7/24 端的に言えば部屋が汚すぎて命の危険が危ない。
さらに端的に言えば命の危険が危ない。
始まりは昨日のことだった。
しゅんかししゅうとう。
漢字にして春夏死秋冬。
日本の五季の内、夏が終わり死に移り変わり始めていた頃。
梅雨も明け、充満した熱の収支が完全にプラスに転じた頃。
空気も地面も抱えきれなくなった熱をそこら中に吐き出していたその時に私のエアコンは静かに息を引き取った。
驚くほどに静かだった。
何か異常を発するでもなく、何か声を上げるでもなく、そっと呼吸を止め…………そして熱風を吐き出しはじめた!!!!!
いや熱風ではない。正確には37℃の風。外気温そのものを一切の手を加えることなく吐き出し始めた!!
死、
死!!
熱風は渦を巻き、ダンボールとビニールで密閉された空間の中で唸りを上げてひしめいた!!
さらに最悪なことに二酸化炭素とパソコンの排熱が温度上昇に更なる加速を与え、室温は急速に危険域に、私はその瞬間始めて室内で呼吸に熱を感じた。
エアコンに寿命が来ていた事はとっくに知っていた。具体的な内容は1/7あたりに書いたが、つまりは去年も同じような事をしていたわけで、それでも一応去年は外気温よりは低い温度を吐き出せていたわけで、断じて私を殺しには来ていなかったわけだが、なぜ涼しいうちに対処をしておかなかったのかと言う向きには、私には重度の先送り癖がある事と、目の前に立ちはだかる問題以外は理解ができないと言う二つの性質を併せ持っていることを思い出して頂きたい。
即座にスマホを開き、汗で滑る画面を操作して修理業者に連絡した。
この時期はなかなか業者が来ないと言う噂に耳を塞ぎ、藁にもすがる思いで連絡した。
送るものを色々送って、そしてはたと気づいた。
部屋があまりに汚ねぇ。
ある程度時間がかかるかもしれないが、まぁいずれ業者は来るだろう。
来るだろうが、来たところで業者は家の中に入れない。
「足の踏み場も無いほど」と言う言葉は、足の踏み場0%を指す言葉ではなく、足の踏み場10%くらいを指す言葉である。
そして残念なことに、私の部屋は、足の踏み場0%を指す状態である。
言うならば、「足の踏み場がない」である。
真人間が入れる場所じゃない。
普段から異常の尺度で生きている者は多いが、正常を知らないものは少ない。
少なくとも汚部屋歩きたる私以外がここを歩くには、アルトリウスの紋章とかが必要になってくる。
よく考えれば、冷蔵庫が壊れた日も、風呂の電気が切れた日も、業者を呼ぼうとしなかったのはそれが大きな原因であったような覚えがある。
掃除。
掃除しないと。
一心決意した私が立ち上がった。
そして熱ですぐに座り込んだ。
自炊しない私が、風呂場にスマホを持ち込む私が冷蔵庫と電気が壊れた時に失ったのは些細なもの(冷えたコーラと風呂掃除への危機感)であった。
だが、次私が失うものは命。
かつて無いほどに目に光を宿した私は、再度全身に力を込め、ベッドから立ち上がった。
……
2時間後、私はベッドの上で白目を剥いていた。
意識は混濁し、呼吸は浅く、心臓は妙に早鐘を打っている。
全開になった窓から、騒がしい蝉の音と往来する車の走行音が聞こえる。
ひっくり返った視界の隅には、積み上げられた五十ものダンボールと、45Lゴミ袋2袋分のゴミ、そして45Lゴミ袋3袋分のペットボトルがまとめられている。
あらかたまとめ終わったあと、私はついに膝をついていた。
軽度の熱中症であろう事は認識できた。
大掃除は大量の綾鷹濃い緑茶と共にこなしていたが、よく考えたら塩分が取れてないことに気づいたのはついさっき。
熱風に頬を焼かれる。
私の命に手がかかるのはここ3年で3度目だ。
1度目は試験勉強2轍を塩とZONEだけで乗り切ったあと、耳の奥で鳴り響く大音量とオーケストラと妙にカラフルなモヤを”視た“1年冬。
2度目は病院が丁度2日定休日で、ついでに御飯もなくて、インフルエンザになっていた2年冬。
そして今回。
命の淵を刃物の峰でなぞられているような感覚を覚えつつ、ふらつく足を抑え冷房を求めて学校に向かった。
ここまでが昨日の12時までの記録である。
一応これは7/24の日記なので続きを書くと、このあとゼミを終わらせ、ついでに課題をやり、なお日があったので映画でも見に行こうと、どうせならホラーでも見ようとOBSESSIONを選んだのが20時のこと。
流石に日も暮れて部屋の気温も下がっていたが、まともに寝られる気がしなかったので、残りのゴミ捨てをあらかたやり終えたのが今日の7時のこと。
それから泥のように眠り、昼の熱波を乗り越え目を覚ましたのが夕方の17時ごろ。
部屋掃除のついでにエアコンを掃除したことで、体感風量が上がった気がするので一息をつきつつ、エアコン業者から連絡が早く返ってくることを祈る1時24分である。




