5/6 心構え
実家で15時間ほどベッドに潜っていると、自然と分かってくる事もある。
多くの真理を発見した。
耳だけで聞くと8番出口はブザーや河内大和の叫びより二宮和也の嘔吐シーンが1番怖い事であったり、メガネとスマホは枕元に置くとベッドと壁の隙間に信じられないくらい落ちる事、そして朝から夕方までは、目が覚めててもベッドの中にいれば案外普通に寝られる事などである。
その中で特に重要な発見は、寝具は徹底的にフカフカにするべきだと言う事であろうか。
私のベッドがある部屋は年中日陰な上、主要なものはあらかた片付けられていた為致し方無しに弟のベッドを占領していたのだが、数多のクッション、枕、布団の上に成り立つ柔らかさのなんと素晴らしき事か。
王道の円形クッション、細長い円柱クッション、小さな枕と大きな枕、ついでに蛇とベイマックスのクッション。
雲の上にいるのかと錯覚するところだった。
自由に配置換え可能な枕やクッションはその時々最適な体勢を柔く優しく保持してくれる。
首も、頭も、胴体も、全身の全ての負荷が軽減され、天にも昇る心地を提供する。
唯一の問題点を一つ挙げるとするならば、弟のテスト前夜であろうか。
私は実家にいた頃、その先送り癖と怠惰さからテスト前日22時頃からテスト勉強に着手するというテスト勉強法を確立していた。
大学ならまだしも、高校のテストと言うのは日に3、4科目、ひどい時は5科目近くの教科が同時に行われる。
当然間に合うはずもなく、勉強は深夜までもつれ込み、結果として深夜3時頃に猛烈な眠気と格闘する羽目になるのだが、その時の対処法として、床で15秒寝る、あるいはベッドを手で触れて脳内で眠る自分の姿を想像すると言うものがあった。
効果は薄かったが、これらは私が眠気という強大な的に争う唯一の方法だった。
翻って弟の部屋はどうか。
私は枕をあまり使わない派閥の人間だった為、床には直で寝ていたが、彼には豊富なクッションがある。
無数にあるクッションは多様な反発を持ち、あらゆるニーズを満たし得る。
それを床にて行使した場合、寝れる。
容易に寝得る。
硬い床と15秒というわずかな時間が私をギリギリ現世に繋ぎ止められる分水嶺だったのだ。
そのうちの一つが崩れ去れば、睡眠限界がたとえ1秒であったとしても、意識を手放す自信がある。
さらにはあのベッドである。
ベッドへの誘惑に耐える為それに触れるのを手のひらにのみ限定し心を強く保つ事でその侵食を首元で押さえ込んでいた私からして、あのベッドはあり得ない。
手で触れれば最後、その感触は瞬時に肉体を蝕み、微積分を叫び続ける心の声も何もかもその深淵にのまれてしまうことは想像に難く無い。
結果として発生するノー勉数Ⅲ、あるいは化学、コミュ英。
ボーナスポイントである教科もノー勉というだけで牙を剥く。
大丈夫なのだろうか。
彼のテストへの向き合い方は知らないが、致命的なのでは?
心の底からの親切心にて提案するが、このベッドにあるクッションを私に譲渡してみては如何だろう。
私であればこのクッションを十全に生かし、日に20時間は共にいる事を誓おう。
クッションとしてもそちらの方がいいだろう。
何せ本懐を満たせるのだから。
まずは、この細長い円柱状の、程よく首にフィットするクッションを引き受けたいと思う。




