4/29 悪女
身に覚えのないことで謝られることほど不気味なことはない。
それは彼女の罪か、はたまた私の罪なのか。
原因は?要因は?主因は?
想像だにしなかった現状はすぐ背後まで迫り寄っているのだろうか。
コンビニの給湯器の横に貼られたそのイラストは、湯気の立つ紙コップよりも先に私の視線を掴んだ。
少し首を傾げ、両手を胸の前で揃え、「ごめんなさい!」と書かれた文字の下で女の子は微笑んでいる。
右下に書かれた女の子の名前が目に入る。
はぴこ
はぴこ。
私は謝られる理由を探す。
それは、カップ麺の適温をめぐる小さな諍いから始まったのかもしれない。
九十九度でなければならない、と言い張る女と、八十五度こそが至高だと信じて疑わない男。
沸騰は正義で、少し冷ました湯は妥協だと、彼女は言った。彼は待つことを選んだ。湯気が落ち着き、表面の泡が消え、麺がちょうどよく息をする、その瞬間まで。
妻と価値観が合わなくなった彼は、いつしか自分に合わせてくれる存在のもとへ通うようになる。彼女の名ははぴこ。本名ではないだろう。だが、彼を肯定してくれる彼女に男は救いを見出していた。
最近帰りの遅い夫を訝しみながらも、帰ってきてくれることを信じ、妻は九十九度でカップ麺を作る。湯を注ぎ、三分を測り、完璧なはずの一杯を差し出す。
そして問う。「どうして帰りが遅いの?」
「九十九度のそれが、八十五度になるまで待ってんだよ。」
そんな答えで、彼はのらりくらりとかわす。
妻は笑うことも怒ることもできず、ただ時間だけが冷めていく。
ある日、夫が眠っている間に、妻はスマホを奪う。
指先が震え、画面を滑る。そこに並ぶ、はぴこという女とのやり取り。
頭が芯から凍えるような感覚。後先も考えず、そのスマホではぴこにメッセージを送る。
「突然失礼します。あなたが連絡を取っている彼の妻です。事実を教えてください。今すぐ返答を願います切実に」
即座の既読。
だが、返答は端的だった。
「ごめんなさい!」
あまりにも軽々しい返答。説明も、言い訳も、温度の指定すらない。
メッセージアイコンのはぴこの笑顔が、スマホの画面から浮き出てくるような感覚があった。
ああなんという悪女。
そう考えると、この簡単なイラストの笑顔ですら、略奪の末の優越的な薄ら笑いのように見えてきた。
場に耐えかねて、出口に向かう。
はぴこの笑顔を、ずっと背中に感じていた。




