3.5 ノリの軽さ、言葉の重さ
何だかんだで一・二時間は謎のゲーム(他にも色々やらされた)と担任の長話で終わり、三・四時間目は体育館に移動して学年集会をやった。何をするわけでもなく、学年主任や各クラスの担任が話をするだけだった。
学年集会が終わり、体育館から教室に向かう道の途中、オレは人混みの中をすり抜けて、カナのもとへ向かう。
「カナ、昨日の実穂さんの話、覚えてるよな?」
「当然じゃん」
昨日の見学で、カナは陸上部に入ることを決めた。そしてオレたちは陸上部のマネージャーである実穂さんから、新入生の勧誘を頼まれていた。放課後はすぐに見学に来るように言われているため、昼休みに声を掛けるのがベストだとオレは考えた。そのことをカナに伝えたあとで、役割を分担する。
「じゃあ、オレは男子を誘ってみるから、カナは女子をよろしく」
「わかった。まかせて」
□□□
昼休み。みんな大好きランチタイム。オレは弁当を持って、悠哉の席に移動する。
「おっす悠哉! 陸上部入んない?」
悠哉の席に近くの机をくっつけ、座ると同時に早速本題に入る。
「悪いな、俺は軟式野球部に入るんだ」
軟式野球部か。これはまだ可能性があるな。
「そうか、軟野[なんや]か……オレはお勧めしないけどな」
「なんで?」
「それはな」
オレは箸でビシッと悠哉を指す。よいこは真似しないでね。行儀悪いから。
「あまり良くない話を聞くからだ」
「マジで? 例えばどんな?」
食いついてきた。いい流れだ。
「まあ、良くないって言っても、事件を起こすほどのワルだとかそんな訳じゃないんだけど。兄貴から聞いた話だと、録[ろく]に練習しないらしいぞ、軟野って」
「マジで? 具体的には?」
さっきと反応似てるな。本人は無意識なんだろうけど。
「その前に、そもそも軟野自体がのほほんと野球を楽しむっていう部活だってのは知ってるだろ? だから、硬野[こうや]に比べてやる気が劣るのは仕方ないし、それを批判するつもりもない」
「呼んだか?」
硬式野球部の略語、硬野という言葉に反応して、ゴリ岡が湧いて出てきた。そういや義岡って硬野に入る予定だったな。別に呼んでねえけど。黙ってバナナを義岡に差し出して、話を進める。
「だけど、余りにもやる気が無さすぎて、活動自体がめちゃくちゃらしい。練習に半分しか来ないのは当たり前、そもそも部活自体がキャプテンの気分次第でしょっちゅう休みになる。部室はもはや娯楽施設同然って噂も聞くし、何より冬になると野球しないでバスケとかサッカーやるんだとさ。一部では『総合球技部』なんて呼ばれてるらしいし。って兄貴が言ってた」
「そっか……思った以上だ」
オレが話している間に、義岡も机をくっつけて弁当を広げた。お前の弁当のおかず、肉ばっかだな。
「だろ? だから考え直した方g」
「思った以上に最高だぜ軟野! なんて魅力的な部活なんだ!」
どこに魅力を感じる要素があったんだよ。目を覚まさしてやらないと。
「冷静になれ。落ち着いてよく考えろ。軟野でぐうたら過ごすより、陸上部で女子と一緒に青春した方が良いだろ!」
そう、これが陸上部の強みの1つ。男女合同。女子と話せる機会が爆発的に増える。って練児[れんじ]が言ってた。
「う……確かに。でも冬にサッカーしたいし……」
「俺の青春に女は不要だ! 我が命、野球に捧げん!」
悠哉、お前いっそサッカー部に入れよ。あと義岡、静かにしてくれ。周りの視線が痛い。でも、今の一言で悠哉の決心が少し揺らいでいる。もうひと押しだ。ここが使い時かな? うん、きっとそうだ。いったれ。
「何より陸上のユニフォーム! エロい。ひたすらエロい! そんな女子の姿を見れるのは陸上部だけだ!」
言っちゃった。つっても、今のは父さんが言ってた台詞をそのまま引用しただけなんだけど。昨日の夕飯の時に、親に勧誘の話をしたら、父さんが『こう言っときゃホイホイ釣れるだろ、男は獣だからな』と言って教えてくれた言葉だ。
正直、オレは別に何とも思わないけどな。というか、必死に競技している人をそういう目で見るのは、なんか失礼だと思うし。だからこれは、あくまで男子を釣るための方便。
というかそれより、義岡につられて、結構大きな声出しちゃった。元々、オレの声がでかいっていうのもあるかもしれないけど。なんか教室の空気が悪くなったような気がする。……あれ、もしかしてオレ、やっちまった?
「同志よ! やっと見つけた!」
ざわめきが静まりかけているにもかかわらず、声を張りながらオレに抱き付いてくる男子が一人。やめろ、あらぬ疑惑が浮上するだろうが。
「夏を待たずとも! 海やプールに行かずとも! 競技場に行くだけで開放的な女子の姿を見ることができる至高のスポーツ、それが陸上! この磯西 勇治[いそにし ゆうじ]、ようやく理解者を見つけたぞぉぉ!」
「うるせえ! 離せ! 落ち着けぇ!」
磯西とやらの腕を引き剥がし、抱擁という名の拘束から逃れる。
「……はっ! すまない。つい興奮して」
少しは落ち着いたようけど、依然として鼻息が荒い。怖いんだけど。悪いけど、こいつと同類にはされたくない。真実を話そう。オレはそんなこと思っちゃいないんだ。
「あー、申し訳ないけどさ。さっきのは冗――」
「最っ低」
大きくはないが、鋭く、冷ややかに、オレの心に突き刺さる声。オレは、この声の主を知っている。
「……カナ」
「蒼木って、そんな気持ちで陸上部に入ろうとしてたんだ」
「! ちが――」
「失望した。気持ち悪いから近寄らないで」
カナは冷酷にそう言い放ち、オレに背を向けて食事を再開する。
今、何を言っても、苦し紛れの言い訳にしか聞こえないだろう。何より、話を聞いてくれるかどうかすら怪しい。
「……ちょっとトイレ行ってくる」
本当は尿意なんて微塵も無かったが、教室に居づらかった。一時的に逃げたところで、何も変わらないことは分かっているのに。
□□□
五・六時間目、新入生歓迎会と部活動紹介があったが、ぼんやりとしか記憶にない。肝心の陸上部の紹介は、キャプテンの人が事前に用意した原稿を読んだだけだったような気がする。他の部活は本当に記憶に無い。
放課後になった。昨日と同様、今日もカナと見学に行く予定だったが、それは無理そうだ。解けるなら誤解は解きたいが、カナはオレの声なんか聞きたくもないだろう。……どうしよ。机に突っ伏す。
「どうしたの? 全身から黒いオーラがにじみ出てるわよ」
隣にいたカッシーが声を掛けてくる。いや、何で話し掛けてくるの? 聞いたろ? さっきのオレの言葉。どうせカッシーも、内心オレのこと変態だと思ってるんだろ?
とか、半ばヤケクソになって毒づいてみたけど。本音ではないにしても、オレが『言った』というのは事実。誰に勘違いされても文句は言えない。カッシーに八つ当たりするのは筋違いもいいところだ。
「……なにも。なんとなくダルいだけ」
湧き出るモヤモヤした感情を抑え、適当にはぐらかしておいた。
カッシーはそう、とだけ言い残し、教室を去っていった。何だったんだ、結局。
「蒼木が思い悩む必要は無いさ」
後ろから声が聞こえる。最低限の首の動きで、目線だけをそちらに向けると、後ろの席にさっき抱きついてきた変態が座っていた。いや、オレもこいつのことを変態とか言う資格はないけど。
「そもそも人類はエロ無しでは生きていけない」
いきなり何か語りだした。そういや、こいつの名字って磯西だったよな。だから、出席番号から察するに、こいつオレの真後ろの席だったの? 今まで気付かなかった。
「そして、花盛りの男子高校生が女子の体に性的興奮を覚えるのは当たり前だ。人類の存続に関わることだからな」
そうですか。だからと言って、陸上のユニフォーム姿には興奮しませんけどね。オレは。
「つまり、エロいことは悪いことではない。もちろん蔑みの対象になるなど以ての外だ。君は堂々としていればいい」
そうか。それがお前のスタイルか。いいと思うよ。でも、それは万人に当てはまる生き方じゃない。
「お前の言いたいことは分かるが、そういったことを嫌う人がいるのも事実だ。現に、オレの発言はカナに不快な感情を抱かせた。あと、これだけ言っとくけど、あれは冗談だ。ああ言えば、お前みたいな奴が陸上部の見学に来るだろうと思って言っただけ。ユニフォーム姿に興奮はしねえし、そんな目で選手を見るのは、真面目に競技している人に対する冒涜[ぼうとく]だと思う。まあ、あくまでオレの意見だけどな」
せっかく慰めに来てくれた磯西には悪いが、お前と性的嗜好を共有するのは無理そうだ。友達になれるかどうかは別問題だと思うけど。
磯西は大きく鼻で息をしたあと、「そうか」と呟き、さらに言葉を連ねる。
「だったら、彼女の誤解を解かないといけないな。このままじゃ嫌だろ?」
てっきり、会話はもう終わる思っていたので、この発言は以外だった。磯西のスタイルを遠回しに否定したのに。
「……まあな」
「あと、これはオレの予想だが」
軽く咳払いをしたあとで、磯西は続ける。
「例の女子――カナって言ったか? 彼女、過去にエロがらみの出来事で、心に深い傷を負っているかもしれない。あそこまでの拒絶は、はっきり言って異常だ。普通、今頃の年齢になれば、女子だって男子諸君のエロ事情を汲み取って、多少のエロ発言は軽く流せるもんなのに。委員長だって、さっきお前に話し掛けてくれたろ?」
「……なんとなく後半は納得。でも、過去に何かあったっていう根拠は?」
「無い。でも、エロリストである俺の観察眼と直感がそう告げている。言わばそれが根拠だな」
説得力ねえな、おい。エロリストとか言われても、何もかっこよくないし。でも、確かにオレもそれは気になった。一度は陸上をバカにされたことを怒ったのか、と考えたりもした。でも、そこまで陸上が大好きなら、そもそもカナは入部をためらったりしないだろう。磯西の言うことも、あながち間違っていないような気がしてきた。
「……そうか。なんかありがとな」
「感謝の言葉を述べるよりも、カワイイ子紹介してくれ」
こんなときでも頭の中はピンク一色か。さすがはエロリスト。
「……考えとく。じゃあな」
「へばな」
秋田弁で「じゃあな」と返した磯西に背を向け、オレは教室を後にする。ゴリ岡といいエロ西といい、つくづくオレはいい奴に恵まれてると思う。
当然だが、カナは先に行ったようだ。オレも見学に行こうかと思ったが、今日はもう色々と疲れた。帰ろう、うん。サボるみたいでかなり罪悪感はあるけど、まだ見学期間だし、入部届け出してないし……カナに会うの気まずいし。今日は精神的にキツいから、明日きちんと話そう。少しでも耳を貸してくれたらいいんだけど。
オレは陸上部の集合場所である体育館玄関前を迂回して自転車小屋まで行き、家路に就いた。無断で休むのは気が引けたので、練児のケータイにメールを送っておいた。




