26.遅かったわね。 --赤い靴--
今話は
ハロルド → エレナ視点です。
凄い。
ヨダレってこんなに出るんだな------ 知らなかった。
昨日の夜、エレナが庭師長と会場を出たとたん両親に捕まって大変だった。
最初は見た事がない程怒っていたけど、詳しく話せば理解してくれたし、エレナを味方する気持ちは変わらないまま。
理解ある両親で良かったと心から感謝したものだが、途中から愉快顔をした兄が来やってきて、何故か俺への恋愛講座が始まった。
兄はもちろん、両親も急に生き生きと話し始めた為、長い時間捕まってしまう。
やれ俺の押しが足りないだの、デートに誘えだの、しまいにはキスしろとまで言われ、両親には愛を語られる始末。
言い始めた筈の兄は途中で逃げ出し、俺だけが両親の語りに付き合わされた。
はあ、流石に勘弁してほしい------
ベッドに眠るエレナを見て、盛大に溜息を吐く。
それにしてもよく寝るな。目の周りも真っ赤だし、かなり泣いたんだろうか?
アリステア殿下とあいつがどうなったのか気になるし、エレナが何かしらの形で責任を取るのかも気になる。
エレナが俺の手を離して前に出た時、俺は止められなかった。
あんなエレナ、俺は知らないし、見た事ない。
姿勢や、一つ一つの動きが洗練されていたように見えたし、堂々と人集りの中に立つ姿は、改めてエレナが王族の血筋であると実感し、少しだけ距離を感じた。
------ 普段は感じないが、エレナは王女なんだよな。
本来なら、こんなに一緒にはいられない筈だ。
エレナは今後どうなるのだろうか。他国に嫁ぐ事になってしまえば、手に入れるのが難しくなる。
そうなる前に、国にエレナが残る利益を見つけて提示しなくてはならないな。
エレナの開発した商品は、国の特産品となるよう生産を増やしているから、その路線でいければ簡単なんだが----
それにしても、商品を開発したエレナの発想はどこから生まれてくるんだ? たまにエレナに感じる違和感が、なんなのかは俺にも分からない。
何故か知っていたゴムや、髪を洗う為のシャンプー。いつ覚えたのか分からない知識ばかり、それに冷静な時にだけ見え隠れする大人っぽさ。
全部エレナなのに---- 何だか違う人に見える。
いや、それもエレナか。
俺だけが分かってるんだ、俺が受け止めてやらないとな。
「んー」
「エレナ? 起きたか?」
「え! ハロルド何で?! あれ、皆は?」
「お前の母様が部屋に入れてくれた。侍女を呼ぶか? 目の周りが赤いから冷やした方がいい」
「そう---- お願い出来る?」
侍女に冷えたタオルを用意してもらい、エレナの目元に当てる。
今日は珍しく素直だな。いつもなら、子供扱いしないでとか、自分でやるわって騒ぐのに、大人しすぎる。見た目からして、まるでお人形のようだ。
「ねぇ、ハロルド。お姉様の婚約なくなったわ。ガイアも現れなかったし、責任も取らなくていい事になったの」
「そうか、それは良かった。昨日は良く耐えたな」
望んだ結果な筈なのに------ どうしたんだ?
俺は今安心しているが、エレナも同じ気持ちなんだろうか? こんな風に静かに喜んだり、安心するエレナは見たことないな------ 何かあったのか?
「エレナ? どうした、大丈夫か?」
「ハロルド------ 私ね、自分が嫌なの。お姉様にね、あんな事言わしたかった訳じゃないし、責任取るって言って欲しかった訳じゃないの。でも言わしたのは私なのよ。自分が嫌い、お姉様の為だと言ってても、ちゃんとお姉様の事考えていなかった」
エレナの体が震え出したので、エレナの手を握りしめた。
「ん------ 俺がいてやるから、後で一緒に謝りにいくか?」
「------ お願いしても良い?」
「いいよ。エレナが落ち着いたら行こうか」
「----------------」
声に出来ないのか、エレナは小さく頷くと嗚咽を漏らし、体を横に向けて丸まる。
握りしめた手だけは離されず、俺の手を握り返した手は震えて弱々しかった。
------------------------------------------
うぅ、辛い。涙ってこんなに出るのね。
昨日のお姉様の姿が頭から離れず、再び泣きそうになるが我慢する。
-------- 私より、お姉様の方が辛い筈よ。いつまでも感傷に浸っている訳にはいかないわ。
握り返したハロルドの手から勇気を貰い、息を吐くと上体を起こした。
「もう大丈夫か?」
「うん、ハロルド有難う。昨日もあいつから助けてくれたし--- 感謝しか言えないけど、いつも有難うね」
「大丈夫だ。いつもの事だろう?」
バレルシア王国で初めて見た時の様に、柔らかく微笑むハロルドが近くにいて、何だか胸が落ち着かない。
普段との差が激しいだけに、柔らかい笑みの柔らかさが尋常じゃないのよね。
前はこんな顔しなかったのに------
ハロルドは好きな人いるのよね? 好きな人の前では、いつもこういう顔をしてるのかしら------ 今度はチクリと胸が痛くなる。
私一体どうしたんだろう----- 落ち着かなくなったり、痛くなるのは何で? 自分の胸なのに全然分からない。
病気だったらどうしよう、不安だわ。
それにしても、ハロルドの好きな人って誰なの? 私の知ってる人?
夜会や学院で見る顔を順々に思い出していくと、またチクリと自分の胸が痛んだ。
「エレナ、準備出来た頃にまた戻ってくるから。急がなくていいからな」
「あ---- うん----」
近くにいてと言いたかったが、言葉を飲み込み頷く。流石に着替えている間、ハロルドにいてもらう事は出来ない。
侍女に手伝って貰いながら支度を終え、ハロルドを待っていると父様が部屋に入って来た。
「エレナ、起きるのが遅かったな。昨日の事は反省しているのか?」
「はい----- 父様。本当にごめんなさい-----」
「アマリーリアから詳しく話は聞いた。あの場で事を起こしたのは流石にやりすぎだが、もう謝らなくていい」
父様の言葉にしずしずと頷く。
------ 母様が話してくれたのね。後で母様にも会いに行かないと------
「それで、エレナ。あと二年でエレナも成人だ。先延ばししていたが、嫁ぎ先を探さなくてはいけない。昨日の事で、自国の貴族に嫁ぐのは難しくなっただろう。他国に嫁ぐ覚悟を持って置きなさい、良い嫁ぎ先を探しておくから。」
「えっ---- 分かりましたわ。父様、有難う御座います」
父様に頭を下げながらも、いきなりの事に息苦しく頭が混乱する。
------ そういう話が出れば、すんなりと受け入れる自信があったけど、違ったわね。凄く嫌って思ってしまったわ。
「じゃあエレナ。当分は城で大人しくしていなさい、分かったね?」
「はい----」
天井を向けば、涙が溢れ息が苦しい。
あぁ、私って馬鹿だわ。こんなに嫌と思うなんて---- 自分の事なのに気付いてなかったのね。私------ 自分の事が分からないわ。
先程からの胸の動きも、他国に行きたくない気持ちも、なんでなのか考えても答えが出ない。
私って、本当に愚か---- 赤い靴の女の子と一緒。
昔読んだ時に思ったのよね------ お婆さんの言う事を聞かないで、何で赤い靴を履いて教会に行ったの? だからそんな目に合うのよ、自業自得だって。
本当、私も自業自得だわ------
「エレナ? どうした、何かあったのか?」
「ハロルド? 私------ 父様に言われたの。他国へ嫁ぐ準備しろって------ 私馬鹿だわ。今になって行きたくないの」
「陛下がそう言ったのか?」
「うん、今部屋に来てそう言ったの。ハロルドどうしよう--- 受け入れるつもりだったのよ、でも胸が苦しくて、嫌なの。行きたくないわ」
大丈夫と、ハロルドが言いながら私を抱きしめてくれる。ハロルドに強く抱きしめられて、色んな想いが湧き上がってきた。
------ 私、ハロルドと離れたくないわ。ハロルドがいない人生なんて考えられないもの。
私、ハロルドが好きなんだわ。
ハロルドが好きだと自覚すれば、今までの胸の動きが何故なのかストンと胸に落ちる。
------ 気付くのが遅かった。もうどうにも出来ないし、ハロルドには他に好きな人がいるものね。気付かなかった方が良かったわ。
赤い靴を履き、ボロボロになった姿で踊り続ける少女の挿絵が自然と心に思い浮んだ。
読んで頂き有り難う御座います!
赤い靴。アンデルセン童話ですね。
教会に赤い靴を履いていった事で踊る事になるカーレンですが、光る剣を持った天使に「骸骨になってしまうまで踊い続けなさい」と、厳しく言われてしまうんですよね。
家の方に行けば、お婆さんが亡くなって棺で運ばれてる所を踊りながら見るんですけど、切な過ぎます。
しかも、首切り役人に罪を悔い改めることができるよう、どうかこの赤い靴を履いた足を切ってとお願いするんですよね。
悲しいお話しです。




