16,ついに起こった事件と門田の薄笑い
「うん」
郁美は、鼻で笑う。
「若いって言っても三十代だよ。私はカイトくんみたいな人がいい」
そう言って、彼女は人気アイドルの名前を挙げた。
「そう言う葉菜ちゃんこそ、朽木先生が好きなの?」
葉菜は、思わずしかめっ面になって、首を横に振った。
「全然」
数日後の放課後、事件は起こった。
帰りのホームルームで、提出物の期限や明日の予定などについて説明した後で、吉尾先生が言った。
「それでは終わりにしましょうか」
そのときだ。
「先生、ちょっといいですか?」
すっと手を挙げてそう言ったのは、河合の取り巻きの一人、大河原だ。眼鏡の位置を指で直しながら、吉尾先生が聞く。
「なんですか?」
大河原が言う。
「私、財布を失くしたみたいなんです。あちこち探したんですけど、どこにもなくて」
「まあ、それは大変ね。どなたか知りませんか?」
先生は教室を見回すが、誰も答えない。先生が言う。
「どんな財布なの?」
「アンジェラ・アンジェロっていうブランドのピンク色の財布で、金額はそんなに入っていないんですけど、両親からのプレゼントなんです」
「それは大切なものね」
「はい……」
大河原は、悲しげにうつむく。
そのとき、誰かが言った。
「あの……」
声がしたほうを見ると、それは門田という生徒だ。やはり河合の取り巻きの一人だが、唯一、化学の授業の実験などで一緒になったときに、葉菜に気軽に話しかけてくれる。
なかなか話し始めない門田に、先生が問いかけた。
「門田さん、どうしましたか?」
ようやく門田は口を開く。
「こんなこと、言っていいかどうかわからないんですけど。最近、ときどき物がなくなることがあるみたいで……」
「そうなの?」
先生が気色ばんだ声を上げた。そういえば、葉菜の国語の教科書も、転校早々失くなったのだった。
さらに門田が続ける。
「こんなこと言いたくないけど、もしかしたら、誰かが故意にやっているんじゃないでしょうか」
「まあ……」
しばし絶句した後、先生が言った。
「ほかに、物が失くなった人は?」
何人かが、ぽつぽつと手を挙げて言う。
「たいしたものじゃないんですけど、タオルが失くなりました」
「読んでいる途中の文庫本が」
「実は私も、ノートが」
そう言ったのは門田だ。先生が、生徒たちを見回しながら言う。
「ほかにも、物が失くなった人はいますか?」
それで、葉菜もおずおずと手を挙げて言った。
「私も、国語の教科書が」
「まあ、三丘さんもなの? それはいつ?」
「転校して来た最初の日です」
「なんてことでしょう!」
先生が、困惑をあらわにして嘆いた。
だが門田が、じっとこちらを見て言った。
「でも、三丘さん、国語の教科書なら持っているじゃない」
「それは、購買部で買い直したんです。寮の友達に教えてもらって」
「なんだか変な話ね」
門田の言葉に、葉菜もまた困惑する。どういう意味? 葉菜が嘘をついていると言いたいのだろうか。
門田が、先生に向かって言った。
「あの、これも言っていいかどうかわからないですけど……。物がなくなるようになったのって、三丘さんが転入して来てからっていうか」
「そんな!」
葉菜は、思わず声を上げた。まさか、葉菜の仕業だと?
すると、満を持したように、河合が口を開いた。
「私、一番後ろの席だから、教室中がよく見渡せるんですけど。そういえば、三丘さんって、しょっちゅうロッカーに行って物を出し入れしているみたい」
「それは……」
また物が失くなっては困るので、郁美の忠告に従って、教科書やノートを始め、持ち物をこまめにロッカーにしまうようにしているのだ。
門田が、薄笑いを浮かべて言った。
「違ったら謝るけど、もしかして三丘さん、クラスに馴染めないことを恨みに思っているのかな。それで、腹いせに物を隠して、疑われないように自分も教科書が失くなったなんて嘘をついているんじゃないの?」




