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いつも月夜に血の宴  作者: 桂木 一砂
第二章:月夜の宴
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71.ある吸血鬼ハンターの宣誓

※第三者視点:ディートリンデ(吸血鬼ハンター ヘルシング家の者)



「一体、何だったんでしょうね。あの吸血鬼」


 吸血鬼が去った後の、奴らによって崩された壁の残骸は片付けたものの、破壊の痕跡が顕著な城の中。

 私室に戻った私を迎えたのは、生き残りの人狼のひとり、クルトだ。


 彼は、吸血鬼がハンターを庇うなどというとんでもない事態に、どうにも理解が追いついていないひとりだ。私以外の全員がそうとも言える。

 とはいっても、あそこで奴が出てくるなど、私も想像だにしていなかったし、驚いたものだが。


 だが、クルトの疑問には答えられる。


「……あれは、祖だ」

「……は?」


 クルトは間の抜けた声を洩らした。

 彼は人狼から人形態に戻っていたが、驚きに目を見開くそのしぐさが、子犬のそれに酷く似ていて、思わず笑みがこぼれてしまう。


「えーと……祖、というと」

「真祖を知っているだろう。悪鬼どもの生みの親、すべての元凶だ」

「知ってはいますが……え、え?」


 クルトが驚いた声をこぼすが、私は自分の出した結論に満足する。

 直前までどこか信じ切れていなかったが、きっとこの推察は正しいだろうと確信する。


 あれは、悪鬼どもが神と崇める真祖に近しい存在だ。それに他ならない。




 何故、自分がその答えに到達したかは定かではない。

 だがそんな確信が、心の底から湧いて来たのだ。


 はじめて見た時も、どうにも変った吸血鬼だと思った。

 ヒューゴというヴィクターの孫の血が目当てかと思いきや、そうではないようだったし、何よりフレッドという吸血鬼の天敵である人狼の頼みを聞き入れ、人間の病を治したのだという。

 それだけでも仰天する出来事だが、それ以降もおかしい。


 ヴィクターが吸血鬼に魂を売ったのだという情報がもたらされた時も、フレッドがそれに一枚噛んでいるという報せにも、吸血鬼が律儀に約束を守るだなんて珍事も、すべてが衝撃だった。

 だが、捕えたフレッドたちの話を聞くと、そんな衝撃など軽く吹っ飛ぶほどだ。


 吸血鬼が、あのおぞましい悪鬼が、人を心配して様子を見に来るなどと。


 私の師でもあるヴィクターが堕ちてしまったことも悲しんだが、次々と明るみに出る話にそれどころではなくなった。むしろ、師が頼ったのも当然とさえ思える。ヘルシングにあるまじき失態だ。

 だがフレッドの予測のとおり、罠を張って待ってみれば、面白いように吸血鬼ははまり込んでくれた。

 ……いつもの吸血鬼狩りでもこれほど簡単であれば、私の先達や後輩たちも命を落とすことはなかったのだが。


 さて、真銀を使った秘蔵の弾丸を撃ち込んでも滅されなかった恐るべき吸血鬼は、だがしかし、フレッドの言うとおりにまだ歳若い吸血鬼だった。

 ふつう、吸血鬼は加齢とともに力を増してゆく。真祖と呼ばれる者に連なる吸血鬼はより強く、それ以外の出来損ないは弱いとされるが、数百年も生きればどちらも恐るべき怪物となる。私でさえ油断できない。

 とはいえ、吸血鬼には免れることのできない弱点がある。それは加齢によって軽減されてしまうが、どれだけ歳を経たとしても、ある程度の影響は逃れられない。

 そこを突いて如何に簡潔に狩りを終わらせられるかが、ハンターの腕の見せ所だろう。


 だがしかし、フレッドの言葉によれば、その吸血鬼には弱点が効かないのだという。

 それにも真実驚いた。そんな吸血鬼がいるなどと聞いたことがない。


 比較的弱点に強いとされるカラスの血族だと判明したが、よほどの歳を経ても全く無効とはならないはずだ。

 だが、フレッドの恩人であるヴィクターの命を盾に聞き出した情報だ。この男はここで嘘はつくまい。


 よって、念には念を入れて、悪鬼を使った呪いの呪具を作り、罠を仕掛けた。

 狩りでは油断した者から命を落とす。たとえ金がかかっても、命には代えられないからだ。惜しんだ者から消えて行く。


 結果、吸血鬼はあまりにあっさりと手に落ちた。

 捕縛は成ったが、残る問題は、吸血鬼を有効利用するなどとほざく愚か者たちだ。




 フレッドやヴィクターから聞き出した情報から、そういう話が上層部で出ているという。

 それを聞いた時には、思わず私は持っていたグラスを床に叩きつけた。怒りで目の前が見えなくなるほどだった。


 ……人は決して、悪鬼どもに屈しない。今は無理だが、いずれかならず奴らを滅ぼし尽くす手段を見つける。

 そのための、吸血鬼ハンターだ。我らは勇士なのである。


 だから決して、万が一にも、吸血鬼が有用などと認めてはならないのだ。




 そのようなことを抜かす愚か者など、片っ端から口を塞いでしまいたいが、そうもいかない。

 吸血鬼ハンター協会は、優れた戦士だけでは立ち行かないからだ。

 厄介なしがらみも多いし、なかなか身軽に動けないものだ。

 だから、ひとまず封印を施して、時間を稼ごうと思ったのだが……。


 それすらもあの吸血鬼は、あまりにあっけなく破って見せた。

 ……お手上げだ。呪いの呪具は原材料に限りがあるため、量産はできないし、他の弱点が効かないとなると、真正面からの殴り合いに勝たねばならない。不可能だ。


 吸血鬼狩りは、あくまでも吸血鬼に弱点があるからこそ成立する。

 そこを突かねば、いかなる優秀なハンター、人狼、あるいはヴァンピールでさえも敵わないからだ。

 それは絶対の摂理になる。悔しいが。


 ……だから、封印が外れた音がした時は、全身の血が引く思いだった。

 残して来たフレッドは、裏切りと捕縛の屈辱に怒り狂った吸血鬼に八つ裂きにされただろう。

 そう思って、かつてないくらい緊張と注意を払って、牢に近付いたのだが……。


 まあ、そこにいた吸血鬼の暢気なことといったら、私はしばらくまともに考えることすらできないほどだった。

 それに、裏切りがどうとかフレッドが自ら告発したというのに、あっけらかんとしたものだった。

 尋常でないお人よしか、とんでもない馬鹿か。人間にだってそういないレベルだ。


 ……ともかく。

 そこで話を盗み聞いて、私は思ったのだ。

 これは使える(・・・)と。




 ……吸血鬼を滅ぼし尽くしたいという気持ちに嘘はない。

 だが、現実問題として、人が生きて死ぬ限り、吸血鬼はなくならない。

 だからせめて、さほど害のない吸血鬼を優先して残し、残りを間引いて行けば、ふぬけた者だけを残すことも、ある程度は可能だろう。

 吸血鬼はいなくならないが、一定以上の数にも決してならないからだ。


 こちらに都合の良い吸血鬼ならば、ほんの一時の間くらい、残してやらないこともない。そういうことだ。

 ……だが必ず、最後には必ず滅し尽くしてやるが。




 利用できそうな吸血鬼を前に、私は考えた。

 そして、恩師であるヴィクターを逃すために、ひと芝居を打ったのだ。

 真実、この吸血鬼が、恩師を託すのに相応しいか否かを探るために。


 ……そこで少々、私にとって耳に痛い戯言をほざかれてしまったが。

 そこは未熟な私自身を恥じるにとどめた。


 悪鬼の話には、決して乗ってはならないのだ。




「……真祖って、六血族を生み出した、奴らの神ですよね」


 クルトが難しい顔をして唸っているのに、はたと意識を戻す。

 彼は歳若い人狼で、人狼の中でも強靭な脚を持つとされる灰色狼だ。どこまでもどこまでも、逃げる獲物に追い縋って食らいつく。我慢強さと執念深さもある。


 彼はハンターとなっても歴が浅いが、逃げる吸血鬼やなり損ないどもを追跡し、止めを刺したことは二度や三度ではない。将来有望な吸血鬼ハンターだ。

 私は彼にうなずいて見せ、丁寧に説明してやる。腕はいいのだが、少々物覚えが悪い子なのだ。


「そうだ。もっとも邪悪でおぞましい存在。人間を好きにいじくり、吸血鬼にするどころか、全く別の姿に変えさせたり、分解して造り直したり、あらゆる冒涜的な行いをしたそうだぞ?」

「や、やめてくださいよ。恐ろしい……」


 どうやら怖い話も苦手なようだ。私は彼の思わぬ弱点を発見してほくそ笑む。

 ただ、クルトはそれでよりいっそう、祖がどうという私の話に懐疑的になったようだ。


「……そのおっかない存在と、あのバ……お人よしそうな吸血鬼が、どんな関係だと?」

「ヴィクターから聞いた話だと、その血で人の病を治すとか。そんな所業、神か悪魔にしかできまい?」


 クルトが首を捻って見せる。

 人狼形態では恐ろしげな狼の顔だが、今は可愛らしいと指摘したら怒るだろうか。


「で、でも、奴らの技術は発達してるって聞きますから……、そういうことくらいなら軽くできるんじゃないですか」


 どうやら多少、吸血鬼の国に着いても調べているようだ。勉強熱心で何よりだ。

 今はまだ若いからいいが、先達がいつまでもクルトらを導いていられるかはわからない。早く一人前になってもらわねばな。

 彼の言葉に、私はゆっくりと首を横に振る。


「いいや。少なくとも、生まれついて持った障害や病を治す術はないはずだ。そういった形を持って生まれたものは、それが生来の姿なのだから、治すなんてことはできない。それに奴らの技術の高さは認めているし、情報収集は怠らん。だが、そういった話は聞かない」


 悔しいが、吸血鬼どもの技術は本物だ。貴族どもには、金も人としての尊厳も惜しまず、奴らの技術を欲する者がいる。

 ハンターとて、それらの技術を無為に無視しているつもりはない。

 必要なものは拾い、悪しきものは封ずるのだ。武器然り、薬然り。


 ただ、払っても払っても、悪しきものを欲する者どもが出てくるのだ。




「……他の吸血鬼に出来ないことができるってだけで、あれが祖に近い存在だというんですか?」


 クルトはまだ納得していないようで、私に食い下がって来る。

 好奇心旺盛なのは良いのだが、こうして見ると大きな子どもを持ったように思えてしまうな。


「そうは見えないか」

「見えませんねえ。顔はまあそこそこ整ってますけど、吸血鬼って美形揃いでしょ? その親玉だってとんでもなく綺麗なんじゃないですか? あれじゃ普通すぎますし。それに、おっかなさとは対極にいるような奴ですし、性格だってふつうの吸血鬼の間逆じゃないですか。無関係でしょう」

「そうか。そう見えるか」


 確かに、おぞましい美しさを持つ吸血鬼の中にあって、奴はあまりにも凡庸だ。親しみすら持てる風貌に性格をしている。

 そういった吸血鬼は皆無ではないが、そういった者は早々に自滅するか、自壊してしまうのだ。

 そしてハンターに討たれる。例外はない。


 ……ないはずだが、奴はその稀有な存在のまま、今も生き延びている。


 吸血鬼になれば多かれ少なかれ、その性質も変容する。

 大きく変わればより吸血鬼らしく、そして強くなり、変容が小さければ前述のようになり損なう(・・・・・)


 人でも吸血鬼でもない、ヴァンピールのように一代限りの固定化もない、なり損ない。

 ただ存在からしておぞましいモノ。


 ……そうならなかった吸血鬼。あくまで人らしさも残しながら、吸血鬼らしさもある。

 奴はひどく稀有で、アンバランスだ。


「吸血鬼にして、特異な存在。それこそが、悪鬼どもの神の証明だ」


 それが、私の導き出した答えなのだ。




「そういうもんですかねぇ……、いや、でもなんか違う。俺の考えてた真祖と違いますよ」


 クルトは幼い子どものように、疑問にしつこく食いついて来る。

 微笑ましいが、あまりにしつこいとそろそろ怒るぞ。


「いいや、そうだとも。他に似たような吸血鬼を知っているか?」


 クルトは頭を左右に傾け、懸命に考えているようだった。

 なり損ないの討伐数は抜きん出ているが、一人前の吸血鬼狩りの経験は、彼にはまだ少ない。直系のものはもちろん皆無だ。傍系と直系の吸血鬼の差は目に見えてわかる。

 まあ、なり損ないはなり損ないで厄介な存在なのだし、傍系の吸血鬼だって決して生易しい相手ではない。だがやはりハンターを証するからには、れっきとした直系吸血鬼の討伐経験が必要だ。そろそろ彼のバディーも変えるべきだろうか。


「……まあ、だいたい、みんな怪物らしい怪物ですしね。吸血鬼ですし」


 クルトの答えにうなずいて、もうすこし詳しく説明してやることにする。


「文献にも時折、そういった変わった吸血鬼が現れる」


 変わった吸血鬼の筆頭は、真祖であり始祖であろう。

 奴らはいわゆる、私たちが想像する吸血鬼像に当てはまらない者が多い。


 真祖は唯一、始祖は六。

 このうちもっとも有名なのは言うまでもなく真祖だが、その存在に対する記録はあり得ないほど少ない。実在さえ危ういほどだが、忌々しい悪鬼どもが世に溢れている以上、信じないわけにはいかないだろう。


 真祖は、唐突に誕生した。

 それまで吸血鬼という存在がなかったというのに、何の前触れもなく、この世に産み落とされた。


 それだけでも特異だが、それ以降、人は悪鬼と成り果てる因子を持つようになってしまった。

 その仕組みは解明されていないが、我ら吸血鬼ハンターはその謎にも挑み続けている。解明も特定も未知数のままだが、それにある程度の影響を与える技すら生み出したのだ。


 それほどまでに謎のヴェールに包まれた“因子”。人が決して逃れられぬモノ。

 人の生死の際に、因子は作用する。人の遺伝子に変異が起こることによって、吸血鬼が誕生するのだという。

 それはまるで、生きながら死に、死にながら生きる不死鳥のようだ。


 ……そう。真祖とはたとえ殺されても死なず、ただ血の中に存在する悪意のようなものなのだ。


「真祖とは、幾度も生まれ変わりを繰り返しているのではないか、と思っている。払っても払っても湧いて来る悪鬼どもを見れば、想像しやすいだろう?」


 私の持論に、やはりクルトは納得しないようだ。

 酷く難しい顔をして、子どもっぽいしぐさで首を横に振る。


「まさか。だって神に近い存在なんでしょう? そもそも寿命がない奴らの神なら、いちいち生まれ変わるとかする必要はないんじゃないですか」


 確かにそれもそうだ。

 だが、寿命がないのと、“死”がないということは、全く別の意味合いになる。


「吸血鬼は、人を支配するために誕生したと言われるな?」


 話の向きを変えた私に、クルトはまた目を瞬かせたが、大きくうなずいてみせた。


「ええ、そう聞きました。増え過ぎた人間を減らすためとか何とか。でも、人口爆発ってのが起こったのはえらい昔の話でしょう? その時よりずっと人の数は減ったんでしょうし、何でまだ吸血鬼がいるんだか」

「まあ、その疑問はもっともだな。だがともかく、吸血鬼は人を支配するためだけの存在だ。故に、人間が生きる限り、奴らの影響からは決して逃れられん。人が生まれる限り、吸血鬼はその影に潜んでいるからだ」


 クルトが天井を仰いで息をつく。

 情けない顔をしているが、その気持ちは私にもよくわかるつもりだ。


「やるせませんね。戦っても戦っても、真の平和は訪れないんですから」


 それは、すべての吸血鬼ハンターが陥る葛藤だろう。私だってそうだ。

 だがそれでも、戦うことを止めることは出来やしない。

 戦って打ち勝つのではなく、戦い続けて勝ち続ける、それが勇士だ。

 

 人の尊厳を守るために、勇士は何度でも立ち向かうのだ。そう、何度でも。




「……そして真祖は、幾度も新たな姿で、我らの前に立ち塞がる」


 ……殺しても殺しても、滅しても滅しても、消えてなくならない吸血鬼。

 それと相対し続けるうちに、奴らの神について考えるうちに、そう思い至ったのだ。

 祖は悪鬼だけでなく、人の血の中にも潜んでいる。姿を変え、決してその影を捉えれられないようにしている。

 だからこそ、人はその影を踏むことが出来ないからこそ、吸血鬼は滅ぼし尽くせないのだと。


 私の言葉は、クルトには全く理解できなかったようで、とうとう彼は頭を抱えてしまった。

 これまでにもよく、私の話は難しくていけないと言われたのだが、どうも私の考えは、他の者と一線を駕しているようだ。


 ……まあ、これはあくまで私の考えだ。私はそのとおりだと思うが、間違っている可能性も否めない。

 ただ私だけが確信している思考。人に理解されないのもやむなしか。


 だが、吸血鬼ハンターである以上、吸血鬼とは何かを自分なりに噛み砕かねばならない。

 吸血鬼に対して疑問を抱かねば、ハンターとしてやっていけないだろう。

 頑張れ、クルト。




「吸血鬼の中で、最も長寿なのは始祖と呼ばれる六匹だ。そいつらも謎に包まれているが、極夜の国で確認されたことがあると聞く」


 頭痛から立ち直ったクルトが、もうすこしわかりやすく話をして欲しいと言うので、簡単に講義してやることにした。

 まあ、私の個人的な考えでなければ、吸血鬼の説明は容易い。


 ――悪鬼。以上だ。


 だがまあ、奴らの親玉くらいは説明してやろう。


「……始祖たちについては、まだ話を聞く。だが真祖だけは何をどうやっても、伝聞でさえも聞かない。いっさいの情報がなく、ただそういった存在があるとだけ伝わる。存在の痕跡さえ辿れないのだ」

「そんな奴がほんとうにいるんですかねえ……」


 首を捻りっぱなしのクルトだが、そんなに捻ってばかりでは首をくじいてしまうぞと、忠告したくなる。


「すくなくとも、悪鬼どもはそう信じているらしいぞ? そして奴は、そう遠くない場所にいる」


 クルトはぎょっとして構える。また私のわけのわからない話がはじまると思ったのだろう。

 彼はまだ、吸血鬼に対して何の感慨も抱いていないのだ。

 憎むべき敵であり、滅すべき邪悪である。

 ただそれだけだ。


 ……それだけだと、ハンターとして長く生きられまい。




 強大な力を持ち、邪なる力で持って人を操り、食らう。それだけの化け物だとは思わないほうが良い。

 奴らはそれだけの存在ではない。何らかの悪しき意図を持って、我らの血に潜んでいるのだから。


「どんな方法を使って、生まれ変わりを繰り返しているかはわからないが……」


 鍵はおそらく、あのアベルという吸血鬼だ。

 そのあまりにも人らしく俗っぽい性質に私も驚いたが、珍しい変わり者の吸血鬼という範疇には収まらないだろう。人を癒す怪しげな呪術も心得ている。

 もしかしたら、奴が一番真祖に近いのかもしれない。それに近いものを持っている。


「……それ(・・)は、真祖がこの世に誕生した時と同じように、いつの間にか我らの側にいるのかもしれないな」


 それ(・・)が吸血鬼になるという因子なのか、それともただの装置なのか、はたまた啓示か。

 とにかくそれ(・・)が、吸血鬼を生み出し続けるシステムを牛耳っているのだ。


 それ(・・)を叩くことが出来れば、我らははじめて、悪鬼どもに一矢を報いることが出来る。

 だが、ただでは済むまい。それ(・・)は今まさに、我らの側に忍び寄っているかもしれないからだ。


 そしてきっと、純真無垢な姿で、それ(・・)は平然と人の生き血を啜って笑うのだ。




「――さて」


 私の話がわからないと言うので、クルトには文献を貸してやることにした。

 本を抱えて目を白黒させる若きハンターに笑いかけて、私は文箱を取り出した。


「報告せねばな」


 協会上層部は、ヘビ共の襲撃に対しどんな報復措置を取るだろうか。

 その措置には是非、私も罰則として、参加させていただこう。

 それを思うと、自然と口の端が歪むのだ。




 吸血鬼ハンター側にも、吸血鬼に勝るとも劣らない魑魅魍魎どもが蠢いている。

 今回の失態でどれほどの責を追及されるかはわからないが、これであっさり引退できるほど、ハンターの道は甘くない。


「さんざん釘を刺したことだしな。次は邪魔されずに済みそうだ」


 吸血鬼にあるまじき、穏やかな男の顔を思い浮かべる。

 ……あの手のお人よしには、力で押しても餌で釣っても、はたまた只懇願しても、あまり効果はない。

 ただ、すこしばかりこちらから、向こう側へと足を踏み込むだけでいい。


 それだけできっと、あの善良な吸血鬼は、懐へ飛び込んだ手負いの獣に何も出来なくなってしまうのだ。


「……恨んでくれるなよ? アベル」


 あの無貌のヘビには、きっちり落とし前をつけさせてもらおう。

 アベルは友人を害されるのを黙って見ていられるようには見えないが、我らを、親しんだ者を殺すことは、もう出来まい?




 私はヘルシング家の者。

 吸血鬼ハンターの筆頭にして、歴代の先鋭的学者でもある。

 そして、戦いにおいては遊撃部隊隊長を務める、ディートリンデ・ヘルシング。

 多くを滅し、多くを救った希代の勇士。


 ……吸血鬼を滅ぼすためには、どんな外法も邪道も辞さない者だ。



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