5.3 エロリストの襲来
翌日。今日から本格的に授業が始まる。ってそんなことはどうでもいい。興味ない。それよりも、今日はカナと話をしないと。
昨日はそわそわして眠れず、今朝はそわそわして午前4時に目覚めてしまい、午前5時半には登校準備が整ってしまった。そわそわするからそのまま家を出て、学校に到着。現在時刻は午前6時。当然ながら、まだ教室には誰も来ていない。オレ以外は。というか午前6時に学校が開いていたことに驚いた。
……何しようか。何かしてないと、そわそわして落ち着かない。学校に来たんだから勉強しようかとも思ったが、今はそんな気分じゃない。
よし、こんな時は折り紙でもして気を紛らわせよう。3歳の頃から暇なときに折り続け、遂に悲願の『波座の折り紙マスター』の異名を自分で名付けるに至った、そんなオレの紙さばきを見せてやる! ……誰にだよ。
まあ、冗談抜きに折り紙は好きだし、そこんじょこらの奴よりは数倍うまく折れる自信がある。幼少期より鍛えた折り目の精度はかなりのものだと思う。たぶん。
部活の見学の時にマネージャーさんたちが鶴を折っていたのを見たからか、何だか鶴が折りたくなってきた。うん、手始めに鶴から折ろう。久しぶりだから肩慣らしの意味も込めて。
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鶴、椿、カジキマグロ、スペースシャトルを作り終え、今はティラノロサウルスを制作中。小学校高学年で挑戦したが挫折し、中学一年生の時に初めて完成させることが出来た、思い出深い作品だ。
ふと時計を見てみると、折り始めてから既に1時間ほど経過していた。我ながら驚異の集中力。
にしても、誰もいない朝の教室っていいね。静かで、作業に没頭するには最適だ。明日も早起きしようかな。
……ん、誰か来たな。遠くでかすかに足音が聞こえる。だか残念だったな、一番乗りはオレだ! でも、こんな早くに来るなんて真面目だな。F組の生徒かな? もう少し、この静かな空間での折り紙を楽しみたいし、他のクラスの生徒だったらいいな。それも出来るだけ、F組から遠いクラスの。ティラノサウルスの折り方は複雑で、ちょっとでも雑に折ると紙が破けるから、オレの集中を乱さないでほしい。
なんてオレの願望むなしく、足音はどんどん近づいてくる。あれだろ? どうせF組の生徒なんだろ? こういう時に限って。
まあ悪い予感って的中するよね。前の扉がズヴァン! と豪快な音を立てて開け放たれた。うるせえ。もう少し静かに開けろよ。ズヴァンって何だよ、ズヴァンって。扉開けるときの効果音じゃねえだろ。あーイライラする。めっさイライラする。とにかくイラ――
ビリッ。
4月4日、午前7時3分。ティラノサウルス(紙製)、死亡。死因、騒音によるオレの集中力の乱れ。
「ぬああぁぁん!」
衝動的にティラノサウルスを八つ裂きにして、完膚なきまでにトドメを刺す。オレは完璧な作品以外は認めない。匠のこだわりだ。少しでも破れたり、余計な折り目が付いた瞬間、廃棄処分。すまぬ、ティラノちゃん。お前のことは3日は忘れない。
はあ〜、と今年一番の溜め息を吐きつつ、机に突っ伏す。もうちょっとで完成だったのに。がっくり。……そういや、誰か来たんだったな。誰だ! オレのかわいいティラノちゃんの命を奪ったのは! 目の前に立っている人物の顔を確認すべく、うつむいていた顔を上げる。
「……大丈夫? 色々と。精神科の先生に診てもらったら?」
――カナでした。オレを憐れみの目で見ている。わぁお。なんというタイミング。
落ち着いて考えてみると、オレ、すげえ変に見られたかも。カナからしてみれば、いきなり大声を上げながら紙をビリビリに破き始めたんだから。うん、変質者にしか見えないな。
「う、えっと、大j」
「え!? なにこれ!? 凄っ!」
しどろもどろなオレの返事を遮って、カナはオレのエレガントな作品群に気付いて声を上げた。オレが見た限りでは、カナの目線は椿に向いている。確かに、4つの中じゃそれが一番見映えが良いしな。
「触ってもいい?」
「あ、ああ」
カナは椿を手に取りまじまじと観察する。うわ〜、と恐らく感嘆だと思われる声を漏らしているカナを見て、悪い気はしなかった。自称マスターだからな、作品のクオリティには自信がある。
「……クソ真面目で几帳面、か」
「ん?」
いま何て? カナが小声で何か呟たけど、よく聞こえなかった。でもなんかクソって聞こえたような。やっぱりまだ怒ってるよなあ……。
話さないといけないよな、昨日のこと。磯西の予想が正しければ、もしかするとカナの傷口を抉[えぐ]るような話になるかもしれないけど。
「……昨日のこと、なんだけどさ」
もしかしたら、この話題には取り合ってくれないかもしれないと思ったが、カナは椿から目を離し、こちらを向いてくれた。表情は、あまり良くない。
「信じてくれないかもしれないけど、あれは冗談なんだ。あんなこと思ってない」
「……じゃあ、何であんなこと言ったの」
昨日ほどではないが、カナの口調は冷ややかさを含んでる。まあ、問題はそこだよね。
「おととい、勧誘の話を家族にしたら、父さんがアドバイスをくれてさ。男は単純だから、ああ言えば男子はホイホイついてくるって言うから、いざ言ってみたら……ね」
「…………」
「勧誘目的とはいえ軽はずみな発言だったし、勘違いされて当たり前だと思ってる。でも、オレはそんな理由で陸上部に入ろうと思った訳じゃない。それだけは信じてほしい」
カナの目を直視して、思いを告げる。とりあえず、言いたいことは言えた。少しの間、カナは無表情のままだった。沈黙が流れる。そして、カナはフッと鼻で息を漏らし、口元を緩める。
「……わかった。でも、次に変なこと言ったら本気で怒るからね!」
「あ、ああ。以後気を付ける」
……意外とあっさりいったな。上手くいきすぎな気がする。いや、上手くいくに越したことはないんだけどさ。まあ、いいか。
結局、カナの過去に何かあったのかどうかは分からずじまいだったな。仮にあったとしても、無理に聞くつもりはないけどさ。誰にだって一つや二つ、触れられたくない事はあるよね――オレの左手の事みたいに。
「ところで! これ凄いね! これって何の花?」
カナは先の件についてはもはや気にしていないらしく、先ほどからずっと手に持ち続けていたオレの折り紙作品について聞いてきた。
「それは椿。ちなみに製作時間は20分くらい」
オレの言葉に対しへぇ〜! っと声を上げたカナは再び椿を手に取り、まじまじと見つめる。そんなカナをオレがまじまじと見つめる。いや、別に変な目で見てないよ? なんかカナが夢中になって椿を見てるから、下手に声を掛けたらまずいかなって。
「……欲しい?」
「いいの!?」
何気なく聞いただけだったのに、カナは予想以上に食い付いた。オレが楽しむのは制作過程であって、完成品には興味がない。目の前にある4作品が握り潰されようと、別にどうでもいい。……その代わり、さっきみたいに制作途中に妨害されると、怒りと絶望のあまり暴走しちゃうけど。
「いいよ。でも、そんなルーズリーフで折ったやつでいいの? 言ってくれれば、色のついた紙で作って持ってくるけど」
家にいけば腐るほど折り紙がある。希少種である金と銀の紙ですら有り余っている。 中1の誕生日に、親が金銀それぞれ100枚ずつ買ってくれたからだ。
「本当? じゃあ……赤色の紙で折ってもらっていい?」
「ああ、任せとけ」
そう言ったオレの顔が自然と綻[ほころ]ぶ。入学早々カナと険悪ムードになりかけたけど、すぐに解決できてホッとした。
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それからとりとめのない話をしていると、前の扉が再びズヴァン! と豪快な音を立てた。うるせえな、またズヴァンかよ。その開け方、流行ってんの?
当然だけど、扉が空いたってことは誰かが教室に来たというわけで。ちょうど扉に背を向ける形で座っていたオレが振り向くと、そこに立っていたのは――
「エロリスト磯西、見・参! 君たちの会話は聞かせて貰った! 朝っぱらからエロ談義に花を咲かすとは、大いに結構!」
よりによってお前かよ。開口一番に何言ってんの? エロ談義なんて微塵もしてねえよ。
「失せろ、変態」
案の定、カナが冷淡な言葉をエロ西にぶちまける。昨日、オレに向けたそれと同じように。そして、カナは自分の席へと向かっていった。手に椿を持ちながら。あ、結局それも貰うんだ。ってそれよりも。
「……お前、何がしたいの?」
いや、マジで。わざわざカナに嫌われる様な発言をする意図が分からない。
「教室に入ろうとしたけど、何やら男女が二人きりじゃん。何だかエロスな予感じゃん? で、聞き耳を立ててたんだけど、二人がなかなか進展しないから、痺れを切らしちゃって、つい」
「なるほど、分からん」
もう突っ込みどころしかねえよ。オレとカナはそういう関係じゃないし。
「とりあえず、誤解が解けてよかったな。これでお前も立派なエロリストだ」
人を勝手にエロリストにすんな。てかそもそも、エロリストって何なんだよ。今までスルーして来たけど。……いや、気にしたら負けだ。そんな気がする。
「前後の脈絡は全く理解できないけど……まあ、仲直りできてよかった」
「感謝しろよ?」
お前は何もしてねえだろうが。




