49,葉菜を運んでくれた人と数年ぶりに会った父
「彼の奥さまと未玖さんには、本当に申し訳ないことをしてしまったけれど、どんなことをしてでも、一日でも長く、母に生きていてほしかったの」
自身も母を早くに亡くしている葉菜に、そう言う佑紀乃を責める気持ちにはなれなかった。だが、そのことが、河合を苦しめたこともまた事実なのだ。
彼には、新しい住まいと、彼女が望むならば、手切れ金を用意すると言われたが、佑紀乃は断ったそうだ。
「葉菜ちゃんたちのおうちに住まわせていただくことになったし、落ち着いたら、アルバイトを探そうと思っているのよ」
そう言って微笑んだ佑紀乃は、ダークブルーのスーツを着ていて、シンプルな装いが、かえって彼女の美しさを引き立てている。
葉菜を子供扱いせず、そういう話を聞かせてくれたことも、とてもうれしかった。
それから佑紀乃は、あの日、葉菜があずま屋で夜を過ごしたときのことを話してくれた。熱を出して倒れている葉菜を抱き上げて運んでくれたのは、河合の父だったのだ。
誰かが訪ねて来たらしいことはわかったので、そう言うと、彼は、女の子が訪ねて来たが、すぐに帰ったと言ったのだそうだ。だが、明け方近くに物音がした気がして、外に出た佑紀乃は、あずま屋で倒れている葉菜を発見して、とても驚いたという。
佑紀乃は、すぐに部屋にとって返し、彼に、葉菜を運んでくれるように頼んだ。
あのとき、かすかな意識の中で、もっとそっと運んでほしいと思ったのだけれど、それが誰なのかとまでは考えなかった。その後はすっかり忘れていたけれど、今思えば、女性の佑紀乃には、あんなふうに葉菜を抱き上げて運ぶことは出来なかっただろう。
緊張しながら、控室のドアをノックすると、中から声がした。
「どうぞ」
佑紀乃と顔を見合わせてから、葉菜は、おそるおそるドアを開ける。姿見の前に、ウェディングドレスに身を包んだ姉が座っていて、その横に、留め袖を着た、姉の姑が付き添っていた。
姉が、笑顔でこちらを見た。葉菜は、言葉を失って、夢のように美しい姉に見とれる。
その横で、佑紀乃が頭を下げながら言った。
「本日は、おめでとうございます」
「どうもありがとうございます」
そして姉は、姑に笑顔を向ける。
「こちら、お友達の合田佑紀乃さんです。葉菜が、とてもよくしていただいているんです」
「まあ、そうなの」
彼女は微笑んでから、葉菜に向かって言った。
「葉菜ちゃん、学校で、いろいろ大変な目に遭ったんですってね」
「あ……はい」
「ずいぶん辛い思いをさせてしまったわね」
「いえ、もう大丈夫です」
河合は自主退学し、彼女の取り巻きたちは、一連の事件への関与の度合いによって、停学処分や謹慎処分になった。河合がいなくなったことで、クラス内での緊張感も解け、葉菜は、結城たちと楽しく学校生活を送っている。
だが、彼女は言った。
「こちらの勝手な都合で、転校させたり、寮に入れたりしてごめんなさいね」
「いえ、みんな優しくて親切で、もう寮生活にも慣れました」
「そうなの。葉菜ちゃんがそう言ってくれて、ほっとしたわ」
そう言って、姉と微笑み合っている。少し意外な気がした。
姉の姑に対しては、ずっと、高圧的でぞんざいな人というイメージを持っていたのだけれど、もしかするとそれは、葉菜の勝手な思い込みだったかもしれない。
目の前の彼女は、穏やかで優しく、ずっと葉菜のことも気にかけてくれていたらしい。
そのとき、ドアをノックする音がした。姑が声をかける。
「どうぞ」
入って来たのは、フォーマルスーツを着た父だった。姉の結婚式のために帰国したことは聞いていたが、葉菜が顔を合わせるのは、実に数年ぶりだ。
「葉菜、大きくなったな」
白髪が増えた父は、日に焼けた顔をほころばせた。葉菜は、制服の襟をつまんで、クイと顎を上げる。
「もう高校生だもん」




