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5.7 魔王降臨


とぅでいいずふらいでい(Today is Friday)! てなわけで今日は金曜日。


結局、おとといに引き続き昨日も見学に行かなかった。行こうとしたんだけど、カナを誘ったら「今日はジョグだから見所ないし来なくていいって、長距離の人が言ってた」って言われたからやめておいた。カナも行かなかったし。今日は競技場で練習するらしいから是非とも見学させてもらう。


まあ見学うんぬんの前に、まずは授業を片付けなきゃいけないんだけどさ。勉強の内容にはついていけているけど、授業時間が中学の時よりも10分長くなったから、集中し続けるのがちょっと大変。


昼休みはゴリ岡と悠哉とエロ西、その他数名と共にランチタイムを過ごした。ふと気になったので、自称エロリストの磯西は何の部活に入る予定なのかを聞いてみた。バスケ部らしい。意外と普通だった。てっきり写真部に入り活動の一環と称して盗撮しまくるのかと思ったのに。その事を伝えたら「その手があったかあぁぁ!」といきなり叫び出して迷惑極まりなかった。救いようがねえな、こいつ。


五時間目の現代文を終え、迎えた本日最後の六時間目。本来は数学だが、時間割変更で急遽[きゅうきょ]ロングホームルーム、略してLHRになった。


始業のチャイムが鳴り、我らの担任が教室に入ってくる。カッシーの号令の直後に、担任はいつも通りの淡々とした口調で話し出す――のかと思いきや。


「暇なので学級目標を決めましょう!」


なんてことを声高らかに宣言した。


いやちょっと待て。学級目標ってそんな軽いノリで決めるもんだっけ? 『暇だから』ってそんな……なんか雑じゃん。


「いえね、役職も決まりましたし交流ゲームもやりましたし。もうやることないんですよ。だったら学級目標でも決めたらどうかな、と思いまして。別に無理に決める必要はありませんが、目標があった方が意欲向上に繋がりますので」


まあ……言ってることの理屈は通ってるけどさ。なんか釈然としねえ。


ん、ってことは多分これから話し合いで決めることになる訳で――さっそく出番か。めんどくせえ……


「と言う訳で、以後の進行は学級役員の御三方にお願いします。では、委員長と副委員長は前へ」


副委員長としての初仕事、だるいけど行ってきます。カッシーがちゃんと司会進行すれば、オレの出番はあまり無いだろうけど。


□□□


「それでは学級会を始めます。今回の議題は学級目標です」


中学でも委員長をしていた経験の恩恵なのか、カッシーが慣れた口調で学級会の始まりをの号令をかける。


「意見がまとまった人は挙手をして発表してください」


……まあ、いないよな普通。現にクラスの誰の手も挙がっていない。いきなり学級目標の案をひねり出せって言われても、すぐには思い付かないだろう。


始まってから早くも話し合いが停滞する。さあどうするカッシー。ここからがお前の腕の見せどころだぞ!


□□□


沈黙が場を支配したまま、数分が流れる。か、鹿島さん、そろそろ何とかするよね……?


□□□


約10分経過。それでもカッシーは何もしない。クラスのみんなはヒマそうにあくびをしたり、明後日の方向を見つめていたり、堂々と机に突っ伏して寝ていたり。真面目に意見を考えてる人は恐らく居ない。


……えっとさ。何? この雰囲気。マジ耐えらんねえんだけど。何の意見も出ず、話が全く前に進まない今のこの空気、ホント無理。この無駄な時間を過ごしてる感じ、大嫌い。もうやだ。限界。カッシーが動かないならオレが動く。


「じゃあ今から5分間! 近くの人と話し合って意見を考えてください。時間になったら挙手しなくてもランダムに当てます」


こうでも言っておけば少しは話し合いに参加する気になるはず。『自分が当てられた時に困らないように意見を考えておく』という、あまり積極的な理由ではないけど、何もしないよりは断然マシだ。ちなみにさっきの言葉の最初の部分は、寝てる奴(義岡と他数名)を起こすために少し語気を強めて言った。


オレの発言を受けてクラスのあちこちでプチ会議が始まり、クラスが騒がしくなる。これで少しは話し合いは前に進むだろう。――まあ、そんなことよりさ。


「カッシー、お前やる気あんの?」


オレの左隣で突っ立っている人物、カッシーこと鹿島 奈緒。話し合いが始まってから今までの間、コイツは何もしなかった。何も『出来なかった』ならまだ分かる。しかしカッシーは何もしようとすらしなかった。委員長としての経験や素質があろうが無かろうが関係なく、話し合いの進行役を任されたなら、全く話が進まない状況をどうにかしようと少しは試行錯誤するはずだ。だがコイツはそれすらしなかった。もはや気持ちの問題だ。


と、まあカッシーがやる気ゼロなのはほぼ確定なんだけど、一応本人に聞いてみたわけだ。実はカッシーはものすごく長考するタイプの人間で、頭の中では色々頑張って考えてたとか、もしかしたらそういう可能性もあるかもしれない。


「やる気? あるわけないじゃない」


まあそんなわけないですよね。やる気なんて皆無ですよね。そうだとは思ってたけど、こうも堂々と開き直られるとイラつく。


「ふざけてんのか?」


「大真面目よ。決めても決めなくてもいい学級目標の話し合いなんて、やる気出すのが馬鹿らしいじゃない」


……確かに、学級目標なんてあっても無くても大して変わらないし、運動会や文化祭の話し合いと比べて楽しくも何ともない。でもさあ――


「だとしても、だ。少しは真面目にやれよ。クラスのみんなから使えねえ委員長だと思われるぞ?」


「別にいいわ。周りにどう思われたって、私は『自分のやりたいこと』以外には労力を割かないから」


こいつ……思った以上に強気で頑固だ。っていうか、よく今までそのスタンスでやってこれたな。ある意味すげえ。周りから反感買ったりしなかったのか。


こうなったらしょうがねえ、この方法で説得したくは無かったけど……話し合いを進めてもらうためだ、許せカッシー。


「ふざけんな。オレを差し置いて委員長になったからには、適当に仕事すんのは許さねえ」


もしオレの本心を知ってる人がいたら「どの口が言ってんだよ、元から委員長なんてやる気なかったくせに」とか言われそうだし、なんかカッシーを騙してるようで多少の罪悪感は抱くけど――こうでも言われたら、真面目にやらないわけにはいかないだろ?


事実、カッシーは虚を突かれたのか返答に困ってるように見える。そして少しの間が空いた後で――上手い言い訳が見つからなかったのか――カッシーは観念したように大きなため息をついた。


「分かったわよ。ちゃんとやればいいんでしょ?」


「最初からそうしてくれよ」


渋々ながらもやる気を出してくださるようで何より。出来ればいつもやる気を出して欲しいけど。はあ、なんか疲れた。


□□□


委員長選挙の時の「中学時代に委員長を務めていた経験を生かし、話し合いがより活発になるように尽力したいと思います」という言葉は伊達では無かったらしく、やる気を出したカッシーの手腕には目を見張るものがあった。さっきまでがクソだったから、相対的に上手くやってるように見えるだけかもしれないけど。


それでも少し時間が経つころには、再び議論が停滞し始めた。そりゃこんな楽しくも何ともない話し合い、誰もやる気にならないでしょ? さっきはカッシーに説得じみたことを言ったけど、ぶっちゃけオレだってやる気はない。めんどくさいもん。活発に進む方が不自然だ。


現在話し合いは、目標に取り入れたい言葉や単語がいくつか挙がったが、そこから先に進まない状態になっている。「文武両道」「明るく元気に」「一生懸命」「大爆発」「絆」「friendship」「筋骨隆々」「自主自立」その他もろもろ。なんか変なのが混ざってる気がするけど、多分気にしたら負けだと思う。なんとなく。


ここらへんでカッシーをサポートすんのがオレの仕事なんだろうけど、あいにくいいアイデアが全然浮かばない。多数決で決めれば手っ取り早いけど、少数派の意見が問答無用で潰されるというデメリットがある。それに『何でも多数決で決めるリーダーはたいてい無能』って話をどっかで聞いたことがあるから出来るだけ使いたくない。だから多数決はどうしても決まらない時の最終手段。


でもそうなるともうお手上げだ。どうしよ。


「なかなか進まないね」


そんな時、オレに小声で話しかけてくる人物がいた。カッシーではない。誰だと一瞬思ったが、今の状況でオレに話しかけることが出来るのはカッシーを除き一人しかいない。とは言っても、そいつが今まで全く発言しなかったため、オレはそいつの存在を忘れかけていた。


「大護[だいご]か。そういやいたんだったな」


声の主は、もう一人の学級副委員長である大護だった。小学校からずっと同じ学校で過ごしてきたが、とりわけ仲が良いわけではなく、顔を会わせればたまに話す。こいつとはそういった関係だ。担任が余計なことをしてくれたせいでオレも副委員長をやっているが、本来は大護が一人で副委員長をやる予定だったのだ。


「ひどいなあ、まるで存在を忘れてたようなその言い草」


「実際忘れかけてたからな。なんも言わねえし」


大護が非難の声を上げるが、よくよく考えるとこいつ、さっぱり仕事してねえよな。カッシーのサポートもオレしかやってねえし。そもそも副委員長に立候補したのって大護だよな? オレみたいなおまけで副委員長になったやつより頑張って働くべきだよな? いや、働くべきだ。


「てなわけで何かアイデア出せ」


「どういうわけかな? まあ何となくは察するけどね」


唐突なオレの発言に対して疑問符を浮かべながらも、自分が何もしていないことは自覚していたのだろう(いや、自覚していてもらわなきゃ困るが)。大護はうーんと唸り声を上げながら思案している。


「アイデア、っていうほどのことじゃないと思うんだけどさ。なんだか漠然としてるよね。方向性というか、どういった形にするのかが不透明だから、上手くまとまらないんじゃないかな」


正直に言うと、今まで黙っていた大護から何かしら建設的な意見が出るとは思わなかったが、予想に反してまともな答えが返ってきた。ちょっとだけ大護のことを見直した。


「というと、レイアウトを決めたらいいんじゃないかって事か? 記事の見出しみたいに、フレーズをドンッと掲げて、その脇にサブタイトル的なものを付け足すとか」


「そう! もしくは『F組の心得』的な感じにして箇条書きにしてまとめるのはどうかな?」


よく武道とかでありそうなあれか。もしくは由緒正しい家柄に伝わる家訓的な感じ。少し堅苦しい感じがするけど、悪くはないと思う。


「いいんじゃ――」


「おい」


ないか、と続くはずだったオレの言葉は、圧倒的な威圧感を含む声によって遮られた。


その声量は決して大きくはなく、にもかかわらずその声は重く響き、思わずオレの体に緊張が走る。


「てめえらそこでコソコソ言ってねえで――」


その声の主、窓から2番目の最前列に座るその女子(思わず二度見したが、間違いなく女子だった)は、正面に立っているオレと大護に睨みを利かせつつ話を続ける。


「――なんか意見あんなら、皆に聞こえるように言えよ」


……なにこれ。


すっごくこわいんですけど。


もし逆らったら、たぶん殺[や]られる。

こっちが当ててねえのに勝手に発言すんなよ、なんて言える相手じゃない。そんなことをしたら、今日がオレの命日になる。


本能が告げていた。こいつはヤバイ、と。


「すいません……」


とりあえず謝ってみたが、相手の覇気に呑まれて我ながら情けないほどに掠れた声が出てしまった。


助けを求めるように横目で大護を見たが、あまりの恐怖に固まってしまっている。使い物にならねえなという思いもあったが、あんな殺気を向けられたんじゃしょうがないよなという同情の念の方が強かった。


大護がこんな状態である以上、オレ一人で危機を脱するしかない。カッシーに助けを求めるのは流石に情けないし、そもそもコソコソしてたのはオレと大護であって、カッシーは関係ない。自分の尻拭いは自分でするのが筋だ。


というわけで、眼前の凄まじい威圧感を放つ女子の要求(というか脅迫)に応えて、オレと大護が話していた内容をクラスの皆に伝えた。すると大護が考えた『箇条書きにする形式』がいいんじゃないかという意見が多く挙がった。この形式にすれば、今までに挙がった支離滅裂なアイデアたちをひとまとめに出来るという理由で。反対意見も特になかったため、この形式に決まった。


そこからは前半の停滞が嘘のように話し合いが進んでいった。カッシーが頑張ってるってのもあるけど、目標としてふさわしいものならば基本的に何でもアリなので、意見が出しやすいというのが一番の理由だろう。


そして、出された意見のほぼ全てをずらりと並べただけの学級目標が完成した。適当に作った感じが否めないけど、まあいいっしょ。


カッシーが念のために、他に意見が無いか最終確認をしている。とはいえ、勉強・部活・学校生活の全ての分野をあらかた網羅しているため、流石にもう意見は出てこないだろう。


「あ、あの!」


そう思っていた時期がオレにもありました。予想に反して、手を挙げる人物が一人。


「えっと……八神さん、どうぞ」


カッシーが教卓上の座席表と挙手をした人物を照らし合わせ、その名前を告げる。相手の名前を紙に書くゲームの時に、オレが(仕方なく)話し掛けた女子の名前を。


「すっすいません、意見とかじゃ無いんですけど――」


緊張してるのか元からなのか知らないけど、八神はあのゲームの時と同じようにすごくおどおどしている。そんな八神がこの状況で言いたいことって何だろうか? 意見じゃないってあらかじめ断っているのも何か意味深だし。


なんて考えていたオレの思考は、次の八神の言葉でしばらく停止することになる。


「――トイレに行ってきてもいいですか?」




は?




いや、ちょっと……えぇ?


とりあえずオレが第一に思ったのは、今の発言を『まるで理解できない』ということだ。


言葉の意味が分からないということじゃない。八神[ヤツ]がトイレに行きたいっていうのは理解した。


でもさぁ……オレたち、もう高校生だぜ?


その手の質問が許されるのは小学校低学年までだろ。常識的に考えて。今の年齢で、かつこのタイミングでその質問をすることが、いかに人間として恥ずかしいかってことは少し考えれば分かるはずだ。


じゃあ何故、八神は手を挙げた?


ヤツの神経はどうなってんだ?


そこが分からない。まあ、理解したくも無いけどな。八神[コイツ]とは絶対に関わり合いになりたくない。そう強く思った。


「……先生に聞いてください」


カッシーも同じ思いなのだろう。トーンが落ちた彼女の声色から全力で呆れている様子が伝わってくる。担任に丸投げしたのも、関与したくないという気持ちからかもしれない。


それから担任の許可を得た八神は、急ぎ足で教室を出ていった。扉を開けっぱなしにしたまま。教室には、何とも言えない沈黙が流れた。

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