38,全身に走る緊張とナイフの切っ先
「それで、結局は告げ口したってわけ? また自分を正当化して?」
「私はただ、あなたを止めてほしかったの。彼が黎明女子学院に多額の献金をしていて、ある程度の発言権があることは聞いていたから、今ならまだ、大ごとにならずに、うまく収めることが出来るんじゃないかって」
河合が、吐き捨てるように言った。
「偉そうに。自分がしていることを棚に上げて、よく恥ずかしくもなく、人に意見が出来るわね。
そもそも、なんで私がやったと思うの? どこに証拠があるの? あんたはただ、一方的に三丘さんの話を聞いただけでしょう?
自分はさんざん人をあざむくようなことをしておいて、どうして三丘さんが言ったことが嘘じゃないって言えるわけ?」
葉菜は、思わず口を挟んだ。
「私、嘘なんか言ってません!」
河合が、葉菜をにらみつける。
「だから、私が何をやったって? どこに証拠があるんだよ!」
ポニーテールを振り乱し、目が血走っている。
「それは……」
確かに、証拠はない。それは真鍋にも言われたことだけれど、いろんな人の口から河合の噂を聞いて、総合的に判断してそう思っただけだし、おそらく、河合が直接手を下したことは一度もないのではないか。
河合が、勝ち誇ったように言った。
「だいたい、なんで私が、あんたみたいな雑魚に嫌がらせしなきゃいけないわけ?」
「でも、さっき、私がここに来ていることは初めから知っていたって、『私にとってはたやすいこと』だって。
じゃあ、どうしてそんなことを? どうして今、私がここにいるってわかったの?」
反撃するには弱いと思ったが、葉菜の言葉に、河合の目が泳いだ。
「そんなの、たまたまよ!」
佑紀乃が言った。
「そうね。確かに、誰がなんのためにやったのかなんてわからない。
だから、このまま静かに終息すればいいんだわ。彼が、そのように取り計らってくれるでしょう」
そうだ。葉菜だって、別に犯人探しがしたいわけではない。もう二度と嫌なことが起こらなければ、それでいい。
だが、河合は言った。
「あんたたち、何様のつもり? その恩着せがましい態度は何? まるで『お前がやったことはわかっているけど見逃してやる』みたいな。
ふざけるんじゃないよ!」
突然、佑紀乃が悲鳴を上げた。一瞬、何が起こったのかわからなかったが、チクリとした感触に、全身に緊張が走る。
見下ろすと、河合にパジャマの襟元をつかまれ、いつの間に取り出したのか、ナイフの切っ先が喉元に当たっている。河合は、ベッドの上に片膝をついている。
「未玖さん、早まらないで!」
「うるさい! 全部あんたのせいよ。人の家庭をめちゃくちゃにして、好き勝手なことを言って。
それにしても、あんたたちが、ここにこうして一緒にいるなんて、悪い冗談みたい。そういえば、あんたたちってよく似てるわよね。
か弱そうなふりをして、人の同情を買うのが上手くて、その実、人を思うままに動かしていい気になってるクソ女ども。ホントに恐ろしいったらありゃしない。
私はそういうやつらが大嫌いなんだよ!」
「お願い未玖さん、葉菜ちゃんを放してあげて」
「黙れ、偽善者! それ以上ふざけたことを言ったら、本当に刺すよ」
刃先が喉に食い込み、全身から、どっと汗が噴き出す。
「わかったわ。なんでも言うことを聞きます。どうすればいい?」
佑紀乃の言葉に、河合がふんと笑った。
「最初から、素直にそう言えばいいのよ。あんたは今すぐ、ここを出て行きな。
ここはパパとママと私の大切な場所なんだから。出て行って、二度と私たちの前に顔を見せるな!」
「わかったわ。今すぐ出て行きます。そうしたら、葉菜ちゃんを解放してくれるのね?」
河合がうなずいたとき、突然、佑紀乃のポケットの中でスマートフォンが鳴り出した。注意がそれたのか、河合のナイフを持つ手がかすかに緩んだ。




