4/13 失われたもの
与えられることで失うものも世の中にはある。
それには往々にして苦痛及び受難が絡みつき、人に試練という形で顕現するものだが、今回の例もそれに漏れなかった。
時刻は11時である。
外は昼時、薄手のカーテン越しの日光が高さ120cmほどのダンボールの山を明るく照らしている。
朝9時ごろから流れっぱなしになっているYouTubeは今アメリカ語で物理学の講義らしきものを垂れ流しているが、それが高尚な勉強欲であったり、突如として私がTOEIC200点の実力を遺憾無く発揮しようと発起したわけではなく、無気力にXを見ていた背後での自動再生の悪戯であったことを知るものは少ない。
部屋は妙に蒸し暑く、布団を跳ね除け何度か足を組み替えながらそれに対抗していたのだが、その熱が長袖シャツ&ジャージ上下セットwithヒートテックによるものであった事に気づくのもまた少し後であった。
とにかく時は昼前で、当時の私は午後をどう過ごそうか思案していた。
いくつか溜まっている問題はある。
昼ごはん、部屋の掃除、ゴミ捨て、洗濯、バイクの免許、一昨日冷蔵庫に入れた残り1割のNOPE及び5日前から卓上に置かれているツイスターコク旨チーズ味(開封済み)の処理。
難題まみれだった。
やらなくてはならないこと、それだけでなく、やりたい事もまた別でいくつか溜まっている。
多くの物事に体が引き延ばされているかのような錯覚があった。
しかし。
しかし私にははるかな余裕があった。
時刻は11時。
午前は気づいたら惰眠とXに削り取られていたが、まだ私には午後がある。
想像の中の午後の私は果てしなく勤勉だ。
溜まっている洗濯物を一階下のコインランドリーにぶち込み、洗濯の32分26秒の間にダンボールの山を解体、両手で抱えてゴミ集積場までダッシュし、崩された山の跡地に掃除機をかける。再度コインランドリーに駆け降り、洗濯物を乾燥機に移動、30分の内にシャワーに入り、ツイスターをNOPEで流し込み、免許相談の予定を入れ、絵を描きモンハンを起動し歴戦王アルシュベルドを討伐し日記を書きスプラでXP5000に到達し気まぐれに呟いたXで万バズかまして洗濯物を回収し1秒で乾かしてベランダにデッキチェアを出すのだ。
なんという完璧な作戦。
しかもこれら予定は洗濯機と乾燥機のタイマーを前提として動きを作っているのでこれら全てが完了した時点でまだ時刻は13時15分である。
最強だった。
最強だったがただ一つ、その時の私の思考を阻む問題が頭の隅に鎮座していた。
時は先週の金曜日に遡る。
学科ガイダンスを終え、駅で別れた友人が去り際に放った言葉。
「次は…月曜?」
月曜。
月曜…?
今日あんの?
なんか大学にいくような予定。
考えてみても私の記憶の中にそれに該当するものはない。
授業予定では今日の3限と4限は全部オンデマンド授業なのでは?
というかそのつもりだったから私は午前を寝潰したのだが。
湧き上がる嫌な予感を払いのけるようにメッセージを送る。
『今日ってもしかして4限対面?』
『うん。』
うん??
『つか3限もでしょ?』
マ?
眼前の景色が目の前で崩れ落ちていくような錯覚があった。
私の完璧な午後の作戦が瓦解し、即座の準備と調整が瓦礫の上に出現する。
得られるはずだったその午後は、突如として与えられた3限と4限により完全に失われたのだ。
13時にはあったはずの清掃の行き届いた部屋の真ん中で給湯器の電源を入れる。
水音と共に温水が浴槽に流れ始めた。
思考が回らない。
暑い。
なんで私は長袖シャツ&ジャージ上下セットの下にヒートテックなんか着てんだ。




