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6.5 荒ぶる神


月曜日ってやる気出ないよね。日曜日に戻りたい。そんなこと言ってもどうしようも無いけどさ。


入学してからまだ一週間しか経ってないけど、先週は色々ありすぎて(主に精神的に)大変だった。しばらくすればクラスにも慣れて、落ち着いた学校生活を送れるようになるだろうと考えながら、午前中の授業をこなしていった。


そんなこんなで昼休み。恒例になりつつある面子と共に昼食を食べ終えたオレは、カナの席へ向かう。先週の約束を果たすためだ。カナは数人の女子とお食事タイムの真っ最中だったが、放課後はすぐに掃除と部活だから、話しかけるタイミングは今がベストだろう。


って思ったんだけど。ある人物が視界に入り、足を止める。魔王がいた。いや、金曜日の学級会で「コソコソしてんじゃねえよ、ゴミが(意訳)」と凄んできた女子がいた。魔王様も、カナと一緒にお食事を摂られておられる。ついでにカッシーも居たけど、今はどうでもいい。それより魔王様が怖い。純粋に怖い。思わず引き返したくなる。


い、いや、逃げちゃダメだ。今を逃すとチャンスはしばらくやってこない。何となくそんな気がする。約束を先伸ばしにするのも悪いし。碇シジくんも逃げちゃダメだって言ってたし。腹くくれ、蒼木!


「カナ」


「んっ……なに?」


口の中のものを飲み込んだ後でカナが答えた。悪いな、食事中に。横目に魔王様の様子を窺うと、あの学級会の時に放っていたような威圧感は感じなかった。流石の魔王様でも、いつもあのオーラを纏ってるわけじゃないんですね。


って気にしたらダメだ。オレはあくまでカナに渡すものがあるだけなんだから。後ろ手に隠し持っていた物をカナに差し出す。


「ほれ、いつぞやの依頼の品」


赤の折り紙で折った椿。金曜日に渡し忘れて土日を挟んじゃったけど、これで約束は果たした。


「わあっ、ありがと!」


「いやいやどういたしまして。じゃ」


確かに届けた。ミッションコンプリート。まわれ右。さあ、我が家(オレの席)に帰ろう! 魔王様の機嫌を損なわないうちに!


「へえ、カナと蒼木ってそういう仲だったのね。花のプレゼントだなんて、ラブラブじゃない」


……まて。カッシー、それは聞き捨てならん。


「ばっ、違っ――」


「ないない。部活仲間としてならともかく、恋人として付き合うのはちょっとな〜。ていうか無理」


オレより早く、カナがキッパリと訂正した。いや、オレも恋仲を否定するつもりだったけどさ。なんだろう、そこまで言われるとなんだか傷付く。一応オレも何か言っておくか。


「ま、まあそういうこと。前に作って欲しいって言われたから作っただけだし、深い意味はない」


「なんだ、つまらない人間なのね蒼木って。このユリを見てる方がよっぽど楽しいわ」


カッシーはカナの手元に置かれた椿(オレ作)を横目にそんなことを言ってくる。恋愛がらみの話じゃないと分かった途端にその態度かよ。それに花の種類、間違ってるぞ?


「椿な、それ。ユリじゃない。あとそれ作ったのオレなんだけど」


作品がすごいなら、それを作ったオレもすごいってことになるよな? 少なくとも『つまらない人間』呼ばわりされる謂われは無いよな?


「そう考えると残念ね」


「何故だ。ていうかオレの扱いひどすぎない?」


「蒼木だし」


「解せぬ」


何故だろう、すごくカッシーに軽く見られてる。


「ま、蒼木だしね」


「カナまで!?」


っ……まあ、カナに言われるのはまだ分かる。オレには余計なことを口走って、カナと一悶着を起こした前科があるしな。


「お前のことだし」


「ちょっ!?」


なんて思ってたら魔王様までそんなことをおっしゃった。なんだよこの波状攻撃は。入学一週間のチームワークとは思えない。3対1とか勝ち目無いじゃん。


「まっさんナーイス」


「いえーい」


そしてカッシーとまっさんと呼ばれた魔王様がハイタッチ。ああ、この二人は昔からの仲なんだな。なんとなく見て分かった。


にしても『まっさん』て。貫禄を感じる渾名だな。まさか魔王の『ま』じゃないよね、さすがに。


「まあそんなに落ち込むなって!」


「落ち込ませた人が言っていい台詞じゃない。というか少しくらい制作者に敬意を持って接してくれよ」


椿の制作を依頼した本人をぞんざいに扱うってどうなのよ、カナさん。


「えへっ、なんのことだっけ?」


わざとらしくとぼけやがった。カナのやつ、確実にオレをイジり尽くして遊ぶつもりだ。


「もうやだこのクラス。オレは旅に出ます。探さないでください」


これ以上会話を続けても不条理にオレの立場が悪くなるのは目に見えてるから、強制的に会話をぶったぎってその場を足早に立ち去る。はぁ、疲れた。精神的に。


「確保おおぉぉぉお!」


そしてこのタイミングでお前かよ、義岡。椅子に座ろうとしたオレの背中に、義岡の右ストレートがクリーンヒット。ぐはっ、不意打ちとは卑怯なり。


「ってえな! なんだよもう!」


「お前は! 隙あらば女子とイチャイチャしやがって! 不純異性間交遊罪で逮捕する!」


もうやだこのクラス。今度は犯罪者呼ばわりですか。そうですか。このクラスでのオレの立ち位置って……やめよう、考えるだけ無駄だ。


「そんな罪名ねえよ……多分。ていうかオレよりも危なそうな奴がいるじゃねえか」


顎で真後ろの席に座る磯西の方を示す。奴はピンクのカバーで覆われた文庫本を読んでる。オレたちの会話に気づかないほど、読書に熱中してるみたいだ。だがその顔には、普通の小説を読むときには絶対に生まれないであろうゲスい笑みが貼り付いている。あれはきっと女湯を覗いてニヤニヤしている変態と同種の笑顔だ。いったい何の本を読んでいるんだか。


「確かに奴はエロいが、そのこと自体は罪ではない。あいつは無罪だ」


エロ西本人も前にそんなこと言ってたな。


「そんなことより貴様だ貴様ぁ! 今まで何度か見逃しては来たが、今回ばかりは我慢できぃん! 俺が直々に死刑を執行してくれる!」


「理不尽極まりねえな! はぁ、要はあれか? オレが女子と話してるのが羨ましくて暴走してんのか?」


今まで義岡が女子と話しているとこなんて見たこと無いしな。


「っち、ちげぇし! べっ別に羨ましくなんかねぇし! お前と絡んでおけばそのうち女子と話せる機会がやってくるだろうとか思ってねぇし!」


「隠し事苦手だろお前」


意外と計算高いゴリラだな。まあ裏でいろいろ考えているのが人間だからね。義岡はゴリラだけど。


「ま、頑張れ?」


「下手に励ますなぁ! 悲しくなる!」


そう義岡がいい終えたとほぼ同時に、


ピンポンパンポーン。


不意に放送連絡のチャイムが鳴り、教室のさざめきが少し落ち着く。ウホウホ騒いでいた義岡も、流石に口を閉じた。


<応援団幹部より、一年生の皆さんに連絡します。明日の昼休みから応援歌練習が始まります。校歌、常勝歌、奮闘歌の歌詞を覚えてきて下さい。繰り返します――>


「応援歌練習?」


「ああ……来たか」


ついに来ちゃったか、鳳嶺高校の伝統行事。


「? 何か知ってるのか?」


「さあね」


教えなーい。ていうか、噂も聞いたことないのか? 鳳嶺(うち)の応援歌練習は結構有名だと思うんだけど。


「とりあえず、今日のうちに遺書でも書いとけ」


「……ものすっごく不安なんだが」


義岡、顔が引きつってるぜ。オレもあまり余裕はないけど。


「安心しろ、オレもだから」


むしろ下手に知ってるからこそ不安が増してる気がする。鳳嶺高校のOBであるオレの兄貴からの前情報は色々と役に立ったけど、今回ばかりは知らない方が幸せだったかも。どっちにしろ、結果は同じだし。


□□□


授業終わった! 帰りのSHRも終わった! 即部活! といきたいところだが、今週はオレの清掃班にF組の教室掃除が割り当てられている。めんどい。


まああーだこーだ言ってもしょうがないし、パパッと終わらせますか! レッツ掃除!


「蒼木くん!」


……何の用事か知らないけど、いきなり出端[でばな]を挫かないでくれるかな? 掃除しようと思ったそばからこれかよ。声のした方へと振り向く。ってお前は――


「これ! 私のメアドだから! 良かったら連絡して!」


声の主が八神だと認識したのとほぼ同時に、奴は有無を言わさずアドレスが書かれているだろうメモを突き付けてくる。


……ええと、状況が理解できない。唐突すぎる。いきなり連絡先を教えられても対応に困る。しかも普通の女子ならまだしも、出来るだけ関わりたくないこいつのアドレスって。ぶっちゃけ要らない。


でも、ここで突っぱねると色々めんどくさいことになりそう。八神の声が無駄にでかいせいで、結構な数のクラスメイトがこっちを見てる。無下にしたら八神が傷付くだろうし、何よりオレの印象が悪くなりそう。


「あ、ああ……」


オレが遠慮がちに右手を差し出すと、その上に強引にメモをねじ込み。


「じゃあね!」


どこか満足した様子で、八神は巨体(横幅のみ)を揺らしながら嵐のごとく去っていった。……マジで何なんだあいつ。


「フゥー! 蒼木くんモテモテー!」


「殴るぞ?」


茶化してきた悠哉に一言。マジでやめてくれ。非常に悪いが、デブって時点で恋愛対象外だ。嫌悪すら覚える。向こうはどう思ってるかは知らんけど。


「で? どうすんの? メールすんの? 付き合っちゃうの?」


「蹴るぞ?」


悠哉がにやけながら肘でつついてくる。うざい。ホントに蹴ってやろうか。


「冗談はこのくらいにして、実際どうよ? ぶっちゃけあまり嬉しくないだろ?」


「うん」


即答。悪いけど、八神の外見に好印象を持つ奴はまずいないだろうし、学級会での発言もある。オレだけじゃなく、クラスの誰しもが自分からは八神に近づこうとしないだろう。そんな八神の連絡先をゲットしてもなあ……。


「しかし、なんでいきなり」


特にあいつと接点は……あったわ。言った後で思い出した。


「先週のゲームで蒼木が救いの手を差し伸べちゃったから、気に入られたんじゃない?」


ざっつらいと悠哉。それが唯一にして絶対の要因だろう……というかお前。


「見てたのかよ」


「結構みんな見てたぜ? そのお陰でお前、一部の奴から英雄扱いされてるぜ。色んな意味で」


何故だろう、最後に付け足された言葉のせいであまり嬉しくない。


「色んな意味?」


「孤立してた八神を助けたっていう意味と、明らかにヤバそうな八神に手を出したって意味」


やっぱり嬉しくない。ていうか英雄扱いの理由の大部分は後者だろ。


「そうか……はぁ」


「まあ、頑張れよ!」


「他人事だと思いやがって」


フィクションでしか見られないような高笑いを上げながら去っていく悠哉。あいつ、絶対楽しんでやがる。


……とりあえず、掃除を終わらせるか。色々考えるのは家に帰ってからにしよう。

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