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寝落ちで無双〜理不尽にクビにされた社畜が、睡眠スキルで最強の探索者になった件〜  作者: 識


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第39話 トレンドと、通知と、あと2個

 タワーマンションのリビングに、朝の光が差し込んでいる。

 向かいの席で、栞がコーヒーカップを片手にタブレットをスクロールしていた。

 画面をスライドさせる指が止まり、呆れたような息が漏れる。


「トレンド入りしてるわよ」

「へえ」


 俺もスマホを開く。

 SNSのトレンド欄には『寝落ちニキAランク撃破』『重力魔法使い資格剥奪』の文字が並んで、一番上に居座っていた。

 探索者専用の掲示板も、昨日の話題で持ちきりだ。


 どうやらあの重力魔法使いは、過去にも同じ手口で他人のドローンを壊し、初心者狩りや脅迫を繰り返していたらしい。

 今回の明確な映像証拠が出たことで、過去の被害者たちが次々と声を上げ、余罪が芋づる式に掘り返されているようだった。


「自業自得ね」

「終わったことだしな。関わってる暇はない」


 栞が冷たく言い放つのに同意し、俺は残っていたトーストをかじった。

 あいつらがどうなろうと、俺のステータスは上がらないし、夢の欠片も手に入らない。

 今考えるべきは、次の欠片の回収とランクの昇格だけだ。


 朝食を済ませ、俺たちは身支度を整えて池袋ギルドへ向かった。


◇


 巨大な自動ドアをくぐった瞬間、ロビーの空気が昨日までと違うのが肌でわかった。

 これまでは最速Bランクの変な二人組に向けるような、好奇心と侮蔑が混ざった視線だった。

 だが、今日は違う。


 俺たちが足を踏み入れた途端、近くにいた探索者たちの会話がぴたりと止まった。

 向けられるのは、腫れ物に触るような、畏怖と警戒の目。

 道が自然と開いていく。


 無理もない。

 Aランク探索者を、正面から圧倒的な速度で斬り捨てた映像が全世界に流れた直後なのだ。

 俺たちは歩幅を変えず、受付カウンターへ向かった。


 顔なじみの受付嬢が、俺たちの姿を認めるなり、いつも以上に背筋を伸ばして深く頭を下げた。


「朝倉様、神城様。昨日は本当にお疲れ様でした。……その、お伝えしなければならないことがありまして」

「何か問題でもありましたか?」

「いえ、問題というわけではないのですが……。先日いらした蒼穹の刃の方から、再度面会のご依頼が届いております。どうなさいますか?」


 Aランクの大手クラン。

 昨日の今日で、動きが早い。

 だが、答えは決まっている。


「……すみません、保留でお願いします」

「承知いたしました。そのようにお伝えしておきます」


 俺が即答すると、隣で栞が小さく笑う気配がした。

 受付嬢は手際よく端末を操作し、営業スマイルのまま手続きを終える。


◇


 用事を済ませた俺たちは、ギルド内のカフェスペースの隅に陣取った。

 周囲の視線はまだ少しうるさいが、直接話しかけてくるような奴はいなかった。


 栞がタブレットをテーブルに置き、画面を呼び出した。


「Aランクの昇格試験だけど。Bランクの時と同じデュオ受験の特例、今回もいけるわね」

「……また特例で通るのか?」

「ええ。昨日のAランク瞬殺の映像があるんだから、ギルドの上層部も文句なしで通すでしょ。わざわざ推薦状をもらいに行く手間が省けたわ」

「……それなら話が早いな。足りない条件は?」


 栞が画面をスクロールする。


「申請に必要なBランクダンジョンの踏破数。あと二個だけ足りないわ」

「……じゃあ、今日中に終わらせるか」

「二個でしょ。午前中に終わるわ」


 俺が頷いた、まさにその時だった。

 テーブルに置いていた俺のスマホが、短く震えた。

 画面が明るくなり、ギルドの公式アプリからのポップアップ通知が表示される。


 『Aランク昇格試験 受験資格まであと2ダンジョン』

 『※資格達成次第、特例デュオ受験の申請可能』


 タイミングが良すぎる。

 栞が画面を覗き込んで、呆れたように息を吐いた。


「……見てたの? このシステム」

「……たぶん、ずっと見てるんだろうな」


 ギルドの上層部から完全にマークされ、リアルタイムでカウントダウンを送られている。

 監視されているようで少し気持ち悪いが、こちらの手間が省けるなら都合がいい。


「さっさと片付けましょう」


 俺たちはカフェスペースを立ち上がり、地下の転送陣フロアへ向かった。


◇


 池袋の転送陣から、一つ目のBランクダンジョンへ飛ぶ。

 やることは変わらない。

 眠って、選んで、起きて、拾う。


 ホログラムのコメント欄も、その異様なペースに気づき始めていた。


 『今日サクサク進むな』

 『いつも速いけど、今日はさらに巻きに入ってない?』

 『もしかしてAランク試験の条件満たしにきてる?』

 『あと2個でしょ。今日で終わりそうwww』


 最短ルートで駆け抜け、あっという間に最奥のボス部屋へ到達した。


 重厚な扉の前に立った瞬間、ダミーリュックの奥の収納で、道標の石がかつてないほど強烈な熱を発した。

 じんわりとした温かさではない。

 火傷しそうなほどの熱が、脈打つように主張してくる。


「……間違いない。ここのボスが持ってる」

「ええ。それも、かなり強い反応ね」


 俺たちは短く頷き合い、扉を押し開けた。

 巨大な石室の中央に鎮座していたのは、四本の剛腕を持つ異形のゴーレムだった。


「睡眠」


 意識が落ちる。


◇


 真っ黒な空間。


 『たたかう 消費SP:10』


 迷わず選択する。

 ポン、と軽い電子音。


◇


 現実。

 ドローンの視界が、一瞬の閃きを捉える。


 栞の限界バフを受けた優馬の身体が、ゴーレムの四本の腕による包囲網を、紙一重のステップで完全にすり抜けた。

 黒淵の紅刃が、一切の抵抗を許さず、硬質な岩の胴体を魔力核ごと一刀両断する。


 『異形ゴーレム を たおした!』


 陽気なファンファーレ。


◇


 パチリと目を開ける。

 巨体が崩れ、光の粒子になって霧散していく。

 その光の残滓の中で、床に転がった一つのアイテムから目が離せなくなった。


 夢の欠片だ。

 だが、今まで拾ってきた九個とは明らかに違った。

 淡いピンク色ではない。

 濃密で、まるで心臓のようにドクン、ドクンと強く脈打ち、眩しいほどの光を放っている。


「……強く光ってるな」


 俺は欠片を拾い上げた。

 指先から、確かな熱と鼓動が伝わってくる。

 今までとは違う、明確な『力の結晶』の手応え。


「十個目……」


 俺が言うと、隣に歩み寄ってきた栞が、その眩い光を見つめながら鼻で笑った。


「……まあ、Bランクにしては悪くないペースね。観測手が優秀だったおかげかしら」

「……そうだな。助かってる」


 俺たちは強く光る欠片を挟んで、数秒だけ、無言で立ち止まった。

 欠片を収納へ仕舞い込み、俺たちはすぐに踵を返した。


◇


 そのまま転送陣を使い、二つ目のBランクダンジョンへ突入する。


「睡眠」


 意識が落ちる。選ぶ。

 目を開ける。


 『ボス を たおした!』


 頭の中でファンファーレが鳴り響いた。


 『え、もう終わり?』

 『2個目のダンジョン、体感5分だったんだが』

 『これでAランク試験の条件クリアか?』


 ドロップ品を回収し、俺たちはダンジョンの出口へ向かった。


◇


 地上へと続くゲートを抜け、昼の光が差し込む街へ出た瞬間だった。

 俺のスマホと、栞のタブレットが、同時に短く震えた。

 画面を開く。


 ギルドの公式アプリから、赤いポップアップ通知が届いていた。


 『Aランク昇格試験 受験資格達成』

 『特例デュオ受験 申請可能期間:7日以内』


 栞が画面を見つめ、口角を上げる。


「来たわね」

「申請するか」

「もちろん」


 栞がその場でタブレットを操作し、迷いなく申請ボタンを押す。


 収納の奥で、道標の石が、十個の欠片と共鳴するようにかすかな熱を持ち続けている。

 欠片は十個。残り十個。


 俺は澄み切った池袋の空を見上げ、静かに足を踏み出した。

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