルエットが、三つ並んでいない。

 光の柱が、一本だけ。


 選択肢はない。

 触れる前から、向こうから引き寄せてくる。

 指先が光に触れた瞬間。


 『夢の欠片 10個達成』

 『特別ボーナス:スキル【以心伝心】を獲得しました』

 『効果:不明』


 不明。

 初めて見る表示だ。

 スキル欄を確認する。

 確かに追加されている。

 でも説明文が一切ない。空白だ。


 使ってみないと何もわからない、ということらしい。

 パチリ、と目が開いた。



 翌朝。

 栞がコーヒーを飲みながらタブレットを眺めていた。

 俺はトーストをかじりながら、昨夜の話を切り出した。


「おみくじで変なスキルを引いた」

「変な、というのは?」

「効果不明って書いてある」


 栞の手が止まった。

 タブレットを置いて、こちらを見る。


「スキルに効果不明って、そんな表示があるの?」

「初めて見た。名前は『以心伝心』だ」


 栞がしばらく黙った。

 それから、小さく眉を寄せる。


「……使ってみないとわからないわね」

「そうだな。今日潜りながら試してみる」

「何か起きても知らないわよ」

「何か起きたら教えてくれ」


 栞が呆れたように息を吐いて、コーヒーに口をつけた。



 池袋Bランクダンジョン。

 ドローンを起動する。

 同接が積み上がり始める。

 Aランク撃破の余波はまだ続いていて、最近の同接は以前より一段高い水準で安定していた。


 コメント欄が流れる。


 『今日も来た』

 『昨日のAランク撃破の配信、切り抜きが200万再生超えてたぞ』

 『今日は何するんだろ』

 『普通に周回じゃない? この人たちそういうとこあるよね』


 道中の魔物を薙ぎ倒しながら、階層を下りていく。

 前方から、風の魔力を纏ったBランク上位の魔物、ストーム・ウルフの群れとロードが現れた。

 やることはいつもと同じだ。


「睡眠」


 強烈な睡魔が脳を殴る。

 意識が暗い底へ落ちていく。

 その瞬間だった。



 ドローンの視界が、信じられない異変を捉えた。

 前衛の優馬が立ったまま脱力した直後。

 後衛で杖を構えていた栞の身体が、突然ぐらりと揺れたのだ。


「え――」


 声が出る前に、完全に意識が落ちている。

 だが、栞の肉体は倒れなかった。


 深藍色のローブの裾が揺れる。

 骨杖が持ち上がる。

 魔法陣が、まるで透明な糸で操られているかのように、無意識のまま自動で展開され始めた。


 ホログラムのコメント欄が、一瞬の静寂の後、爆発したように流れ出す。


 『あれ、栞さんも目閉じた?』

 『まさか二人同時に寝落ちしてる!?』

 『でも動いてる……二人とも動いてる』

 『何これ。連動してる』

 『栞さんの魔法陣、勝手に展開されてるぞ』


 初心者マニア ◆fAnAtIc.Yu

 『……これは新しい。また一段、上がったな』



 真っ黒な空間。


 『ストーム・ウルフ×10 と ストーム・ウルフロード が あらわれた!』


 いつものコマンド画面が展開された。

 だが今日は、見慣れた空間なのに何かが違う。

 カルーンとやり取りした石造りの廊下ではない。

 ただ、いつもの黒い空間のはずなのに――隣に、気配があった。


「……なんで私、ここにいるの」


 振り向くと、栞が立っていた。

 俺の隣で、俺と同じ空間を見渡しながら、完全に困惑した顔をしていた。


「わからん」

「わからんって……あなたの夢よね、ここ」

「たぶん」

「たぶん、ってなに。自分の夢でしょ」

「夢のことは夢に聞いてくれ」


 栞が額に手を当てた。


「……とりあえず整理させて。私、今眠ってるの?」

「眠ってると思う。さっき急に落ちてたからな」

「自分の意志じゃないわよ。いきなり眠気が来て――」

「昨夜引いた、以心伝心の効果だと思う」


 栞がしばらく俺を見た。

 それから、深々とため息をついた。


「……次からは事前に言いなさい」

「さっき言った」

「言ったけど、まさか本当に私まで引き込まれるとは思わなかったのよ」


 文句を言いながらも、栞の目はすでに周囲を観察していた。

 好奇心が文句より速い。


 俺の前に展開されているコマンド画面を見て、栞が首を傾ける。

 その視線の先に、もう一つ画面が浮かんでいた。


 『たたかう』

 『ぼうぎょ』

 『スキル』

 『あいてむ』

 『にげる 消費SP:100』


「……これ、私のコマンド画面?」

「そうみたいだ」

「試していい?」


 栞が『スキル』を開く。

 新たな階層が展開される。


 『バフ』

 『デバフ』

 『回復』


 さらに『バフ』を開く。


 『速度アップ 小/中/大/最大』

 『攻撃アップ 小/中/大/最大』

 『防御アップ 小/中/大/最大』

 『瞬間加速付与』


 栞の目が止まった。


「……今まで感覚で調整してたものが、全部リストになってる」


 声のトーンが変わった。

 さっきまでの困惑が消えて、職人が自分の道具を確認する時の目になっている。

 短い沈黙。


「悪くないわ」


 それだけ言って、栞は画面から顔を上げた。


「作戦を決めましょう。時間はあるの?」

「夢の中の時間感覚はよくわからない。でも現実では動いてると思う」

「じゃあ手短に。最初の一手だけ決める」


 栞が画面を見ながら言う。


「あなたが懐に入る前に、私が速度アップの大を乗せる。懐に入ったら、すかさず防御ダウンの大を重ねるわ。それだけ」

「シンプルでいい。それで行く」


 俺が『たたかう』を選択する準備をする。

 栞がスキルからバフを選び、速度アップの大に意識を合わせた。


「せーので選ぶわよ」

「ああ」

「……せーの」


 二人が同時に選択した。

 ポン、と軽い電子音が、二つ重なった。



 ドローンの視界が、異様な光景を映し続けていた。

 二人とも、目を閉じている。

 だが――動いている。


 ストーム・ウルフの群れが、無防備な二人の死角を突いて一斉に飛びかかってきた、その瞬間。

 優馬の肉体が地を蹴るのと、栞の骨杖が持ち上がるのが、完全に同時だった。


 栞の魔法陣が展開される。

 速度アップの大を受けた優馬の身体が、音より速く床を蹴った。


 今までは違った。

 栞は優馬の動きを観測して、判断して、魔法を打っていた。

 コンマ数秒のズレが、どうしても生まれていた。


 今は違う。

 優馬が動くのと同時に、すでに栞の魔法がそこにある。


 魔物の包囲網が崩れる前に、その中心へ潜り込む。

 栞の骨杖が角度を変えた。

 防御ダウンの大が、群れの全身に叩き込まれる。


 黒淵の紅刃と強化ミスリルナイフによるすり抜け連撃。

 一切の言葉も発さず、目を閉じたままの二人が、機械のような精密さで十匹の狼を瞬時に解体していく。


 『栞さんのバフのタイミング、今までと違う!』

 『優馬が動く前に魔法が置いてある!?』

 『予測じゃない……同時だ』

 『二人の呼吸が合ってる。文字通り合ってる』


 群れを刈り尽くした優馬が、一切の減速なしで奥に構えるストーム・ウルフロードへ肉薄する。

 ロードが風の装甲を纏い、迎撃の風刃を放とうとした。

 だが、優馬が刃を振りかぶるコンマ一秒前。


 栞の骨杖が角度を変え、防御ダウンの大がロードの全身に叩き込まれる。

 風の装甲が、紙切れのように剥がれ落ちた。


 そこへ、優馬の火炎突きが炸裂する。

 黒淵の紅刃が、剥き出しになったロードの魔力核を、炎ごと一閃した。


 『ストーム・ウルフロード を たおした!』


 陽気なファンファーレ。


 『え、終わった?』

 『いつもより速くない?』

 『というか魔法のタイミングがおかしかった』

 『一言も喋ってないのに、二人の動きが完全に噛み合ってたな……』


 初心者マニア ◆fAnAtIc.Yu

 『……観測から、共有へ進化したか。お前ら、今日の映像は保存しておけ。これが新しい基準になるぞ』



 パチリ、と目が開いた。

 隣で同時に、栞も目を開いた。

 一秒の差もなかった。


 栞は自分の手を見下ろして、それから骨杖を確認して、小さく息を吐いた。


「……私、動いてたのね」

「動いてた。魔法のタイミングが完璧だった」

「自分では何も感じなかったわ。意識は夢の中にいたのに、体だけ勝手に」

「俺も同じだ。いつもと変わらない」

「……変わらない、ね」


 栞がそう繰り返して、少しだけ遠い目をした。


「でも結果が違った」

「ああ。魔法が同時に乗った」

「そうね。私が夢の中で選択した瞬間に、現実の私の体が動いてた。観測してから判断する時間がなくなった」


 栞が骨杖を持ち直して、分析するように続ける。


「今まではあなたの動きを見てからバフを打ってた。どんなに精度を上げても、見てから判断する分のズレがあった。でも夢の中で同時に選択するなら――」

「ズレがなくなる」

「そういうこと」


 短い沈黙。

 栞がふっと鼻で笑った。


「……あなたの夢に引き込まれるのは癪だけど、まあ悪くはなかったわ」

「次も頼む」

「言い方があるでしょ」



 ダンジョンを出ると、午後の光が池袋の雑踏を照らしていた。

 栞は歩きながら、タブレットを開いて今の戦闘データを確認していた。


「バフの発動タイミング、平均で0.3秒早くなってる」

「体感でも分かった」

「0.3秒って、戦闘では大きいわよ。Aランク帯の魔物相手なら、その差が生死を分けることもある」


 俺は道標の石を収納の中で確認した。

 欠片は十個。

 残り十個。

 石の熱は安定している。

 次のボスへのガイドをじっと待っている。


「Aランク試験、以心伝心を使うか?」

「もちろん」


 栞が即答した。


「むしろこれなしでAランクに挑む気にはなれないわ。今日一回使っただけで、これが本番向きだってわかった」

「そうだな」


 並んで歩く。

 栞がタブレットを閉じて、前を向いた。


「一つだけ確認させて」

「何だ」

「夢の中って、いつもあんなに暗いの?」

「ああ。真っ黒だ」

「カルーンが来る時は?」

「石造りの廊下になる。カルーンの夢の空間に繋がってるから」


 少しの間があった。


「今日は廊下じゃなかったわね」

「ああ。いつもの黒い空間だった。カルーンじゃなくて栞が来たからな」

「……ふうん」


 栞がリビングに戻ってきて、向かいの椅子に腰を下ろした。

 コーヒーを二つ持っている。

 一つを俺の前に置く。


「Aランク試験、いつ受けるつもり?」

「申請から7日以内。早いほど良いと思う」

「同意。なら明後日あたりに突入しましょう」

「ああ」


 コーヒーを一口飲む。

 道標の石が、収納の奥でかすかに熱を持っている。

 欠片十個。

 残り十個。

 夢の扉の向こうで、カルーンが待っている。


 以心伝心。

 効果不明のまま、でも確かに使える。

 これを持って、Aランクの試験へ行く。


「眠れそう?」


 栞が聞いた。


「ああ。今日は夢に来るかもしれないけど」

「……来たら叩き起こすわよ」

「夢の中でか?」

「夢の中で」


 俺は小さく笑って、コーヒーを飲み干した。

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