ハンナの物語 ①
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―「どうか私と踊って頂けませんか?」
お人形のような顔の男がサラサラとした髪を耳にかけて手を差し伸ばしてきた。ゾクっと背筋に冷たい何かが走ってきたが、鍛えた笑顔で相手を見返す。
「私、婚約者以外とは踊りませんの」
「そんなっ。是非とも貴女と踊るチャンスを私に頂きたい」
「母様と父様からも言いつけられていますから、それではご機嫌よう」
懇願してくる男に背を向けパーティー会場から抜け出す。煌びやかに着飾る貴婦人達に挨拶をしつつ、こんな場所にはいたくないと足早に移動する事にした。
----- ハア。面倒くさい。
パーティーに出席する意味あるのかしら? 本当無駄な時間としか思えない。
王女として生きてきたが、窮屈な生活にいささか疲れてきた。空を飛ぶ鳥のように… 自由に羽ばたける羽根が欲しいなと思う。
「姉上。パーティーを抜け出すおつもりですか?」
二歳違いの王太子である弟は学院からパーティーの為に帰ってきたようだ。父様譲りのシルバーの髪は綺麗で母様と同じ瞳の色をしている。
「エルドはご機嫌なようね。何か問題でも?」
「母様が心配していましたよ。そもそも婚約者などいないでしょう?」
「良いのよ別に。パーティーでは笑顔で頑張ったわ」
「はあ… 姉上は本を読んでいる時以外、基本無表情ですからね」
「仕方ないでしょ? そういえばエルド新しい物語を見つけたのよ? 教えてあげましょうか?」
「いったい僕を何歳だと? 姉上は成人しているんですから王族の義務を果たして下さい」
「公務はしてるじゃない。他国に嫁げとでも言いたいの? 父様は行かなくて良いと言ってくれたわ」
「そこまでは---- 取り敢えずしっかりして下さい」
---- 本当可愛くないわね。
つい最近まで私から離れなかったくせに。私が学院に入る時なんて泣いたじゃない、可愛かった弟はいつの間にか大人になり私へ意見してくる。
母様から聞いた事のあるおツボネのような弟に溜息が漏れてきた。でもおツボネって確か女性だったわよね? 男性でもおツボネというのかしら?
ふう。何処か遠くへ行きたいわね---- ふと廊下にある人物画が目に入る。母様の姉であるアリステア様が微笑む絵へ導かれて立ち止まった。
そうよ! 良い事を思いついたわ!
隣国であるバレルシア王国に視察へ行けばいいのよね。新しい本もあるだろうし、初めての旅をする事も出来る。何よりアリステア様の所なら母様が反対するわけ無いわ!
そうと決まればゼンは急げよ!
パーティーが終わり次第、まずは父様の所に行ってから母様の元へ行くのが間違いないわ。早速部屋に戻って作戦会議をしないとね。
ふんふんと鼻歌を溢しながら暗い廊下を歩き出す。久しぶりに高揚する心は止められる物ではない。
何て良いアイディアかしら、クリスに早く話したいわね… 絶対目がパチパチするはず。
先程までとは同じ足とは思えない程軽くなった足はもう止める事なんて出来ない。
… この時の事をハンナについていた長年の侍女からハロルドはこう報告される。
鼻歌を歌い珍しくご機嫌の様子。エレナ陛下の昔の事を思い出しとても不安です---- と。
*****
「あらクリスじゃない。どうしてここにいるの?」
「それは俺にも分からない」
目の前に現れたクリスは、学院の図書館で出会った唯一の本友達。お互い本を読むのが大好きで、会話こそあまりしないものの、本について一度語りだすと長い間語れる相手だ。
「会うのは久しぶりね。クリスに会いたいと思っていたから嬉しいわ」
「------ よほどパーティーが嫌なんだな。周りを見てくれ、先日のパーティーへも足を運んでいた」
「嘘っ。いたなら話しかけてよ」
「あの場で王女に話しかけるなど面倒くさい」
「王女って言わない約束でしょ? まあ良いわ。それでクリスは何しに来たの?」
「エレナ陛下から同行するよう頼まれた。隣国に行くんだろ?」
「母様? どういう事?」
「さあ。一先ず馬車に乗ってから話そう」
背の高いクリスに連れられ馬車へと乗り込む。母様が開発したという馬車は本当に座り心地がいい。侍女や騎士達の準備は済んでいたようで馬車の扉が閉まると直ぐに動き出した。
「それで---- 何で隣国に行くと言った? また良からぬ事を考えているのか?」
「酷い言い方ね。良い事を考えているのよ」
学院時代と変わらないクリスの様子に嬉しくなる。王女である私に対し、こんな口調で話してくるのはクリス一人だけだ。
「まあ新しい本が読めるとか、旅が出来ると思ったんだろう?」
「流石はクリス、正解よ。クリスは仕事の方大丈夫なの? 宰相補佐がいなかったら宰相様倒れちゃうんじゃ----」
「倒れる事はない。父上は元騎士だ、頑丈なのが売りだから問題ではないが---- 少し楽観的というか頭の方が心配だ」
「ああ、なるほど---- そっちの心配ね----」
宰相様は元々副団長をしていた方と聞いている。前の宰相様が引退するタイミングで、母様が無理矢理させたと父様が言っていた。外交や人を纏めるのが得意のようだけど、いかんせん女好きで有名であった宰相様は女性達からあまり慕われてはいない。
クリスが宰相様の息子と聞いて最初は驚いたけど、どうやら侍女長をしていた母親の方に似ているようだ。教育も厳しく熱心な母親に父親のようになるなと、幼い頃から口を酸っぱく言い続けられていたらしい。
母様にはクリスと図書館にいるのが報告された時、私と乳兄妹になる予定だったのに元侍女長から強く断られたと聞いた。何でもその時は伯爵家だったようで、頑なに首を縦に振らなかったとか----
「普段からハロルド陛下が補佐していたし、今回はエレナ陛下も手伝ってくれるようだからきっと大丈夫だろう」
「えっ。母様が手伝うの?」
「そう言っておられたから間違いではないだろう。今頃父上も驚いているはずだ」
「クリスは父親に言わずに来たの?」
「普段から嫌がらせの様に働かされているからな。母上にも内緒にして貰った」
「そ、そう---- 何だか宰相様が気の毒だわ」
「父上の事よりも最近は何か読んでいるのか? 新しい本があれば教えて欲しい」
「ふふ。新しい物語を見つけたのよ」
本の話になり新しく仕入れた物語の話をクリスに説明していく。隣国の紙を使って書かれた本の題名は『ラ・ベルとラ・ベート』 美しいベルという女性と野獣の恋を描いた話だ。作者が誰なのか未だ分からないままだが母様から渡されてしぶしぶ読んでみたら直ぐに夢中になった。
母様は何処から本を買ってくるのかしら? 時たま渡される本はどれも作者不明。分かっているのは隣国の紙を使っている事だけだ。
---- 隣国についたら作者を探してみよう。きっと他にも素晴らしい本を書いているはずだわ!
クリスにベルと野獣の話をしながら、隣国への長い馬車の旅路が幕を開けた。
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「それで二人は無事結ばれて幸せに暮らしました。凄く素敵な話よね、私もこういう出会いがあれば結婚を考るわ」
目の前に座るハンナは目を輝かせて話し続けている。普段は無表情のせいか冷たく見えるが、本を読んでいたり物語の話をしている時はまるで別人のようだ。
「クリスはどう思う? 素敵だと思わない?」
「------ 物語としては良く出来てるんじゃないか? 野獣が王子に変身するとは思ってもみなかった」
「でしょう? この物語が書かれた本はねバレルシアで作られた紙で出来ていたの」
「学院の時に話していた長髪の姫や不思議の国のアリスとやらもそうだったよな?」
「流石はクリス! 覚えてるだなんて嬉しいわ。昨日のエルドとは大違いね」
ハンナはいつもの表情で弟であるエルド殿下との会話を説明してきた。十五歳にもなれば普通の反応だろうと思いつつも相槌をうつ。
---- 正直ハンナを怒らせると面倒くさい。
学院時代に一度だけ物語を否定して怒らせてしまった。その後も顔は合わせるものの口を全く開かず無視され続けた日々を思い出す。
謝ってみるにしても何か違う気がして新しい本をプレゼントする事にした。たまたまハンナが興味を持ってくれたおかげで仲直り出来たけど、あのままだったらきっと今の様には話せないだろう。
「バレルシア王国まで十二日間も旅出来るなんて幸せだわ。早く考えつけば良かった」
---- それは困る。今で良かったと心から安堵した。
ハンナは今まで出会った事のない女性。頭は良いし見た目もエレナ陛下に似て美人であるが、どちらかというと見た目には無頓着でサバサバとした性格。
自身を過剰によく見せようと厚い化粧をしたり、臭い程の香水を身に纏ったりしない。初めて図書館で会った時パーティー会場で見ていた姿とは違いすぎて直ぐに気付かなかった程だ。ハンナいわくどうでも良いらしい。
ハンナに恋心を抱くようになったのはいつからだろう---- 気づいた時にはいつもハンナの姿を探すようになった。俺だけにしか見せないハンナの素の表情が好きで、ハンナが本を読んでいる時にはいつも側にいたものだ。
何処から変わったんだろう---- ハンナの婚約者になるべく学院を卒業してから直ぐに父上の補佐を始めた。宰相に将来選ばれれば王女の嫁ぎ先として相応わしいと考えたからだ。ここ最近ではエルド殿下が協力してくれるようになりハンナの状況を逐一俺に教えてくれる。
先日開かれたパーティーの翌日、エルドからハンナが隣国に行くと聞かされてかなり驚いた。
何故今更? 隣国に何しに行くつもりだ?
どうにかハンナに同行出来るよう裏で駆けずり回り今に至る。ハンナが半年前に行くと言っていたなら同行は難しかったと思うが、成人も迎えエレナ陛下が心配していた所エルドから話を聞いて俺の味方してくれた。
「ハンナを絶対に射止めて頂戴! あのままだったらお城のお局になってしまうわ!」
エレナ陛下のいうオツボネの意味が良く分からなかったが、俺にとっては好機である事に違いない。
バレルシア王国には三人の王子がいると聞く。うかうかして横から拐われては今までの努力が水の泡になる。
------ どうにかハンナの気を引かないとな。
鈍感中の鈍感でもあるハンナを落とすのはきっと一筋縄ではいかないだろう。学院時代、ハンナの近くにいたからこそ分かっている事だ。
周りから固めようとしていたが----
作戦変更を余儀なくされ少しだけ落ち込んだがウカウカしてられない。ハンナが昔に教えてくれた長髪の姫の話を、キラキラとさせながら語っている姿を見つめながらもふと小さく息を吐いた。
ハンナの物語は不定期で更新予定です。
楽しんで頂けたら嬉しいです!




