踊ってみた
「ねえ、なんでこれをネットにアップするの?」
私はめちゃくちゃキレていた。
「悪気はないし、日本らしくていいなと思ったし、こんなに好評じゃ……。」
「今すぐカリンを連れて実家に帰りましょうか?」
「あっ、それ日本から宣戦布告されるからやめて。うちの国の軍事費の順位知ってるよね?」
「その程度の小国の王子のくせに、随分軽はずみなことをなさるんですね。」
「だから、ごめんって。」
原因は、ヨーロッパのさる小国の王太子のSNSアカウントだ。
王室のスタッフや政府の関係者が撮影した公務の写真とか、美しい自然や興味深い文化の宣伝の投稿とか、国民への応援メッセージとか、「世界イケメン王族ランキング」の上位常連の自撮りとか、そんなものがかなりの頻度で投稿されるので有名なアカウントである。最近は、いろいろあって日本から嫁いできた嫁ともうすぐ1歳になる娘の写真や映像も投稿されていた。
ちなみにこのアカウント、「やべえ投稿の宝庫」と世界中の週刊誌が毎秒チェックするアカウントでもある。
例えばつい先日、「明らかに王太子妃ではない女性と王太子の親し気なツーショット」が意味深にアップロードされ、世界中の人々をざわつかせた。その写真には投稿者によるコメントが全くついていなかったうえに、その後も王室から一切のコメントが発表されなかったため、「王子が早くも浮気をし、浮気相手との写真が何らかの設定ミスであがってしまったのではないか」という憶測が世界中に広まった。
まあ、奴はすでに「外交のために訪れた日本で、諸事情あったとはいえ一般女性(未成年)と関係を持ち、やらかした責任を取って結婚した」という前科があるので、私を含めた王室メンバーはこの噂をニュースで聞いた時に腹を抱えて笑い転げたものだった。
ちなみに、この騒動は数日後、私が責任をもって上げた「謎の女性と王太子夫妻のスリーショット」の写真で落ち着くことになった。
ついでだから説明しておくと、私の夫の”浮気相手”は、ドラマ撮影のために王宮にやってきた女優のハマサキミオさんである。
日本語を勉強するべく私以上に日本のテレビを見まくって芸能界に異様に詳しくなった私の夫のお気に入りの女優さんで、奴は彼女に出会ったとき、感動のあまり泣いていて、正直めちゃくちゃキモかった。世界有数のイケメン王子に申し訳ないが、キモかった。それで、彼の希望をかなえてあげようと私はカメラマン役を買って出たのだった。
その日の夜、夫婦で写真を見返している時に「おもしろそう」というそれだけの理由で、この1枚はアップロードされていった。
止めなかった私にも責任はある。でもその日私は異様に疲れ切っていた。日本人の製作スタッフと王宮のスタッフの通訳に必死だったからである。そう、なんと彼らは「王太子妃が通訳とかしてくれる」と勘違いしていたのである。通訳くらいちゃんと雇ってくれとマジで宣戦布告を考えたくらいだ。一応この国は立憲君主政だけど、小国ゆえに王族の影響力が大きく、国王陛下にお願いすれば宣戦布告くらいしてくれそうだ。嘘だけど。
ちなみに、この写真のおかげで例の再現ドラマは世界中で話題になり、各国語の字幕がついたうえで某動画配信サイトに有料でアップロードされ、結構いろいろな人から感想をもらった。あとハマサキミオさんはめちゃくちゃ有名になり、ハリウッドにちょい役をもらったらしい。
「ほんとにごめん。でもいいじゃん。おかげでミュージックビデオの再生数、めちゃくちゃ伸びているらしいよ。」
「それで済むと思うのか!」
私はそう言ってため息をついた。
先日、私はダイエットのために某動画サイトにアップロードされていた日本のとあるアイドルグループのなかなか激しいダンスを懸命に練習していた。なぜダイエットをしていたか。それは今度の式典で着る予定のドレスが想像以上にセクシーなものだったからだ。これ式典で着ていいのか、と義母(王妃)に聞いたくらいセクシーだった。ちなみに「似合っているからダイジョウブ」という返事をいただいている。
16ビートのリズムに乗って歌い叫びながら踊っている私を、娘のカリンはきゃっきゃと嬉しそうに見ていて、その横では明日の公務の打ち合わせで死んだ顔をしていた夫が、これまたきゃっきゃと嬉しそうに見ていた。慣れない異国の王宮での子育ては、周囲の人に支えられてなんとか最低限やれているという状況で、正直いっぱいいっぱいだった。そのストレスを発散するかのように、女の子を応援してくれる16ビートのリズムに乗っかって、あまり上手でない歌を全力で歌いながら踊った。
最終的に3人でそのアイドルグループのライブ映像をちょっと見て、わたしはカリンのオムツ替えとかこまごました寝る準備をして、そのまま崩れ落ちるように寝た。夫が明日のスケジュールの確認のために部屋を飛び出していったのが最後の記憶だ。
で、目が覚めると自分のスマホにはものすごい量の通知が来ていて、朝の情報番組では昨日の自分(すっぴん、ジャージ、変なTシャツ、夫以外にはとても見せられないレベルの歌とダンス)の動画が繰り返し放送されていた。事故も事件もない平和な平日の朝だったため、私のダンス動画は本当にマジでずっと流れ続けていた。
どうやら昨晩私が寝落ちている間に、私のダンスをこっそり撮影し、何も考えずに投稿したらしい。
「すごく可愛かったし、日本の文化も紹介できるし、いいなと思って上げました。」
「ねえ、服装。あれ中学のジャージに高校のクラスTシャツじゃん。」
「あのTシャツかわいいよね。それに君、すっぴんも綺麗じゃないか。もちろん今のメイクも似合っているけど。」
「著作権とか考えなかったの?」
「ちゃんと曲名を書けば大丈夫だよ。ねえ、本当にごめんって。」
「本当に、この後どうすればいいのよ。NGOの偉い人と会うんだよ。」
私は車の外をちらりと見た。窓ガラスに特殊なしかけがしてあるので、車の外から中の様子をうかがうことはできない公用車は、世界各地でボランティアとかをしているすごい人を訪問する公務の会場にまっすぐ向かっている。
「あの動画を見て君を嫌いになる人なんていないよ。うちの国の人たちも日本の人たちも大絶賛だ。それに君のおかげでうちの国は”明るくていい国”って世界中にアピールできたんだから。それまでは小さい国で、誰も知らなかったんだよ?」
夫はそう言うと、私にそっと耳打ちをした。
「ボクモ、キミガ、スキ。」
思わず何かがこみあげていた。この人はいつもそうだ。自分勝手なわがままな王子様の役割を演じて周囲の羨望のまなざしを集めている一方で、実はめちゃくちゃ苦労している。
出会った時もそうだ。一見平和に見える小国の水面下で動いていたクーデターに巻き込まれかけ、命からがら逃走したところで私に出会ったのだ。嫁いでから知ったが、この国は小国ゆえに生き残るためにものすごく苦労していた。選挙のたびに政治家が大国の思惑に左右され、独立国として当然の権限をいつの間にか隣国に吸収されることもしょっちゅうらしい。(実際、安全保障の協力のためという名目で各国の軍事拠点がおかれまくったりしている。これでも随分減らしたらしい。)
世界の国々と友好関係を築きつつ、生き延びていくのはものすごく大変なことなのだ。ましてや、世界のほとんど誰も知らない小国が消滅の危機に瀕しても、誰にも助けてもらえない。だから、私との”世紀の大恋愛”(ということになっているらしい)によって世界から注目され続けていることは、この国にとってめちゃくちゃ喜ばしいことだったらしい。
そんなこともあり、この国の人は、この国の言葉も満足に話せない小娘が王太子妃として嫁いできたことに対して、ものすごく優しかった。本当に救われていた。
そして誰よりも私に寄り添ってくれたのが、彼だった。何を言われようと、ずっとそばに一緒にいてくれた。
婚約と妊娠が世界中に速報で流れて、実家の周りをマスコミにぐるっと囲まれて震えていた時、彼は日本にまで迎えに来てくれた。(あとずっと買い物に行けなくて困っていた実家の両親のために食料と日用品をめちゃくちゃ買ってきてくれた姿があまりにイケメン過ぎて、ちゃぶ台返しをしようとしていた父親は一瞬で彼のファンになった。)
実家の玄関の扉を開けた時の怖さは今でも忘れられない。私は逮捕された容疑者のように隠れて実家を出ようとした。でも彼は堂々と私の手を取って外に出ると、世界に見せつけるように私の肩を抱いて、それから玄関で心配そうに見送っていた私の両親にしっかり一礼をして(これで私の母だけでなく全国のおばさまたちをファンにした)、外務省が用意してくれた強そうな車に乗せてくれた。
そのあとも、私の実家を離れてから飛行機に乗って王宮につくまで、ずっとそばにいた。まじで離れたのは出国手続きと女子トイレくらいだった。「王太子は仕方なく結婚したのではないか」という心無いことを言う人たちも、それを見て黙ったくらいだ。
ちなみに出国手続きの時は「離れたくない」と何やら抗議し始めたのだが、外国語があまり聞き取れない上にもうだいぶ気持ちが落ち着いていた私が、普通に手を振りほどいて出国手続きのカウンターにすたすた歩いて行ってしまったので、夫が迷子の子犬のような顔をしているのが全世界に生中継されることになった。なので、それ以降は「王太子はむしろ嫌われているのではないか」という人が増え、夫の片思いを応援するキャンペーンみたいなのが始まってしまったらしい。
彼は、何があろうとずっと一緒にいてくれた。
「Danke schön。」
私もいろいろな気持ちを込めて耳元でささやいた。
ちなみに数日後、最近世界で流行っているというおもしろ筋トレダンスを一生懸命踊る王太子の動画が、王室のアカウントにアップされ、世界中でバズった。私はその投稿に、日本語で「復讐」とだけ書いておいた。